第1話 走り出し
あるところに一人の少年がいた。その少年はとても真面目で勤勉。彼の親が遺し、叔父が管理してくれると言った畑も決して放って置くことは無かった。
そんな彼にも好きなことが一つある。それは走ること。空の日が頂点を過ぎて、その日の労働が終わった時、疲れ切ったハズの体で森を走るのだ。
危険な動物も生息しているらしいが、知ったこっちゃ無い。入る事を禁止されてる訳でも無いし、これまで、そんな動物見たことも無い。
見つかったとしても逃げ切ってみせる。そんな自信と走ることへの思いが、彼を動かしていた。
「よしっ今日も行くとしよう」
そう気合いを入れ、今日も彼は駆ける。そうして、草原の暖かな風を浴び思う。今日はどこを進もうか。
彼が走るのは何時だって違う道。だって同じは詰まらないから。
「まだ……走りたい、かな」
普段なら此処等で帰る時間と距離、だけれど彼は昨日、十三の誕生日を迎えた。これは、村では大人として認められる年。節目を越えて、まだまだ先へ行きたい。そう思うのは当たり前だった。
「行こう」
自分とのとは言え、約束を破るのはこれが初めてだった。普段、境としてる小川を下に見ながら足を踏み出していく。
「スッゲェ……な。見たこと無いや」
赤紫のキノコ、変な羽の小鳥。小川が、本当に何かの境だったかのように景色が変わっていく。
新しい事は、少年に大きな充足感を与えたが、それだけではない。この先は何だ? これ以上は何がある? 踏み出してはいけない感情も芽生えてしまった。
「もう少し……あと500歩……」
日の傾きを見つつも、少年はまた駆け始める。進めば進むほど、走るという行為から得られる満足は増えていくが、決して満たすことはなかった。
欲を掻きすぎることは良くない。そんな当たり前の事、少年も例外ではない。それは、そろそろ潮時かと思う少年の前に現れた。
「な、何だよ! お前!」
少年よりも大きな体高、どこを突かれても死は免れないような牙、一点を睨み付ける赤黒い目。
その恐ろしい特徴は全て、少年に向けられていた。
「あっちだ! あっち! あっちに行けぇ!」
手に持った長い枝を振り回しながら、叫ぶ。こうして、一瞬の時間とチャンスを稼いでいるが、こんな怪物だ、走るために背なんか向けたら一瞬にしてこちらにやって来るだろう。
もっとも、背後には大木があって、走り出す事なんて出来ないだろうが。
「そうだ……木、木!!」
どんなに恐ろしくても、これを持つ物は猪。器用に木を登るなんて、できはしない。素早く、真後ろに生えた大木にしがみつく。
遊びで木に登っていた時の事を思いだし、這い上がろうとするが、木が大きく腕を回せない。次に枝を掴もうとするが、届かない。
その間にも恐ろしい猪はこちらに向かって駆け始めた。少年は木に手を擦り付けながら、はね上がる。辛うじて掴んだ枝。渾身の力で身を持ち上げる。
どうにか体を乗せた束の間、猪が木に激突する。規格外な大きさの猪と言えど、数百年の命を刻んできた物を打ち負かすことは不可能だった。だが、そこから生えた小さな枝はどうか。それも想定外の重量が掛かった枝なら?
ボキッそんな音と共に少年は地に落ちる。下敷きは固い木と地面。そこに幾つもの急所をぶつけた少年が、意識を落とすのは容易だった。
「あがっ……」
「そろそろ、起きれるんじゃない?」
ノイズの中に、少々無機質な女性の声が響く。それによって目覚めた少年は、ゆったりとした動きで周囲を見渡す。
「川の……中?」
そう少年が思ったままに呟くのも無理はない。彼がいるのは滝の裏側、裏見の滝と呼ばれる場所。見方によっては確かに川の下だろう。
今度は、未だぼんやりと滝を眺める少年を置いていくような、明確な発信源が分かる声が聞こえてくる。
「面倒くさいけど、ラッキーだった。君が来てくれて。貴方を助けたのは私。だから、お礼に一つ、お願い聞いてくれる?」
少年は声の方向に顔を向ける。すると、想定よりも数メートルは奥に、簡単な造りの椅子に座る少女が目に写った。
「あ……ああ。僕にやれることなら、何でも」
先ほどまでの危機的状況、目覚めてから今までの応答、それらを冷静に整理して、少し考えた上での少年の回答はこれだった。
毎日投稿です!
区切りのつく10話までは2話ずつ投稿します
感想、評価、ブックマークで応援してくれると嬉しいです。




