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見たな

作者: 岩久 津樹
掲載日:2025/11/03

▪️見たな

「なんで布なんか被せてんの?」

 大学の友人であるAと酒でも飲もうという話しになり、Aの部屋を訪ねた私が一番最初に気になったのがテレビだった。

 大学から徒歩十五分ほどの位置にあるAの住むアパートの部屋は、七畳ほどの白いフローリングにベッドとソファー、それにローテーブルとテレビが置かれている。テレビ台にはルームフレグランスが置いてあり、バニラのような甘い香りが漂っている。そんな部屋の中で一際異彩を放っていたのがテレビにかけられた黒い布だった。

「ああ、テレビの上の方が割れちゃったから隠してんだよ」

 Aはコンビニの袋をローテーブルに置きながら答えた。

「なんで割れたの?」

「え? ああ、その、夜にトイレに行く時によろけてテレビに激突しちゃってさ」

 Aはコンビニの袋から缶ビールを取り出すと、私に手渡しながら少し戸惑った様子で答えた。

「はは、だせえな」

 私はそんなAの様子を少し訝しむが、それ以上追求することはせずに缶ビールを開けた。乾杯をして暫くたわいもない会話を繰り広げていると、テレビの上の壁に掛けられた時計から「ボーン」という音が流れた。どうやら二十一時を知らせる音のようだ。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 時計の音が聞こえたと同時にAはふらつきながら立ち上がり、トイレのある廊下へと出て行った。顔色も少し悪かったため、どうやら飲み過ぎたようだ。私はAが戻ってくるまでスマートフォンに目を落とし、時折缶ビールに口をつけた。

 Aがトイレに立って十分が経過した頃、突然テレビの方から「ブツン」という音が聞こえた。私は驚きスマートフォンから顔を上げると、布の掛かったテレビが点いており、画面には男性と思しき人の立ち姿が映っていた。男性の顔は丁度テレビに掛けられた布で隠れており、薄暗い地下室のような場所で体を少し左右に揺らしていて、なんとも言えない不気味な雰囲気を(かも)し出している。

「おい! お前のイタズラだろ!」

 すぐに私はAによるイタズラと思い、廊下の方に顔を向けて声を荒げる。しかしAからの反応は全くない。

 テレビの中の男は次第に揺れを大きくしていく。

「これもどうせAなんだろ!」

 テレビに映る男がAで、私を驚かすためにビデオを撮影したのだろう。そう考えた私は、ゆっくりと立ち上がりテレビに近づく。そして男の正体を突き止めようと布に手をかけて剥がそうとするが、すぐに止めた。本能が危険だと察知したのだ。

「おい! 出てこいよ!」

 私は廊下に出てトイレの扉を激しくノックする。しかし、Aが出てくる様子はない。(かす)かに息遣いが聞こえるので間違いなくAはいるはずなのだが、返事の一つもない。

「くそ、出てきたら覚えてろよ!」

 イタズラだとしたら、私が怯えている様子を隠し撮りしているのかもしれない。隠しカメラを探してやろうと部屋に戻ると、テレビには相変わらず揺れた男の姿が映っていた。

「あ……」

 テレビの中の男の右腕が下がった。いや、体を右側に傾けているのだ。このままだと男の顔が布より下に映る。私は思わず下を向いてテレビから視線を外した。

 どれくらい時間が経っただろうか。体感ではもう一時間くらい下を向いている気がする。

 果たしてテレビは今どうなっているのだろうか。今もまだ男を映しているのだろうか。

 ブツン。

 テレビの方から音が聞こえた。それはテレビが点いた時と同じ音だった。どうやらテレビが消えたらしい。私は安堵の息を吐きながら顔を上げた。

「見たな」

 テレビには大きく体を右側に傾けた男が、布の下から睨みつけるように私を見ていた。


▪️続・見たな

「……なるほど」

 パソコンに映し出された『見たな』と題された映像を見終わると、高橋は顎髭を撫でながら呟いた。

「どうっすか? 傑作じゃないっすか?」

 デスクの椅子に座る藤井は、振り返り高橋の方を見上げて目を輝かせる。

 小さな映像制作会社に勤めるプロデューサーの高橋と、企画と編集を担当をする藤井は、短編のホラー映像を集めたオリジナルビデオの制作を進めていた。ようやく出来上がった一本目の短編ホラー映像『見たな』のクオリティーに藤井は手応えを感じているようだ。

「うーん、話しとしては面白いんだけど、最後の男の顔が怖くないんだよな……ちょっと最後の場面をもう一回見せてくれる?」

 高橋の指示で藤井はすぐに映像を巻き戻す。最後の男の顔が布の下からこちらを睨む場面を再び確認すると、高橋はまた「うーん」も低く唸る。

「なんだろうな、あまりに普通の男すぎるんだよな」

「それが逆に怖いんじゃないっすか」

「ただの人間にしか見えないんだよ。この男誰なの?」

「安く雇えたエキストラの男っす。確か野口って名前っすね。大河ドラマにも出演したことがあるって自慢してましたよ。役名もないちょい役っすけど」

 藤井は軽口を言いながら、もう一度最後のシーンに巻き戻す。

「あれ……? ちょっと高橋さん、ここ見てもらっていいっすか?」

 藤井がパソコンの画面を指差すと、高橋は顔を近づけ確認する。指先にはAの部屋の廊下に続く扉があった。

「あれ、誰かいるな」

 扉の奥には確かに誰かがいた。半透明の磨りガラスのため不明瞭だが男性と思しき人間が立っている。

「まじの幽霊じゃないっすか?」

「スタッフかA役の男が見切れたんだろ?」

「いや、僕現場いましたけど、このシーンの時はみんな部屋の中にいましたよ」

 高橋はまた顎髭を撫でながら画面を凝視する。

「……藤井、これ野口じゃないか?」

「は?」

「ほら、テレビに映っている野口と同じ色のパンツだし、立ち姿もなんとなく似てねえか?」

「確かに……似てるっすね」

「野口はこの時現場にいたのか?」

「いや、野口は一度もこの現場には来てないっす」

「じゃあ誰だよこいつは。それに編集の時にお前気付かなかったのか?」

「気付かなかったっすね。藤井さんも一回目見た時は気付かなかったじゃないっすか」

「こんなにはっきり映っているんだし、普通気付かねえか?」

「今は停止してるからそこに視線が集中しますけど、動画だと目立たないんすよ」

 藤井はそう言ってもう一度映像を巻き戻して再生する。

「動画でも目立つじゃねえか」

「うーん、確かにおかしいっすね。なんで僕気付かなかったんだろう」

 高橋は頬杖をついて画面を眺めている。

「あれ、ちょっと待ってください。藤井さん、扉が少し開いてませんか?」

 藤井が慌てた様子で映像を一時停止して扉を指差す。確かに扉が少し開いており、隙間から人間の肩から下がはっきりと映っていた。

「やっぱり野口じゃねえか?」

「それよりさっき見た時扉開いてましたっけ?」

「いや、開いてなかったな。磨りガラス越しにしか映ってなかったはずだ。おい、もう一回巻き戻して再生してみろ」

 高橋に言われ藤井はすぐに映像を巻き戻して再生する。そこには先ほどよりさらに扉が開き、廊下に立っている男の鮮明な映像が流れていた。

「おいおいおい。やべえぞこれは!」

 何度も映像を巻き戻しては再生するたびに、扉はさらに開いて、ついには全開になった。服やパンツの色や柄、体型から見ても野口に間違いないようだ。

「僕もう無理っす。ちょっと飲み物買ってきます」

 恐怖が限界を迎えた藤井は、マウスから手を離し席を立ち、そそくさとオフィスを出て行った。

「だらしねえな……再生するたびに映像が変わるホラー映像なんて話題になるだろ!」

 高橋は目を輝かせて、近くのデスクに置いてあったハンディカムを手に取りパソコンを撮影し始める。どうやら毎回変わる映像をビデオに収めようとしているようだ。

「さて次はどんな映像になるんだ?」

 声を弾ませながらハンディカム越しに映像を確認する高橋。映像は前回と変わらず、全開になった扉の向こうに野口と思わしき男が立っているだけだった。

「なんだ、もう変わらねえのか?」

 諦めかけていたその時、男は突然体を右側に大きく傾けた。そして、男の顔が画面内に現れた。

「見たな」

 男の顔は間違いなく野口だった。


▪️続々・見たな

 レンタルビデオ店で借りた、モキュメンタリーホラー作品『見たな』は、『見たな』というホラー映像を作成した映像制作会社にフォーカスを当てた入れ子構造のような作品だった。

「野口、役名も野口なんだな」

 『見たな』をレンタルした理由は、今隣に座っている野口の薦めだった。都内の商社で営業をしている傍らエキストラ事務所にも所属している野口は、「俺が主役のホラー映画があるから見てくれ」と仰々しく言うので、仕方なくレンタルして二人で視聴することになった次第だ。

「そうなんだよ、監督が名前考えるのが面倒だからって言ってさ」

「へえ、適当な監督だな……って、何がホラー映画の主役だよ。レンタルビデオ店にしか置いてないオリジナルビデオじゃねえか」

「なんだよ、主役には違いないだろ?」

 野口は不満そうに唇を尖らせながら缶ビールを一口飲んだ。

「これ、続きはあるのか?」

 何も解決しておらず、ぶつ切りのように終わった『見たな』に違和感を感じていた私の質問に野口は驚いた様子で口をパクパクとさせた。

「あ、え、ああ、多分な」

 なんとも歯切れの悪い回答だった。自分が主役と自慢する作品の続編のことなのに「多分」とは何とも不自然だ。

「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」

 野口はバツの悪そうな表情で立ち上がり廊下に出ていた。『見たな』の劇中内で撮られたホラー映像の『見たな』内でA達がいた部屋こそ、野口の住むこの部屋なのだ。内装もほとんど今のままで、劇中映っている小物のほとんども野口の物だった。なんとも低予算な作品だ。

 野口がトイレに立って十分ほど経過した。テレビには『見たな』のDVDのメニュー画面が映ったまま止まっている。全編再生とキャプチャー、特典映像の三つの項目があり、私はなんとなく特典映像を選択してみた。

「見たな」

 特典映像を選択すると、『見たな』という文字が画面いっぱいを埋め尽くす。なるほど、なかなか凝った演出だ。不覚にも一瞬驚いてしまった。

 見たな。

 それにしても野口が戻ってこない。もう三十分はトイレに籠っている。お腹でも下したのだろうか。

「見たな」

「見たな」

「見たな」

「見たな」

「つまんねえ」

 野口がトイレから戻ってきた。

「もっと驚けよ」

「なんだよ、俺が特典映像見るまで待ってたのかよ」

「そうだよ。ほら、隠しカメラまで設置したのにさ」

 野口はベッドのヘッドボードの上に置いてあるティッシュペーパーの箱から小さなカメラを取り出した。

「見たな」

 その後ろに、体を大きく右側に傾けた男がいる。その男の顔は……。


▪️終・見たな

「……野口だよな」

 新しいホラー映像を撮りたい。そう言って友人の野口と撮り始めた『見たな』という映像作品。二重三重の入れ子構造にして、何が現実なのかを分からなくするという狙いがあった。

 そんな『見たな』の最後を飾るシーンは、こちらに向かって野口がカメラを持って終わらせる予定だった。しかしその映像に不可解なものが映り込んだのだ。

「ああ、俺だな」

 野口がカメラを持ったその後ろに、野口と思しき男が大きく体を曲げてこちらを見ていたのだ。間違いなく野口なのだが、その顔色はどこか生気がない。

「こっそり編集してないよな?」

「してないって。編集できないからお前を雇ったんだぞ?」

 三十路を手前に独立して映像制作会社を立ち上げた野口は、元々は俳優志望で売れない俳優を続けつつ、動画配信者としても活躍していた。動画配信の方は一定のファンを獲得して、なんとか生計を立てていたが、昔から好きだったフェイクドキュメンタリー式のホラー映像を撮りたいと夢見て会社を立ち上げたのだ。しかし、動画配信時の編集をしていた人物が同時期に辞めてしまい、学生時代の友人で多少動画編集の知識のある私をアルバイトとして雇ったのだ。

 私は別で定職に就いているため、土日の暇な時にだけ手伝いをしている。

「山口も弄ってないよな?」

「は、はい。僕もこんな編集できないです」

 カメラマンの山口は大きく首を横に振って否定した。それならばこの映像の説明がつかない。

「俺が生霊として出てきたとか?」

「生霊って恨みのある人間の所に出るんじゃないの?」

「俺は俺を恨んでるよ」

「どうして?」

「俳優も、動画配信も、それに今の会社も……全部中途半端だろ? もう俺、自分に嫌気が差してんだよ」

 野口の吐露に私はかける言葉がすぐに見つからなかった。しばらく気まずい空気が流れる中、山口がおもむろに口を開いた。

「けど僕、野口さんの作る作品好きですよ? この前撮った『伝染する呪い』も売れなかったですけど試みとしては面白かったですし」

 山口もホラー作品が好きで野口の会社でアルバイトとして働いている。野口の動画配信も見ていたようで、言わば野口の一番のファンでもあるのだ。そんな山口の言葉に野口は少し救われたのか、明るい表情に戻っていた。

「そうだ、今のやり取りを撮らない? さらに入れ子構造にして、最後少し感動的に終わらせるってどう?」

「お、いいなそれ。山口、早速用意してくれない?」

「はい!」

 私の提案に二人も賛成のようだ。こうして出来上がった『見たな』と全然売れはしなかったが、一部のホラー作品ファンの間で少し話題となった。


▪️終わりに

この小説は、私のパソコンに入っていた『見たな』というテキストファイルに記載があった小説です。

自分でも書いた記憶のない作品でしたが、雰囲気的には私の書いた文章のようなため、一部修正して公開いたしました。

一部修正といっても、変えたのは二箇所だけです。

一つ目は、テキストファイルの一行目には『見るな』と書かれていましたが、その部分は削除いたしました。本編と関係ない文章のため削除した次第です。

二つ目は、最後の行に書かれた三文字です。こちらも本編とは関係ないため削除いたしました。

稚拙な文章ですが楽しんでいただけたのなら幸いでございます。

因みに最後の行の三文字は以下となります。

見たな

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