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推しに告白(嘘)されまして。  作者: 朝比奈未涼


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99/108

99.心臓が痛い。




な、何で水を飲んでいるだけなのに、こんなにも色気があるんだ。


ドキドキしながらも、千晴に水を半分飲ませたところで、一度、コップを千晴から離す。

水で光る形の良い唇に、私の心臓はまたドクンッと大きく跳ねた。


あの唇に、私、キスされたんだよね…。

…て、ダメだ!ダメだ!


頭の中を一瞬支配した煩悩に、私は両目をギュッと閉じ、首を横に振る。


私は悠里くんの彼女!

彼氏の隣で何考えているんだ!私!

千晴はただの後輩だ!


ダァンッ!と勢いよく千晴のおぼんにコップを置き、深呼吸をする。

それから「…全く、本当に手のかかる」と迷惑そうに吐き出すと、スプーンを再び手に取った。


私はただ、手のかかる後輩に水を飲ましていただけだ。

そこに何か特別な感情があるわけではない。


自分にそう言い聞かせながら、やっとスプーンにすくわれていたカレーを口へと運ぶ。

広がる味は馴染みのあるもので、普通に美味しい。

バクバクとうるさく鳴っていた心臓も、カレーを咀嚼するごとに、少しずつ落ち着きを取り戻していった。


するとそんな私に、今度は左隣から悠里くんが「柚子」と声をかけてきた。

なので、私は一旦カレーを食べる手を止めて、「ん?」と悠里くんの方へ視線を向けた。




「俺の班と柚子の班、ちょっとカレーの見た目違うよね?柚子のカレーも食べてみたいな。食べさせてくれる?」




ふわりと笑い、伺うように悠里くんが私を見る。


悠里くんの指摘に視線を落とすと、確かに私と悠里くんのカレーはほんの少しだけ見た目が違った。

ルーの色は私の班の方が少し淡い茶色で、野菜もお肉も小さめなのだ。

少しだけ違う見た目に、私も悠里くんと同じ興味を抱いた。




「どうぞ、どうぞ。味の感想も聞かせてね」




私は快く頷いて、悠里くんがカレーを食べやすいように、おぼんの左端へお皿を寄せた。

そんな私に悠里くんは「ありがとう」と微笑むと、視線を伏せて、遠慮がちに口を小さく開けた。


…え。


突然の悠里くんの行動に私は思わず固まってしまう。


伏せられた視線はどこか儚げで、それでいて色気があり、開けられた口から見える舌や歯は、普段まじまじと見るところではないので、どうしてもドギマギしてしまった。


こ、この、悠里くんの行動は一体…。


意味がわからずに何度もまばたきをしていると、恥ずかしそうに悠里くんは視線を上げた。




「食べさせてくれないの…?」




頬を赤く染め、こちらをじっと見つめる悠里くんに、私の心臓がズキューンっと撃ち抜かれる。

お得意のラブスナイパーのご登場だ。


撃ち抜かれた心臓にパニックになりながらも、私は必死に平静を装い、悠里くんの言動の意味を考えた。


な、何故、食べさせる流れになっているのか。

冷静に、冷静に、悠里くんと私のやり取りを思い出すのだ。




『俺の班と柚子の班、ちょっとカレーの見た目違うよね?柚子のカレーも食べてみたいな。食べさせてくれる?』




そう、悠里くんは数秒前にこう言っていた。

私のカレーも食べてみたい、と。

それから、食べさせてくれる?、と。


ん?食べさせてくれる?




「…っ!!」




そ、そういうことだったのかー!


今更悠里くんのお願いの意味を理解して、大きく目を見開く。

それからまるでりんごのように頬を真っ赤にした。


何も言わずに、無言で忙しく表情を変える私に、悠里くんが「やっぱり、難しいかな?」と困ったように笑う。




「む、難しくないよ!ちょ、ちょっと待っててね!」




そんな悠里くんに私は考えるよりも先に、必死に首を左右に振り、慌ててスプーンに自分のカレーをすくっていた。




「ゆ、悠里くん。あ、あーん」




ぎこちなくそう言って、緊張で震えないように左手で右手を抑えつつも、慎重に、ゆっくりと、スプーンを悠里くんの口元へと運ぶ。

すると、悠里くんは嬉しそうに瞳を細め、その形のよい口を小さく開けた。

そしてそのまま、パクッと私の手からカレーを食べ、口元を緩めると、穏やかな表情で咀嚼を始めた。


なんと眩しくて尊い存在なのだろうか。

まさか再び推しに「あーん」体験ができるなんて。

ここは天国かな?


思わず緩んでしまう表情に、いけない!とすぐに表情に力を込める。

ここには私たち以外の生徒もいる。

公衆の面前で、鬼の風紀委員長がだらしない表情を浮かべるわけにはいかない。




「…ん、柚子のカレーも美味しいね。なんか俺のとこより、甘いかも。ほら、柚子も食べてみて?」


「へ?」




カレーの感想を述べ、流れるように悠里くんが自分のカレーをスプーンにすくって、私の口元へと運ぶ。


突然の推しからの「あーん」に私は供給過多で、一瞬意識が飛びかけた。

…が、そんな私を不思議そうに見る悠里くんの視線に、すぐに私の意識は現実へと引き戻された。


お、推しを待たせるわけには、いかない!


悠里くんの手からパクッと勢いよく食べて、もぐもぐと咀嚼する。




「美味しい?柚子?」


「ん、んん」




悠里くんに優しく問いかけられて、とりあえず頷いたが、実際はドキドキしすぎて、何の味もしなかった。

味覚が完全になくなっている。


死ぬ…死ぬ…。


バクバクと鳴り止まぬ心臓に、俯いて心臓を抑える。

そんな私の上で、千晴と悠里くんが静かに睨み合っていたことを私は知らなかった。





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