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推しに告白(嘘)されまして。  作者: 朝比奈未涼


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97.小悪魔の囁き。




もうすぐ休憩時間が終わるので、雪乃と研修室へ戻ると、私の席の隣で、悠里くんがスマホに視線を落としていた。

ここ研修室の席は、長机を2人で使う仕様になっている。

私の隣には悠里くん、後ろには雪乃、という形で、私たちは席についていた。




「戻りました」




小さく悠里くんにそう声をかけて、椅子にゆっくりと腰を下ろす。

すると、悠里くんはスマホから顔を上げ、優しくその瞳を細めた。




「おかえり、柚子。リフレッシュできた?」


「うん。まぁ」




微笑む悠里くんに、ぎこちなく返事をする。


サラサラの黒髪には、天使の輪ができており、とても艶があり、綺麗だ。

爽やかで整った顔立ちから現れる微笑みは、まるで絵本の中から出てきた王子様のようにかっこよくて、完璧で。


眩しい存在に、私は平静を装いながらも息を呑んだ。


やっぱり、私の推し、かっこいいなぁ…。




『二人と付き合えば、二人とも救われて、みんな幸せじゃん?』




ふとここで、小悪魔美少女の悪魔の囁きが頭をよぎる。


二人と…付き合う…。

そうすればみんな幸せ…。


ダ、ダメだ、ダメだ!

何考えているんだ!私!


危うく、悪魔の囁きに頷きそうになった私は、慌てて首を横にぶんぶんと振り、ついでに心の中にいるリトル柚子を往復ビンタして、正気を取り戻させた。


そんな私の顔を悠里くんが「大丈夫?」と心配そうに覗く。




「だ、大丈夫。ちょっと疲れを取る動きをしてただけだから。これするとスッキリするの」




なので、私は苦し紛れにそう言って、なんとか悠里くんに笑顔を作った。

私の後ろからおそらく私の内情をなんとなく理解してそうな雪乃の「…くっ、ふふ…っ」という、堪えるような笑い声が聞こえてきたが、私はあえて関係ないフリをしたのだった。


 


*****


 


本日の勉強時間が終わり、夕食準備の時間がやってきた。

この勉強合宿での夜ご飯は、先生によって振り分けられた班で、生徒が調理室を借り、カレーを作る。

私の班には、雪乃、悠里くん、それから学年が違うので、当然千晴もいなかった。

そして料理が壊滅的に苦手な私は、班メンバーにきちんとそれを申告し、私でもできる簡単な作業をしていた。


今、私が専念している作業は、カレーに必要な水を計量カップで測ることだ。

他の班メンバーが野菜や肉を切る中で、私は計量カップに入っている水を睨み、メモリを睨み、また水を睨み、と交互に鋭い視線を向けていた。


全員で協力して、一つの料理を完成させる。

その為に大変賑わう調理室だが、私の班だけは違った。

いや、私の班だけではなく、その周りの班も。




「…て、鉄崎さんがものすごい剣幕で計量カップを見てる」




ある女子生徒が包丁を動かす手を止め、こちらをチラチラと何度も見る。




「お、おい。あれ、絶対、計量カップの水越しに誰か見てるぞ。絶対、違反者見つけてるぞ」




それからある男子生徒は、冷や汗を流しながら、ギギギッとぎこちなく首を動かし、こちらを見ないようにしていた。




「き、気を引き締めろ…っ」


「一つのミスも許されなぞっ」




聞こえてくる生徒たちは相変わらずで、思わず苦笑してしまう。

こっちはただ真剣に水を測っているだけなのだが、どうして計量カップ越しに誰かを睨んでいることになっているのか。


…全く、と呆れながらも、間違えるわけにもいかないので、さらに眉間にシワを寄せていると、生徒たちの声が一瞬だけ消えた。

全員が何かに気を取られ、そこをじっと見つめている。

その視線の先は私…いや、私の後ろだ。




「せーんぱい」




数秒後、私を後ろから抱きしめてきた千晴によって、生徒たちが何故急に黙ったのかわかった。

全員、千晴を見ていたのだ。




「…ちょ、千晴!?」




突然の背後からの抱擁に、私は手元にあった計量カップの中身をその場にぶちまけた。

机と床が水浸しだ。

せっかく、寸分の狂いもなく計れていたのに、千晴のせいで台無しだ。




「あー。何やってんの、先輩」




確実に千晴が原因でこうなっているのに、千晴はこの惨状にただただおかしそうに笑っている。

その姿に腹が立って仕方がない。




「だっ、れのせいでこうなっていると…っ!」




怒りで肩を震わせながら千晴をギロリと睨むと、千晴は肩越しに顔を覗かせて、その綺麗な瞳を怪しく細めた。




「俺?」




こちらをまっすぐと見つめ、首を傾げる千晴に、ドクンッと心臓が跳ねる。


柔らかそうなふわふわの金髪が蛍光灯の光を受けて、キラキラと輝いて見える。

作り物のように一切欠点のない完璧な顔立ちは、息を呑むほど美しく、そこから作り出される笑顔は、何よりも幻想的で、眩しい。


好きだと自覚してしまってからの千晴は、以前にも増して、美しく感じた。


ゔぅ、目に毒すぎる…。




『二人と付き合えば、二人とも救われて、みんな幸せじゃん?』




脳内にまた悪魔の囁きが響く。


だ、だから、ダメだってば!

そんなこと許されるはずがない!

幸せなはず、ない!


ぶんぶんと頭を激しく横に振り、悪魔の囁きを完全に頭の中から追い払う。


私は悠里くんの彼女!

誠実に彼だけを見る!


そう心の中で高らかに宣言し、私を未だに抱きしめる千晴の手の甲をつねった。

私につねられて、千晴は「いったぁ」と、全く痛くなさそうに私から離れた。




「先輩、邪魔してごめんね。お詫びに一緒にやろう?」




全く悪びれる様子もなく、ねだるように千晴が私を見る。まるで子犬に「遊んで?」と可愛らしく訴えられている気分だ。

腹が立っていたはずなのに、そこには許そうと思えてしまうものがある。




「…いや、アンタここの班じゃないじゃん。千晴がこっちに来たら班の人が困るでしょ?」


「んーん。俺、ちゃんと聞いてきたから。先輩のとこ、行っていい?って。なんなら証言させてもいいけど?」


「…証言はいいよ」


「じゃあ、ここにいてもいい?」


「……うん、いいよ」




無表情のまま事の顛末を淡々と話した千晴に、私は呆れながらも頷いた。

千晴が言っていることは多分本当で、班の人たちも千晴を送り出さざるを得なかったのだろう。

私にとってコイツは子犬のようなやつだが、ほとんどの人にとって、大きすぎて手に負えない狂犬なのだ。

誰も千晴に文句など言えないはずだ。


仕方ないので私は私の班のメンバーに許可をもらって、千晴と共にカレー作りを再開することにしたのだった。




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