表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しに告白(嘘)されまして。  作者: 朝比奈未涼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/108

91.傘と謎の動悸。




その日の帰りももちろん雨が降っていた。

その為、傘のない私は学校の置き傘を借り、1人で下駄箱にいた。


私の隣に悠里くんの姿はない。

いつもよりも部活が長くなるとのことで、今日は悠里くんと一緒に帰れないのだ。


たくさんの生徒たちが行き交う下駄箱で、私は1人、どんよりとした空を見上げた。


暗い空からザァザァと勢いよく雨の降る様が目に映る。

やはり今日は天気予報通り、もう雨は止まなさそうだ。


空から傘へと視線を落とし、そっと傘を押し広げる。小さく鳴った開閉音を耳に、そのまま私は下駄箱からゆっくりと外へと踏み出した。


ーーーその時だった。


私の視界の端に、ふわふわの金髪が入ってきた。


千晴だ。


一瞬、視界の端をかすめただけだったが、あの金髪が千晴だと私はすぐにわかった。

この学校であんな派手な頭で堂々としているやつなど、千晴しかいないからだ。


全く何度注意すれば、あの頭をやめられるのか。


私は大きくため息を吐いて、広げていた傘を一旦畳んだ。

それからあの金髪頭を探し、見つけると、ずんずんと力強い足取りで、そこへと向かった。




「千晴」


「あ、先輩じゃーん」




私に低い声で呼び止められ、千晴が嬉しそうにこちらを見る。


ふわふわの金髪に、ゆるゆるのネクタイ。

首元のボタンは止められていないし、学校指定のセーターも着ていない。

さらに耳にピアスまで光っており、全身あまりにも自由すぎる千晴に、私は眉間にシワを寄せた。

だが、そのシワはすぐに緩められた。

こんなにも雨が降っているのに、千晴の手には傘がなかったからだ。




「千晴、傘忘れたの?」




私の突然の問いかけに、千晴は一瞬だけキョトンとした。

そして少し考える素振りを見せ、「うん」と、無表情に頷いた。


どうやら千晴も私と同じらしい。

お気の毒に。




「傘なら職員室に行けばあるよ」




おそらく傘がなく、困っているであろう千晴に、同情しつつも、そう伝える。

しかし千晴はゆるゆると首を横に振った。




「なかった。傘」


「え、でも…」




そんなはずは…と、一瞬思うが、もしかすると本当になかったのかもしれない、と言葉を一旦止める。

私のように天気予報を見ずに登校し、制服ではなく、体操服で、1日を過ごす生徒を、私は今日、何人も見てきた。

さらに私が傘を借りに行った時も、何人かの生徒が傘を借りていた。

タイミングが悪ければ、千晴の主張通り、傘はもうなかったのかもしれない。


少し考えて、私は千晴の主張を信じることにした。




「そっか…。じゃあ…」




千晴を自然と私の傘に入れようとしたところで、私はハッとし、止まる。

今、千晴を私の傘に入れるということは、相合傘をするということだ。

千晴は私のただの後輩であり、彼氏でもなんでもない。

全く意識する相手ではないのだが、相合傘をしている私を見て、周りの生徒たちはどう思うだろうか。


ただでさえ、不名誉な疑惑をかけられているというのに、私が気にしていないからと、そういった行動をしてしまっては、その疑惑がさらに深まってしまうかもしれない。

田中にも私の考えなしの行動を怒られたばかりだ。


私は言いかけた言葉をグッと飲んで、千晴から視線を逸らした。

それから、バサッと傘を広げた。




「…雨、今日はもう止まないらしいから、誰かの傘に入れてもらうとか、傘持って来てもらうとかした方がいいよ。それじゃあ…」




困っている千晴を放置することは、少々胸が痛むが、淡々とそう言って、この場からさっさと離れようとする。

…が、そんな私の体操服の袖を千晴がグッと掴んだことによって、私の足はその場から動けなくなった。


な、何…?


私を引き止める千晴のその手に罪悪感が押し寄せる。




「傘入れて、先輩」




それからねだるような千晴の甘い声に、私は膝から崩れそうになった。


ち、千晴を周りの目とか気にせず、傘に入れてあげたい…!


まるで捨てられた子犬のような千晴をどうしても放っておくことができない。

しかし、ここで折れてしまっては元も子もないので、私は心を鬼にして、千晴を見た。




「私の傘じゃなくて、他の人の傘に入れてもらいなさい」




わざと冷たい表情を作り、千晴にそう言い放つ。

その瞬間、私たちの周りにいた生徒たちがわかりやすく、ザッと離れた。


…ああ、私から見ると捨てられた子犬に見える千晴でも、生徒たちから見ればとんでもなく怖い狂犬なのだった。

こんなにも怖がる必要なんてないのに。

千晴は理由もなく相手を噛むことなんてしないし、いいところだってたくさんあるというのに。


千晴の置かれている状況に、私はなんとも言えない気持ちになった。

そして当の千晴はというと、生徒たちの動きを見て、「…濡れて帰るしかないかな」と、どこか悲しげな表情でポツリと呟いていた。


普段何があっても飄々としている千晴の弱々しい姿に、胸がとんでもなく痛くなる。


ゔぅ、もう限界だ。

生徒たちにとっては怖い狂犬でも、私にとってはただの子犬なのだ。




「…私の傘に入りな、千晴」




気がつけば私は、弱々しい笑顔で千晴にそう言っていた。


私の言葉に千晴は「やった」と嬉しそうに笑い、傘に入ってくる。

そこにはもう先ほどの弱々しさはなく、千晴はいつもの調子を取り戻していた。その姿に私は少し安堵した。


それから私たちは一つの傘をシェアして、下駄箱から外へと出た。

屋根のない場所へと移動した為、バシャバシャと傘を叩く雨の音が上から聞こえる。


そんな中、私は必死に腕をあげ、何とか千晴を同じ傘の中に収められるように、傘を傾けていた。


 


「…」




でかい。


私よりも遥かに高い身長の持ち主に、純粋にそう思う。

かなり頑張らなければ、普通に千晴が濡れてしまう。


進行方向を見つつも、千晴を気にして腕をあげ続ける。

そうこうしていると、上から「…クスッ」とおかしそうな千晴の笑い声が聞こえてきた。




「…先輩、何やってんの。傘、持つのは俺でしょ?」




そう言って千晴が私からひょい、と傘を奪う。

千晴はもちろん私よりも身長がうんと高いので、腕をあげることなく、普通に傘を持った。

そんな千晴に私は「…ありがとう」とお礼を言った。


周りにいる生徒たちの視線を感じながらも、千晴と引き続き、並んで歩く。




「ねぇねぇ、あれ見て…っ。千晴くんと鉄子先輩じゃん…っ」




ある女子生徒は私たちの姿を見て、興奮している様子で、




「やっぱり付き合ってんだな、あの2人」




ある男子生徒は納得したように、




「ゆ、悠里くんがいるのにっ。酷いっ」




そしてある生徒は恨めしそうにこちらを見ていた。


…やはり、こうなってしまったか。


予想通りの展開に、思わず苦笑いを浮かべる。

同じ傘を共有することによって、普段以上に近い千晴との距離に、私はただただ〝近い〟と思った。

同じ傘を共有する以上、仕方のないことではあるが、この距離感もいけないのかもしれない。


もう家に帰るだけだし、少しくらい濡れてもいいか。


そう考えた私はそっと千晴から距離を取ろうとした。

だが、それは千晴によって簡単に阻止された。




「先輩?近くにいないと濡れるよ?」




おかしそうに私を見て、千晴が私の肩を抱き寄せる。

突然縮まった距離に、私の心臓はドクンッと大きく跳ねた。


抱き寄せられた肩に感じる、私よりもずっと大きな手。

雨の中、微かに私の鼻に届く千晴の爽やかで優しい香り。

千晴はただの後輩のはずなのに、どうしても千晴の全てを意識してしまう。

ただ距離が近いだけだというのに。


最近ずっと心臓がおかしいのは、本当にただの病気なのだろうか。

治らない苦しさに、私はそんな疑問を抱いた。




「先輩、今日はずっとそれなの?」




ふと、千晴が面白くなさそうな声音で、私にそう問いかける。

〝それとは?〟と一瞬思ったが、千晴の視線の先が、私の着ている体操服だったので、私は千晴の問いかけの内容をすぐに理解した。




「うん。私も今日、傘忘れてさ。悠里くんが貸してくれたの」




ふふ、と嬉しそうに笑う私に、千晴が「ふーん」と冷たく答える。

自分から聞いてきたくせに、なんとも冷めたリアクションだ。

だが、そんな千晴に私は特に何も思わず、話を続けた。




「それで私は千晴をどこまで送ればいいの?今日は車?それとも電車?」


「今日は電車」




無表情のまま千晴が私にそう言い切る。

それから徐に制服からスマホを取り出し、触り始めた。


伏せられた視線に、私は思った。

千晴が電車とはなんと珍しいのだろうか、と。


千晴が車で帰るのならば、そこの校門で別れることになるが、電車で帰るのなら、駅まで一緒ということだ。


それまでこの状態か…。


続く沈黙に、急にまた千晴を意識してしまい、私の頬は一気に熱を持った。

な、なんで…。


ただの後輩のはずなのに、心臓がうるさくてうるさくて仕方ない。

感じたことのない動悸にどうすればいいのかわからなくなった、その時。




「ねぇ、先輩」




どこか恋焦がれるような甘い千晴の声が、この沈黙を破った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ