87.アナタの声で夢をみる。
その日の夜。
私はベッドの上でゴロゴロしながら、口角を上げていた。
理由はもちろん、悠里くんにチョコを直接渡せたからだ。
千晴と別れた後、悠里くんと駅までの道中、私たちはずっと揉めていた。
私がチョコを悠里くんの家に渡しに行くか、悠里くんが私の家にチョコを受け取りに行くか、で。
本当にお互いに一歩も引かず、話は平行線だったのだが、最後の最後に、悠里くんが折れてくれた。
そして私は念願叶い、この手で直接悠里くんにチョコを渡せたのだ。
…もう食べてくれたかな、チョコ。
天井を見上げながらもそう思う。
私からチョコを受け取った悠里くんは、本当に嬉しそうに笑っていた。
サラサラな黒髪から覗く、悠里くんの瞳は、私のチョコを大事そうに見つめていて、とてもとても甘かった。
玄関と月の灯りという小さな光源だけでも、キラキラと輝いていた眩しい推しの姿が、まぶたに焼き付いて離れない。
ああ、あんなにも眩しい存在が私の彼氏で、しかも私を好きだと言ってくれているなんて。
「…〜っ」
そう思うと堪らなくて、まぶたを強く閉じ、首をブンブンと勢いよく横へと振った。
幸せ者すぎる。
千夏ちゃんと作ったチョコだ。お父さんも千晴も美味しいと言っていたし、きっと悠里くんも美味しく食べてくれているだろう。万が一もないだろう。
「ふふ、へへへ」
悠里くんのことを考えて、変な笑い声を出していると、ピコンッと、スマホから通知音が鳴った。
なんだろう?まさか悠里くんから何か連絡が?
チョコ美味しかったよ、とかさ。
…なんちゃって。
幸せな気持ちのまま、なんとなく、隣に置いていたスマホを手に取る。
するとスマホの画面には、連絡アプリからの通知が映し出されていた。
しかも悠里くんからのだ。
あ、あ、あ、当たっちゃったー!!!
悠里くんからのだー!
思わぬ展開に嬉しくて、私は早速通知をタップした。
『すごく美味しかった。お店出せるレベル』
まず最初に目に入ったのは、そう書かれたメッセージだ。それからその下には、喜んでいる様子の可愛らしいメルヘン猫のスタンプがあり、さらにその下には写真まであった。
悠里くんの部屋らしい机の上に置かれている、私が確かに作った生チョコタルト。
悠里くんから送られてきたメッセージと写真に、私は感動して、天を仰いだ。
あ、ありがとう!世界!
全てに感謝!
千夏ちゃん、千晴、ありがとう!
私が作った生チョコタルトが今、悠里くんの部屋に鎮座していらっしゃるという奇跡に大感謝!
嬉しさで震える指に鞭打ちながらも、『美味しかったようでよかった!』と、メッセージを打つ。
逸る気持ちを抑えて、誤字脱字はないか確認し、そのメッセージを送信すると、私は一息ついた。
ああ、幸せだ。
メッセージを送ってすぐに、私のメッセージに既読がついた。
どうやらもう推しは私からのメッセージを見てくれたらしい。
『今ちょっと電話できる?』
で、電話?
唐突に送られてきた推しからの神メッセージに、私は一瞬だけ固まった。
だが、それはほんの一瞬で、私はすぐに正気を取り戻した。
推しである悠里くんを一分一秒たりとも待たせてはいけない。
すぐに返事を打つのだ。
もちろん、『YES』と。
慌てて『できる!』と返信すると、スマホからコール音が鳴った。
悠里くんからの着信だ。
私はワンコールでそれに出た。
『もしもし、柚子?急にごめんね』
スマホから推しのイケボが聞こえる。
いつもより低く聞こえる声に、私の胸はギューン、と締め付けられた。
声だけでも魅力的すぎるとは、私の推しはとんでもない存在だ。
「ぜ、全然大丈夫!謝らないで!悠里くんと電話できて、私、すごく嬉しいから…」
スマホの向こう側にいる悠里くんに、私はついデレデレしてしまう。
誰かに見られていないと思うと、表情筋に力が入らない。
『そっか…。そう言ってもらえてなんか嬉しいな。俺もだから…』
嬉しそうだが、照れくさそうな悠里くんの声に、私は悶絶した。
全てを兼ね備えすぎている。
『あのさ、直接お礼が言いたくて電話したんだよね。すごく美味しかったよ、本当にありがとう、柚子』
「…う、うん。ど、どういたしまして」
『柚子、料理苦手じゃん?それなのに俺のわがままでチョコ作らせて、悪いな、とも思ってて…。でもやっぱり、手作りもらえるって、特別な感じがしてさ』
「…うん」
『特別って嬉しいね、やっぱり』
耳が幸せすぎる。
私の耳に届く優しい悠里くんの声はどこか甘く、体の奥底からじーんと私を暖める。
ふわふわとまるで夢でもみているかのようだ。
「私にとって悠里くんは特別で大切な存在だよ。それを伝えるためだったら、苦手なことでも頑張れるから」
幸せを噛み締めながら思っていることを口にすると、柔らかい吐息がスマホから聞こえた。
悠里くんはスマホの向こう側で、柔らかく笑ってくれているのだろうか。
『…ありがとう、柚子』
聞こえてきた甘い声に、私は気を失いそうになった。
危険すぎる声だ。
『ねぇ、柚子』
「ん?」
『好きだよ』
「…っ!」
推しからの突然の告白に、ブワッと私の周りに色とりどりの花が咲く。
ゴーン、ゴーンと遠くから鐘の音が聞こえ、今まさに幸せの絶頂にいる私を祝福している気がした。
好き、とは何と素敵な二文字なのだろうか。
「私も好きだよ」
好きだー!と叫びたい気持ちを何とか抑えて、私は柔らかく囁いた。
その後、私たちは他愛のない話を、お互いが眠るまで続けた。
悠里くんの声を聞きながら眠りにつけるとは、私はなんて幸せ者なのだろうか。




