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推しに告白(嘘)されまして。  作者: 朝比奈未涼


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80.勘違いは続く。




2月13日、日曜日、バレンタイン前日。


私は千夏ちゃんとバレンタインチョコを作るために、午後から千晴の家へとお邪魔していた。

毎度の如く、あのご立派すぎるリムジンの送迎付きで。


しかも我が家のインターホンを押したのは何故か千晴で、お母さんが「千晴くんいらっしゃあい」と、もう千晴のことを覚えてしまっていた。

…しかも私の彼氏として。


もちろん、訂正したかったし、しようともしたのだが、あれよあれよという間にリムジンに乗せられた為、また訂正することができなかった。

もうずっとお母さんの中では千晴が私の彼氏である。

とんでもない勘違いだ。


冬休みにも訪れた、人が住んでいる家とは思えない豪邸の廊下を歩きながら、私は先ほどのことを思い返し、「…はぁ」と小さく息を吐く。

するとそんな私を隣で見ていたらしい千晴が、無表情にだが、不思議そうに首を傾げた。




「まだ何もしてないじゃん。もう疲れたの?先輩?」


「…それアンタが言うか」




この疲れの最大の原因である千晴をギロリと睨みつける。

嵐のように我が家にやって来て、「俺が先輩の彼氏です」といった振る舞いをお母さんにし、挙句、それを慌てて訂正しようとする私を、あの手この手で邪魔し、できないようにしていた千晴に、今日だけでどれほど振り回されたことか。

それをコイツはまるで何も知らない子犬のような目で見やがって…。


何か一言物申してやろうと、口を開けたが、私の口から言葉が出ることはなかった。




「到着いたしました。千晴様、柚子様」




執事の影井さんがそう言って、ある扉の前で止まったからだ。

執事服をきちんと着こなしている影井さんは、今日も由緒正しい厳かな雰囲気を身にまとっており、豪邸の玄関からここまで私たちを案内してくれていた。


そんな影井さんの手によって、扉がゆっくりと開かれる。


 


「待っていたわ!お義姉様!」




すると扉の向こうには、白の可愛いレースがあしらわれたエプロン姿で、仁王立ちしている千夏ちゃんが立っていた。

スタイルがいいので仁王立ちスタイルでも、千夏ちゃんには華があり、まるでモデルのようだ。




「千夏ちゃん、こんにちは。今日は本当にありがとう」




私はまずは千夏ちゃんにお礼を言いながら、部屋へと入った。


この部屋はきっと厨房なのだろう。

部屋の中心には、大きな大理石っぽいもので作られた作業台のようなものがあり、それを囲うように壁際には様々なキッチン設備、業務用冷蔵庫などがある。


私のお礼に千夏ちゃんは特に気にする様子もなく、「お礼は結構。当然のことをしたまでよ?」と、気の強そうな笑みを浮かべた。

それから手に持っていた白のエプロンをこちらに差し出してきた。




「こちらがお義姉様のエプロンよ」


「何から何までありがとう、ちな…」




千夏ちゃんに渡されたエプロンを受け取り、広げたところで、私は固まる。


私の手にあるのは、白のレースの可愛らしいエプロンで、まさに今、千夏ちゃんが着ているものと同じものだ。


か、可愛すぎる…っ。


しかし、可愛すぎるからといって、せっかく用意していただいたものを突っぱねるわけにもいかず、渋々身につけると、千夏ちゃんと千晴はじっと同じ顔で私を見た。




「さすが華守の未来の奥方ね。悪くないわ」




まずは満足そうに頷いている千夏ちゃんの姿が目に入る。

そして…




「うん。似合ってる。かわいい、先輩」




と、どこか愛おしげに目を細める千晴の姿が目に入った。

そこで何故か、ドキン、と心臓が跳ねる。

どうやらこれから料理をするという緊張が、今来ているようだ。




「…ふぅ」




一度、まぶたを伏せ、深呼吸すると、私は再び、カッと勢いよくまぶたを開けた。

可愛らしいエプロンに恥じらいを覚えている場合ではない。

私は今、厨房という戦場にいるのだ。




「千夏ちゃん。改めてよろしくお願いします」




メラメラと闘志を燃やしながら千夏ちゃんをまっすぐ見据えると、千夏は「ええ」と優雅に頷いてくれた。


こうして私たちのバレンタインチョコ作りという名の戦いが今、幕を開けようとしていた。

…していたのだが。




「…」




私はここには似つかわしくない、座り心地の大変良さそうな椅子に、徐に腰掛けた千晴に疑念の視線を向けた。

千晴は何故、あそこに座って、落ち着いているのか。

しかもこちらを観察するようにじっと見つめているのか。


メラメラと燃えていた闘志が、イレギュラーな千晴の存在によって、少しずつ勢いをなくしていく。




「ち、千夏ちゃん、あれは一体…」




そして私は眉をひそめ、千夏ちゃんに小声で、そう問いかけた。すると、千夏ちゃんは何でもないことのように、あっけらかんと言った。




「お兄様もフィアンセのアナタと片時も離れたくないのでしょう。しかも自分にくれるチョコを作ってくれるのならなおのことね」


「…あ、あー」




深く何度も頷く千夏ちゃんに、私は何とも言えない表情を浮かべる。

これは千夏ちゃんのいつもの盛大な勘違いだ。



 

「あのね、千夏ちゃん。これから作りたいのは千晴にあげるチョコじゃないのよ。彼氏にあげるチョコなの」




千夏ちゃんの盛大な勘違いを正す為に、苦笑いを浮かべながら丁寧に事情を説明すると、千夏は不思議そうに首を傾げた。




「何を言っているのかしら?これから作るチョコがお兄様にあげるものではない?お兄様はアナタの彼氏…いいえ、そんな甘いものではないわね。婚約者なのだから当然あげるのでしょう?」


「いや、何もかも違いますが」


「何もかも?」




私のさらなる冷静な訂正に、千夏ちゃんが目を白黒させる。

それからしばらく黙った後、カッを目を見開いた。




「ア、アナタ!まさかまだ自分の彼氏は沢村悠里だと言っているの!?まだお兄様と二股しているの!?」


「ちちち、違いますが!?」




千夏ちゃんの続く盛大な勘違いに、私は慌てて首を横に振る。

以前にもきちんと説明したはずなのだが、逆に何故、まだそうだと信じて疑わないのか。


私の否定の言葉に千夏ちゃんは「違うとはどういうことかしら!?」と懐疑的な視線をこちらに向けてきた。

なので、私はゆっくりと、丁寧に、毎度の如く、そんな千夏ちゃんに説明を始めた。




「私がお付き合いしているのは悠里くんであって、千晴ではないの。もちろん、婚約もしていないから。千晴はただの後輩。だから二股とかでもないよ」


「…は?」




私の説明に千夏ちゃんがまた固まってしまう。

信じられないもので見るかのような目でこちらをじっと見つめる千夏ちゃんは、まばたき一つさえもしない。


それから千夏ちゃんが黙ること、数十秒。

続く沈黙に、徐に口を開こうとした、その時。


わなわなと震えながら、千夏ちゃんは言った。




「て、照れ隠しではなく?本当にあの完璧なお兄様のことが一ミリも異性として好きではないの?」




疑い深く私を上から下まで見る千夏ちゃんに、私は思わず苦笑してしまう。




「うん。そうだね」




そしてそう言い切って、私は何となく、千晴を見た。

私の視線の先にいた千晴は、やはりここには似つかわしくない豪華な椅子に優雅に腰掛けており、自分の話をされているにも関わらず、我関せずな表情を浮かべて、こちらをじっと見ていた。


そう、私はあのただの後輩である千晴を異性として全く好きではない。

案外周りをよく見ているところとか、その上でどのように行動すべきかわかっているところとか、普段は見せないが優しいところとか、誰かに流されない芯のあるところとか、千晴の人間としていいところを私はたくさん知っている。

けれど、それだけで。

それだけなはずなのに。


千晴のことを考えると、何故か胸の奥がぎゅう、と締め付けられるような感覚がした。

心臓も徐々に加速している。

どうやら先ほどの緊張状態が現在も続いているようだ。


急に黙ってしまった私を見て、千夏ちゃんは意味深に笑った。




「ほらほらぁ。やっぱり、お兄様のことが好きなんでしょう?早く素直になりなさいよ?」


「ち、違う。私にはそんな感情一ミリも…」




どこか嬉しそうな千夏ちゃんの言葉を何とか否定しようとする。

だが、それはこの部屋にいたもう1人の人物、千晴によって、遮られた。




「えー。本当に一ミリもないの?先輩?」




少しだけ頬を膨らませて、物欲しげにこちらをじっと見つめる千晴。

吸い込まれそうなその瞳に、私は頭を抱えた。

ここで千晴までこの話題に入ってきたら、収拾がつかなくなるではないか。




「照れているわね、これは」




ふふ、と勝ち誇ったように笑う千夏ちゃんに、




「先輩、照れてるの?かわいい」




と、その瞳を何故か嬉しそうに細める千晴。


マイペースで唯我独尊な2人に、私はさらに頭を抱えた。


…ま、まずは、何から正せばいいんだ。





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