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推しに告白(嘘)されまして。  作者: 朝比奈未涼


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79.大変なことになりました。




大変なことになった。


放課後。

私は上の空で風紀委員室の椅子に腰掛け、1人ぼーっと、書類を眺めていた。

目に入る文字の羅列を一応読んでみるが、全く頭に入ってこない。

右から左へとただただ情報が流れていく。

大事な書類を見ているというのに、今の私の行動はその意味を成していなかった。




「…はぁ」




手に持っていた書類を一度机に置き、大きなため息を吐く。

私が今見ていた書類は校則違反者のリストだった。

うちの高校は、基本、風紀委員からの注意はただの注意なのだが、先生からの注意はイエローカードのようなもので、あまりにもそれが溜まるとレッドカードとなる。

そうなれば、成績や内申にも響き、指導、処罰の対象になるのだ。

そうならない為の風紀委員であり、今は次のレッドカード対象者の確認をしていたのだが…。


大変なことになってしまった為、全く頭に入らない。




「…はぁぁぁ」




私は再び大きなため息を吐いて、頭を抱えた。

私の頭を悩ませる、〝大変なこと〟とは何か。


それは遡ること、今日の昼休みのこと。




*****




バレンタインまであと1週間。

数量限定の超高級チョコレートの予約を数日前、ネットで勝ち取った私は、スマホに表示されていた発送予定日をちらりと見た。

どうやらあの幻の100個限定チョコレートは、バレンタイン前日には届くようだ。


昼休み。

暖房のよく効いたスポーツ科の教室で、私は机を挟んで向こう側に座る悠里くんと共に、お昼ご飯を食べていた。




「バレンタインは柚子の手作りがいいな」


「…っ、ぐぅっ!」




たまたまスマホに視線を落としていた私に、悠里くんがポツリと呟く。

あまりにもタイムリーな話題に、私は一瞬口に含んでいたご飯を吐き出しそうになった。

…もちろん、吐くわけにはいかないので、一生懸命耐えたが。




「んんっ、な、何、言ってるの…?む、無理だよ、無理」




ごくん、と何とかご飯を飲み込み、慌てて、私は首を横に振る。

そんな私を見て、悠里くんは悲しげに眉を下げた。


…ぐ、胸が痛いがこれはどうしても譲れない。




「…悠里くんも知ってるよね?私が壊滅的に料理ができないってこと。悠里くんの命が危ないんだよ?だから手作りは絶対できないよ」


「…」


「そ、そんな目で見ても、む、無理ですから。もう幻のチョコも用意済みだし…」


「…」


「わ、私のチョコで何度お父さんが天に召されてきたことか…」



 

ずっと悲しそうな表情を浮かべる悠里くんに、私の声音はどんどん弱くなっていく。

本当は強く突っぱねたいのだが、それがどうしてもできない。

まるで子犬のような悠里くんの視線に、私は頭を抱えた。


推しが可愛すぎて、辛いです。




「…柚子が料理が苦手なことはもちろん知っているよ。今、俺が柚子を困らせていることも。けど、それでも柚子の手作りが欲しいんだ」




きっと意図せず作られた上目遣いは、何よりも切実で、心臓が加速する。

あまりにも可愛らしすぎる推しに、私の体温は一気に上昇した。




「ダメ、かな…」




ふい、と悠里くんが寂しそうに視線を伏せる。

震えているように見える長いまつ毛に、ついに私は限界を超えてしまった。




「つ、作りましょう…。悠里くんのために」




気がつけば私は真剣な表情で深く頷いていた。


ま、負けた、推しの健気さに。





*****





「先輩」


「…っ!?」




大変なこと、つまり、手作りバレンタインを用意しなければならなくなった経緯を思い浮かべていると、先ほどまで誰もいなかったはずの私の目の前に、千晴が現れた。

千晴の突然の登場に、私は驚きで危うく椅子から転げ落ちそうになる。


きゅ、急に現れるとは、なんと心臓に悪い。

千晴は忍びか、殺し屋なのか。




「な、何?びっくりしたじゃん」




大変迷惑そうに千晴を見れば、千晴はおかしそうに笑った。




「俺、ずっと先輩のこと呼んでたんだけど。でも、先輩全然反応してくれないし。ここまで来てやっと反応してくれたんだよ?」


「…え」




無表情ながら、だが、どこかおかしそうな千晴の視線に、思わず言葉を詰まらせる。

普段ならそんなことはない、と言い切れる場面だ。


…だが、今の私は上の空で、さらにはお昼休みのとんでもない出来事のことまで考えていた為、何も言えなかった。

おそらく千晴の言い分の方が正解なのだ。




「…」




申し訳ないと思いながらも、改めて、千晴を見れば、千晴は気だるげにこちらを見ていた。その瞳を何故か楽しそうに細めて。


誰よりも整った顔に、綺麗な金髪。

モデルのような高身長に、長い手足。


風紀委員室で佇む千晴は、何故かとてもキラキラしているように見えた。


窓から射す夕日が千晴をそうしているのか。

何故か眩しい千晴に、私は首を傾げた。


考えても考えても、キラキラの原因が全くわからない。

もしかしたら、疲れで、視界がチカチカしてしまっているのかもしれない。


そう思った私は、とりあえず、目を擦ってみた。




「…で、何、思い悩んでるの?」




そんなことをしていると、気がつけば千晴は、私の目の前にある大量の資料が置かれた机に軽く腰掛け、興味深そうに私の顔を覗き込んでいた。

どうやら、私の様子を見て、私が〝何か〟に悩まされていることを察したらしい。


私は何故かキラキラと輝いているように見える千晴のことを一旦、頭の隅に寄せ、「実は…」と重たい口を開いた。

そして、悩みの原因を全て千晴に話した。




「ふーん」




私の話を聞き終えた千晴は、無表情のまま、ただそう言った。それから肯定も否定も共感もアドバイスも何もせず、視線を伏せた。


長いまつ毛が千晴の顔に影を落とす様を、私はただただじっと見て、千晴の次の言葉を固唾を飲んで待つ。

すると数十秒後、千晴は軽く足を揺らしながら、ゆっくりと他人事のように言った。




「確か千夏が毎年チョコ作ってるよ。一緒に作れば?」


「…え、いや、いやいやいや」




千晴からの思わぬ提案に、私は首をゆるゆると横に振った。




「さっきも言ったけど、私、壊滅的に料理ができないんだよ?私なんかいたら、千夏ちゃんのチョコ作りの邪魔になるし、そんなの申し訳なさすぎるから。却下です」


「えー。でも大丈夫だと思うけど?とりあえず千夏と話してみたら?」


「え」




断ったはずなのに、何故か千晴がスマホをタップし始めて、そのままスマホの画面を私に向ける。

そこには、ゴールデンレトリバーの子犬のアイコンと〝千夏〟の文字が並んだ、通話の発信中画面があった。

しかもビデオ通話だ。




「え、え、ちょ、千晴!?」




突然のことに動揺を隠せず、その場でおろおろしてしまう。その間も発信音は鳴り続け、ついにその音は止まった。




『どういたしましたの?お兄様?』




パッとスマホの画面に現れたのは、千晴の妹、千夏ちゃんだ。

千夏ちゃんはスッとした凛々しい表情で、こちらをまっすぐと見つめていた。

しかしその表情は一瞬で崩れ去った。




『あら。あらあら。お義姉様じゃないの。お兄様のスマホからどうしたのかしら?わたくしにラブラブアピールのつもり?』




ふふ、と嬉しそうに瞳を細める千夏ちゃんに、私は何から言えばいいのやら、と悩んでしまう。


ラブラブアピールではないことを言えばいいのか、そもそも私が自主的に千晴のスマホを使っているわけではないことを言えばいいのか。

それとも電話の目的を伝えるべきか。


ほんの一瞬だけ、言葉を詰まらせていると、私が話すよりも早く、千晴が私にスマホを向けたまま、千夏ちゃんに話し始めた。




「千夏、今年のバレンタインもチョコ作るんでしょ?なら今年は先輩とチョコ作ってよ」




突然聞こえてきた千晴の声に千夏ちゃんは、『あら、お兄様』と、落ち着いた様子で答える。

それからあごを少しあげ、口元をクイっと上げた。




『もちろんいいですわよ!一緒に作りましょう!お義姉様!』


「ま、待って待って!」




快く承諾してくれた千夏ちゃんに、私は慌てて両手を伸ばす。




「私、壊滅的に料理ができないの!お父さんに三途の川を見せたことがあるの!そんな私が千夏ちゃんとチョコ作りだなんて、確実に邪魔だし、絶対迷惑だから…!」


『ふ、アナタが料理が苦手だということは、アナタについて調べた時に把握済みよ?華守を舐めないでくれる?』


「…っ!」




そんなことまで調べてたの!?


誇らしげに笑う千夏ちゃんに私は驚きすぎて、目を見開いた。

確かに文化祭前に千夏ちゃんが、私が千晴に相応しいかどうか見極めるために、いろいろしていたことは知っていたが、まさか料理の腕の有無まで調べられていたとは…。




「何それ。先輩について調べてたの?千夏」




千夏ちゃんのすごさに思わず唖然としていると、スマホを持つ千晴が無表情のまま、その綺麗な瞳をぱちぱちさせた。




『ええ。華守の奥方になるお方ですからね』


「どこまで調べたの?」


『あらゆること全てですわ』


「スリーサイズとかも?」


『ええ。もちろん。そのおかげでクリスマスのドレスも準備できましたから』


「ふーん。あとで全部教えて」


『わかりましたわ』




驚いている私を他所に、どんどんマイペース兄妹が話を進めていく。

最初は呆然とそれを見ていた私だったが、とんでもないことが決定されたところで、私は声を上げた。




「お、教えなくてもいいです!」




さすがに全てを知られるのは恥ずかしい。

必死で画面に映る千夏ちゃんにブンブンと手を振り、「やめてくれ!」と訴える。

しかし、千夏ちゃんは『何故?夫婦になるのだからいいでしょう?何が恥ずかしいのかしら?』と本当に不思議そうに首を傾げており、私の訴えなど、聞き入れようとしなかった。


千夏ちゃんの感覚が全くわからない。

恐ろしい。




『それよりお義姉様!わたくしがいるからにはもう大丈夫よ!華守に相応しい、最高のバレンタインチョコを作るわよ!』




スマホの画面いっぱいに、どこか嬉しそうな千夏ちゃんが映る。

そんな千夏ちゃんに「いや…」と断りを入れることなど私にはできず、私はついに頷いた。


ああ、未来の千夏ちゃんごめんなさい。

きっと千夏ちゃんはまともなチョコを作れません。

全て私のせいで。




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