75.知らないふり。
放課後、いつものように風紀委員室へと向かっていると、バスケ部の顧問、冨岡先生に声をかけられた。
『鉄崎!ちょうどよかった!俺、これから会議だから、これ、バスケ部の部室まで届けてくれないか?』
そう言われて渡されたのが、この大きな茶封筒だ。
どうやら練習スケジュール等が入っているらしい大事な封筒を抱えて、私は今、バスケ部の部室へと向かっていた。
その道中、ちらりと封筒の中身を見てみたが、さすが強豪校なスケジュール内容で、私は驚嘆した。
スケジュールによれば、悠里くんの休みはほぼないに等しかった。
一度、校舎外に出て、部室棟へと歩みを進める。
階段を上がり、左から三つ目の部屋こそが、バスケ部の部室だ。
辿り着いた扉の前で、私は扉をノックしようとした。
「いやぁ、鉄子さまさまだな!」
だが、部室内から聞こえてきた明るい声に、つい反射でその手を止めた。
…一体、何の話をしているのだろうか。
それも私について。
特に気にせず入ってもいいのだが、何故か今はその気になれない。
部室の扉の前で何となく止まっていると、部室内のバスケ部員たちは、私に聞かれているとも知らずに、私についての会話を続けた。
「鉄子に玉砕大作戦がここまで成功するとはな!」
明るい声は引き続き、楽しげに声を弾ませている。
「今やお前ら2人は誰もが認めるカップルだもんな。ファンたちもお前たちを応援してるし、そのおかげで結果も出たし」
「ウィンターカップベスト8達成はやっぱでかいよなぁ。去年は2回戦敗退だったし。先輩たちも最後は負けたけど、いい顔してたよな」
「鉄子のおかげで悠里が練習に参加できていると言っても、過言ではなぁい!」
それから他の部員たちも、その声に応える形で、様々なことを口にしていた。
扉の前で、私は思った。
これは聞いてはいけない会話だったのではないだろうか、と。
今、ここでこの扉を私が開ければ、気まずさMAXだ。
それどころか〝鉄子に玉砕大作戦〟が本人である私にバレた以上、作戦続行は不可能と判断され、作戦終了のお知らせがくる可能性だって十分にある。
そんな惜しいことしてたまるか。
まだ悠里くんの壁という名の彼女でいたい私は、その場で何とか息を殺して、ゆっくりと後ろへと下がった。
ーーーその時。
「あれ?鉄崎先輩?」
「…っ」
突然、誰かから声をかけられて、私は大きく肩を揺らした。
喉まで上がってきた悲鳴を、ぐっと抑えて、声の方へと視線を向ける。
するとそこには、文化祭の時、千晴のクラスでお姫様役に選ばれてしまい、最終的にはダウンしてしまったバスケ部の一年生が不思議そうに立っていた。
「そんなところで何しているんですか?何か悠里先輩に用事ですか?」
こちらに歩み寄ってきた彼を見て、ピン!とくる。
今の会話全て、聞いていなかったことにすればいいのだ。
今ちょうどここへ来たので、何も知らない、と。
そして何事もなかったかのように、冨岡先生から頼まれた封筒を目の前にいる彼に渡せばいい。
そうすれば全て丸く収まる…はず。
「ちょうどよかった。今ここに来たばかりなんだけど、この封筒をバスケ部に渡したくて。これ、冨岡先生からね。君、受け取ってくれる?」
「え、あ、はい」
淡々と説明し、サッと封筒を後輩へと渡す。
後輩は戸惑いながらもそれを受け取ると、「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。
さすが体育会系である。礼儀正しい子だ。
「それじゃあ」
挨拶もそこそこに、私は表では落ち着いているが、内心では慌ててその場から離れた。
私は何も聞いていない。
何も知らずにこれからも悠里くんに騙され続けるのだ。
それが私の本望だ。




