7.王子の苦悩。side悠里
side悠里
鉄崎さんと付き合い始めて1週間が経った。
最初の数日は顔を合わせれば挨拶をする、顔見知りから知り合いに変わった程度の変化しかなく、本当にあの告白の返事は現実だったのか、夢ではなかったのか、と疑う日々を送っていた。
だが、それでも一応鉄崎さんと付き合っていることにさせてもらった。
鉄崎さんと付き合うことになってからも、たくさんの人に告白されそうになったからだ。
誰かが俺に告白しようと俺を呼び出す度に、それとなく彼女の有無を聞かれる度に、俺は鉄崎さんに申し訳ないと思いながらも、「鉄崎さんと付き合っている」と言ってきた。またバスケ部員のみんなも俺の練習時間を確保する為に、本人たちも半信半疑でだが、一生懸命、俺と鉄崎さんが付き合っている事実を学校中に広めてくれた。
しかし、もしもあの時の返事が実は夢だったのなら。
鉄崎さんを知らぬ間に巻き込んでしまっている現状に、やはりとても申し訳ない気持ちなってしまう。
だから俺はよくあの場にいたバスケ部のみんなに確認していた。
あの告白の返事は現実だったのか、と。
するとみんなはいつも「信じられないが現実だった」と、強く頷いてくれた。
あの時、俺はあの場にいようとしたバスケ部のみんなに鉄崎さんに失礼だからどこかに行くようにと強く言った。
だが、彼らは「俺たちのエースの大事な局面だから」と真剣な顔で食い下がり、あの場から離れようとしなかった。
なので、仕方なく最終的に俺が折れた。
どうせフラれて恥ずかしい思いをするのは俺なのだから鉄崎さんには悪いがもう仕方ない。
そんなあの場にいた彼らもあれは現実だと言う。
あの場にいた誰もが鉄崎さんの返事に耳を疑ったらしいが、それでもあの場にいた誰もが鉄崎さんが俺の告白を受け入れた声をきちんと聞いていた。
俺とあの場にいた部員。
全員が鉄崎さんの返事を確かに聞いているのだ。
関係の変化がないとはいえ、あの日を境に、俺と鉄崎さんは一応付き合うことになったようだった。
だから俺たちは練習時間確保の為にも、鉄崎さんという存在を利用させてもらうことにした。
ーーー俺と鉄崎さんは付き合っている。
けれど関係はあまり変わらない。
付き合っているのなら何かしなければならないはずだ。
だが、あの鉄崎さんに何をすればいいのかわからない。
そんなことを思い、ずっと動けないでいると、何と鉄崎さんの方からアプローチをしてくれた。
俺はそんな鉄崎さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
一緒に帰ろうと誘うのも、連絡先を聞くのも、本当は俺がしなければならなかったことだ。
それを受け身になって、どうすればいいのかわからず待つなんて。
夢なのか現実なのかよくわからないからとずっとずっと悶々として。
何て情けないのだろうか。
そう思ったあの日から、俺はちゃんと彼氏らしく振る舞えるように、積極的になろうと決めた。
そして鉄崎さんと付き合い始めてから1週間。
朝は互いに部活や委員会活動などで、時間が合わないので、一緒に登校することはないが、下校はなるべく一緒にするようにし、昼休みも予定の合った日だけ一緒に過ごすようにした。
もちろん連絡もこまめに取るようにしている。
その結果、この1週間で俺たちは何となく付き合っているような雰囲気を作り出すことに成功していた。
もうただの知り合いの雰囲気ではないはずだ。
それからここからは意外な誤算だったのだが、俺は鉄崎さんと共に過ごす時間が案外好きだった。
最初は付き合ったのだからと義務感で動いていた俺だったが、鉄崎さんとの会話は面白く、今では友達と話すような楽しさがあった。
あんなにも怖い印象の強い鉄崎さんだが、一緒にいると案外よく喋り、よく笑うのだ。
今日もそんな鉄崎さんと何となく連絡を取り合いながらも、俺は自分の部屋で明日の準備をしていた。
部活用のカバンに練習着を詰め、他に必要なものも入れていく。
そんなことをしながらも時折スマホを見ると、鉄崎さんからこんなメッセージが入っていた。
『運命diaryにハマってる。もう3回は読み直したよ』
「…え」
鉄崎さんからの意外な返信に思わず驚きで声を漏らす。
〝運命diary〟とは現在連載中の人気バトル漫画だ。
運命diaryと呼ばれるノートを使ってバトルをするというものなのだが、様々なところに伏線が張り巡らされており、なかなか面白い。
俺も全巻集めるほど好きな作品なのだが、まさか鉄崎さんも好きだったとは。
そこまで考えて、俺はふとあることを思い出した。
確か今週末から〝運命diary〟の実写映画が公開されるはずだ、と。
『今週末、運命diaryの映画あるよね。一緒に行く?』
何気なく思ったことをそのまま打ち、鉄崎さんへ送る。
俺も好きだし、一緒に行ったら楽しそうだな。
…が、少しして俺は自分がしてしまったことに気づいてしまった。
今、自分がしたことはデートに誘う行為だ、と。
や、やってしまった…。
俺と鉄崎さんは付き合い始めたとはいえ、まだ友達のような関係だ。
それなのに突然デートなんかに誘われたら困るはずだ。迷惑に違いない。
鉄崎さんを困らせまいと慌ててメッセージを消そうとしたが、すぐに既読がついてしまった。
既読がついてしまった今、メッセージはもう消せない。
『難しかったら断っても…』
と、慌てて打っていると、俺が追加のメッセージを送るよりも早く鉄崎さんから返信がきた。
『行きたい!』
鉄崎さんからの返信に肩の力が抜ける。
それと同時にとても嬉しい気持ちでいっぱいになった。
鉄崎さんも俺と一緒に行きたいと思ってくれていたのかな。
週末は鉄崎さんとデートか…。
そこまで考えて俺はあることに気がついた。
俺はずっとバスケ一筋で、バスケしかして来なかった。なので、当然彼女なんていたことがない。
もちろんデートなんて未経験だ。
どんなことをすればいいのか、どんな服を着ればいいのか、何もわからない。
せっかく鉄崎さんが俺とデートしてくれるというのに、このままでは、何か粗相をしてしまうかもしれない。
「姉ちゃん!」
まずい、と思った俺は、慌てて自分の部屋から飛び出し、5歳年上の大学生の姉の姿を探し始めた。




