68.クリスマスをもう一度。
side柚子
12月30日。
年末の駅内は、様々な人で溢れ、賑わっていた。
カップルや子連れの家族、若そうな夫婦に、大きなキャリーケースを引く若者。
たくさんの人が行き交う、ここで、私は軽やかな足取りで、ある場所へと向かっていた。
そのある場所とは、もちろん悠里くんとの集合場所である駅前の時計塔だ。
鷹野高校バスケ部は、私が観戦した次の日、準々決勝で惜しくも敗退し、ウィンターカップの成績は、ベスト8に終わった。負けてしまったが、晴れて目標であったベスト8を達成することができたのだ。
準々決勝の日は予定があったので、配信で悠里くんの勇姿を見守っていたが、準々決勝もとてもいい試合で、涙なしでは見られなかった。
偽の彼女として壁となり、支えた結果が、少しでもあのベスト8に繋がったのだと思うと、感慨深く、誇らしい。
私はきっと、悠里くんを推す者、ファンとして素晴らしい仕事をしている。
悠里くんはウィンターカップが終わり、昨日こちらに帰ってきた。
そして、2人とも予定が空いていた今日、約束のクリスマスパーティーをすることにした。
だが、私は少しだけ心配だった。
激闘から帰ってきたばかりの悠里くんは、かなりお疲れなのではないのか、と。
私なんかとクリスマスパーティーなんてして大丈夫なのだろうか。
そんなことを思いながら集合時間よりも1時間早く、時計塔前に着くと、そこにはもうダウンにマフラーの冬装備悠里くんがいた。
心なしか冬の太陽の光が悠里くんにだけ射しているように見える。
…神々しい。じゃない!
思わず見惚れてしまったが、それどころではないことに私は気づいた。
お、推しを寒空の下、待たせるなんて!
ファン失格だ!
1時間前集合では遅すぎだった!
「悠里くん!ごめん!」
軽やかだった足取りは、いつの間にか駆け足へと変わっていた。
「柚子、早いね」
私を見つけて、微笑んだ悠里くんから白い息が漏れる。
ああ、推しが寒そうだ。
なんたる失態。
「ご、ごめんね。待たせちゃって」
申し訳なさすぎて、あわあわしていると、悠里くんはそんな私に表情を和らげた。
「いや、俺が早く来ただけだから」
それだけ言って、「行こう」と悠里くんが私の手を引く。
冷たい指先に、私は胸がぎゅうと締め付けられた。
この冷え切った手を私が温めなければ。
*****
悠里くんと向かった場所はとあるスーパーだった。
そこで私たちは2人並んで買い物を始めた。
買い物かごは当然、私が…と、持とうとしたのだが、それはスマートに悠里くんに取られてしまった。
「お肉はどれにする?」
かごを持つ悠里くんに聞かれて、精肉コーナーを睨む。
「メインは唐揚げとクリームシチューだから、これかな?値段的にはこっちもいいけど…」
悩みながら指差す先には、値段の違う鶏肉がある。
悩む私の横で、悠里くんは「じゃあ…」と続けた。
「高い方にしちゃう?せっかくだし」
少しだけイタズラっぽく笑う悠里くんは、どこか少年のようで、可愛らしい。
あまりにも素敵すぎる推しに、私は今日もやられながら、うんうんと何度も頷いた。
それから高い方のパックを手に取ると、悠里くんが持つかごへと入れた。
悠里くんと私は今日、悠里くんの家でクリスマスパーティーをする。
その準備として今、スーパーで買い物をしていた。
悠里くんの家には今日は誰もいないらしく、心置きなく二人でパーティーができるらしい。
悠里くんのご両親は旅行に、里緒ちゃんと里奈さんはお出かけに行っているそうだ。
里緒ちゃんと里奈さんに会えないのは少し残念ではあるが、悠里くんと二人で1日過ごせることが、私は楽しみで楽しみで仕方なかった。
クリスマスパーティーに必要なものはもう事前に話していたので、あとは決まっている材料を買うだけだ。
野菜にお肉、フルーツ、とどんどん悠里くんと話し合いながら、かごに入れていく過程で、私は思った。
「…なんか新婚さんみたい」
つい思ったことが口から出てしまう。
なんと罪深い思考なのか。
もし、こんな妄想が推しに聞かれていたら…。
恐る恐る推しである悠里くんの方を見ると、悠里くんはきょとん、とした顔をしていた。
まさかそんなこと言われるとは微塵も思っていなかった、という表情だ。
しかしその表情はすぐに消え、悠里くんは嬉しそうにはにかんだ。
「…うん。そうだね。柚子は俺の奥さんかぁ」
ズズズズキューン!
本当に嬉しそうにしている悠里くんに、心臓が見事に狙撃される。
推しのサービス精神、恐るべし。
言っていいことと、悪いことがある、と推しは知らないのか。分別がないのか。
私じゃなければ、無事に勘違いして、恋に落ちるところだったぞ。




