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推しに告白(嘘)されまして。  作者: 朝比奈未涼


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61.つまらない日々。side千晴




side千晴




ああ、好きだな。


俺の腕の中で、必死に腕を回して俺を抱きしめる小さな頭に、愛しさが溢れ止まらない。


好き、好き、好き。


たくさんの愛おしい想いが胸いっぱいに広がり、ゆっくりと溶けていく。


やっぱり、先輩は正義の人だ。

まっすぐで愛情深くて、誰にでも平等で、優しい。

そんな先輩だからこそ、自然と惹かれた。

そして気がつけば、どうしようもなく好きになっていた。


小さくて柔らかい先輩の体を、ゆっくり、壊さないように、けれど、もうここから逃げられないように、抱きしめる。


先輩と俺は最初は住む世界でさえも違った。

それなのに、何故、俺は運命的に彼女と出会えたのか。


それは、遡ること約一年前のこと。




*****




中学3年の秋。

数ヶ月前は見たこともなかった、ギラギラと俗っぽく輝く色とりどりのネオンを横目に、俺は何となく、道の端に座っていた。


ここ最近の夜は、昼間ほどの熱をもう持たない。

1人佇む俺の頬に、ほんの少し肌寒い風が当たる。


けれど、家に帰りたいとは微塵も思わなかった。


自分の人生に不満などなかったが、何もかも思い通りになることが、逆につまらなくて、周りを困らせてみようと思った。


学校にはろくに行かず、家にもなかなか帰らず、こうやって、いろいろな街を彷徨ってみた。


最初は、初めてのことばかりで、どれも新鮮で楽しかった。

自力で電車に乗って街に出るのは、車で移動するよりも面倒だが、自分の力で移動しているようで面白かったし、見たことのない景色ばかりで、まるで別世界にでも迷い込んでいるようで、悪くはなかった。


統一感がなく、ごちゃごちゃと、あちこちで〝ここにある〟と主張し続ける店の並び。

コンビニも、ネカフェも、カラオケも、ホテルも。

何もかもが、俺の目には新しかった。


そんな世界を見ていると、よくわからない輩に絡まれた。何故絡まれたのかわからないが、俺を殴ろうとしたので、試しに殴り返すと、拳は痛かったが、これはこれで楽しかった。


喧嘩は実力主義だ。

どこの誰であろうと関係ない。


そんな純粋な実力主義の世界は生まれて初めてだったので、つまらないと思っていた人生に、新たな楽しさを与えてくれた。


予定調和を崩したくて、始めたことだったが、気がつけば、街へ出る方が楽しい、と俺は学校へは行かなくなった。


その結果、学校での俺の評価や成績はぐっと落ちた。

俺は何とも思わなかったが、学校がそれを良しとせず、あらゆる教師が俺の前に現れ、こう言った。




「千晴様、せめて…せめて、テストだけでも受けてください。それさえ受けてくだされば、アナタなら今まで通りの結果を得られますから」




泣きながらそう訴えた教師のテスト。

暇つぶしに解いて、影井に渡しておくと、学年一位となり、結局、成績はそのままだった。


周りは相変わらずな俺に困っていたが、それだけで、俺に何かを言ってくることはなかった。


やはり面白くない。

つまらない。

何をしても俺の世界には色がない。


だから刺激を求めて、また街に出る。


ここはいい。

目に映るものはどれも主張が激しく、飽きないし、何より誰も俺のことを知らない。


俺とどうにかなりたくて、甘い声を出す女、俺が気に食わなくて、絡んでくる男。

いろいろな感情で人が動き、好きなように俺に関わる。


俺が誰なのか知っている周りの人間は、常に俺の顔色を伺い、同じような行動しかしない。

それがつまらなくて仕方ないのだ。


だが、ここでなら、俺は俺らしくいられる気がした。


そんな日々を送っていたある日のこと。

俺は気づいてしまった。


愛される、という意味を。

そして、それと同時に、俺は誰からも愛されず、関心さえも向けられていなかったと知った。


愛があれば、その人を思い、叱る。

間違えれば、それを叱ってでも、正す。


そんな愛の形を、俺はここに来て、何度も何度も見てきた。


派手に喧嘩をし、警察の世話になった夜。

決まって相手側の親は、子どもを迎えにやってきて、間違ったことをした子どもを叱った。

どの親も厳しい声をあげていたが、その瞳にはきちんと愛があった。


俺にはそんな人はいなかった。

警察に呼ばれて俺の迎えにくるのは、いつも執事の影井で。

影井はいつも困った顔をするだけで、一度も俺を叱らなかった。

俺の親に至っては、興味さえもないようで、そのことについては何も言わず、ただただ学校での成績や、会社での実績を見て、俺を褒めた。


愛されていない。

けれど、今更知ったところで、何とも思わない。

何故ならそれがうちの普通だったからだ。


満たされない日々の中、唯一自分らしくいられる街で、好きに生きる。

甘える女に気が向いたら手を出して、売られた喧嘩は基本買う。

傷を負いながら生きていくことに、生を感じていた。




「なぁ、お前が千晴か?」




ぼーっと何となく、街を見つめていると、上から声をかけられた。

反射的に顔を上げると、そこにはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている20代前半くらいの男がいた。




「なぁに、おにーさん」




男に俺は気だるげに笑う。


喧嘩を売りにきたのか、遊び相手として誘いにきたのか。

どれかはわからないが、どうせろくでもないことなのだろう。




「ちょっと、俺たちに付き合えよ?心当たりはあるだろ?」




軽くあごを動かして、こっちに来い、と呼ぶ男の表情は笑顔だが、目は鋭かった。

どうやら、喧嘩を売りにきたみたいだ。




「いいよ。遊んであげる」




俺は不敵に笑い、その場から立った。

男の後ろには、10人ほど似たような男がおり、笑ってしまう。

群れなければ何もできない可哀想な人間だ。


男たちに連れられて、俺はそのままネオン街の奥へと進んでいった。




*****




ビルとビルの間。

ネオンの光でさえも入らない場所に連れて来られて、ああ、バカだな、と思った。


ここでなら、人目がないので、加減しなくてもいい。

どんなにやっても、警察は来ない。


俺の後ろは行き止まりで逃げ場はない。


今日は楽しめそうだ。


ネオン街を背に、俺の前に立ちはだかる男たちに、俺は口角を上げた。




「何笑ってんだよ?」




最初に俺に話しかけてきた男が、不愉快そうに表情を歪める。




「俺の弟の友だちの連れをボコったんだろ?だったら今度はお前がボコられる番だよなぁ?」




その横にいた男は、ボキボキと指の骨を鳴らしながら、ニタニタと笑っていた。




「俺の彼女も寝取ったよなぁ?別れ話されてさぁ、なんでか聞いたらお前が忘れられないってさぁ?」


「俺もそれだわ。彼女がお前じゃないとダメって」


「うちは妹。泣いてんだよ、お前が自分のものにならないって」




それからその場にいた男たちは口々に、俺に文句を言ってきた。


笑えてしまう。

だからどうしたというのだ。


俺に喧嘩で負けて、ボコボコにされたのは、そいつが弱かったから。

俺に相手にされて、喜んだ女に振られたのは、お前の魅力がなかったから。

俺を自分だけのものにしたい、という欲望は知らない。そんなこと誰にもできるわけないのに、バカらしい。


張りつめた空気の中に、ピリッとした緊張感が走る。

誰かが動けば、喧嘩が始まる。


ーーーその時だった。




「何してんのよ!」




男たちの後ろ、ギラギラと輝くネオン街から凛とした女の声が聞こえた。

突然聞こえた声に、男たちはざわざわとざわめき出す。




「だ、誰だ!?」




そして1人の男がそう声を上げた。


男たちの間から声の主の姿が見える。

ネオン街では見ない、きちんと着こなされた制服に、黒髪の綺麗なポニーテール。

気の強そうな瞳がこちらを睨みつけている。


まるで太陽のような光を放つ彼女は、薄暗いここでは、あまりにも異質すぎた。

何故か眩しく感じる存在につい瞳を細める。




「誰だ!?じゃない!1人に対して、10人でよってたかって、いい大人が何してんの!?恥ずかしくないわけ!?」




獰猛な肉食獣の檻に飛び込んできた、何も知らない子猫は、にゃあにゃあと威勢よく叫んで、こちらへとずんずんと近づいてくる。

すると、男たちは、そんな子猫をバカにしたように笑った。




「お嬢ちゃんは何も知らないだろ?何も知らないのに口出ししちゃダメでしょ?なぁ?」




1人でここまでやってきた女に、まるで小さな子どもに注意するように、1人の男が猫撫で声を出す。

女はその男をギロリと睨みつけたが、正直、可愛らしくて、迫力には欠ける。




「何も知らない?確かに知らないけど、こんな状況、口出しするには十分じゃない?」




男たちをまっすぐ見据えて逸らさない女は確かに愛らしいのだが、どこか鬼気迫るものもあった。

ただの女のはずなのに、そうとは思えない雰囲気がある。




「…アイツはね、お嬢ちゃん。俺の大事なだーいじな、後輩の連れをボコったの。あとそこのやつの彼女を寝取ってるし、やることやってんだよ?いんがおーほーなの」




くすりと笑い、男の1人が女の手を掴む。

ーーー次の瞬間。




「…っ!?」




女は見事な背負い投げをその男に披露していた。

女に投げられた男は、状況が飲み込めず、きょとんとした顔をしている。




「これ以上、彼に絡むなら警察に通報します」




ぱんぱんっと両手を叩いて、冷たい視線を彼女が送る。

いつの間にか可愛らしかった子猫は、この場を支配する、ライオンのようになっていた。


彼女の圧倒的なオーラに男たちから先ほどの余裕が消えていく。




「で、できるもんならやってみろよ…っ」




と、1人が言うが、その声は弱々しい。




「な、なぁ、やばくね?」


「どうする?」




男たちがそれぞれ顔を見合わせている隙に、その女は俺のすぐ傍まで来た。




「行くよ!」




グイッと小さな手が俺の腕を掴む。

きっと彼女の力では、俺を動かすことなんてできない。

それでも抗う気にはなれず、気がつけば俺は、彼女に引かれるまま、光の方へと走り出していた。




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