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推しに告白(嘘)されまして。  作者: 朝比奈未涼


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60.扉の向こう。




煌びやかで上品な異世界の上流パーティーに紛れ込んだ次の日の朝。

私は千晴の部屋の隣に用意された、とんでもなく広い部屋で、一晩を過ごし、身支度をしていた。


いつの間にか用意されていた昨日も着たクラシックな落ち着きのあるメイド服に袖を通し、改めて鏡で身なりの最終確認をする。

きちんとした白と黒のメイド服に身を包む私は、いつもより、上品でしっかりとした印象を与える。

見た目だけならいいとこのお屋敷の由緒正しいメイドさんだ。




「よし」




小さくそう言って気合を入れると、私の雇い主である、千晴の部屋へと行く為に、ドアノブに手をかけた。




「あれは優秀だ。好きにさせておけ」




それと同時に聞き覚えのある、厳格な男の人の声が扉の向こうから聞こえてきた。


ーーー千晴のお父さんの声だ。


千晴のお父さんの冷たい声に、私は手を止めた。




「確かに柚子様とお付き合いされてから、千晴様は随分落ち着かれました。ですが、千晴様に必要なのは、決して柚子様だけではございません。千晴様の健全なご成長をお望みでしたら、ほんの少しでも千晴様と家族としての時間を…」




千晴のお父さんと話しているのは、どうやら執事長の影井さんのようだ。

影井さんの声は丁寧だったが、どこか必死に訴えるものがあった。

しかし、その訴えは途中で遮られた。




「健全?そうだな。犯罪者になるようなことはあってはならないな。だが、それをするのは俺の仕事ではない。お前の仕事だ、影井。俺たちは確かに血を分けた家族だが、それ以前に、華守一族の男だ。社長とその跡取り。あれは華守がこれからも大きくなる為の歯車の一つにすぎない。愛情を注ぐものでもないし、その時間が勿体ない」


「ですが…」


「この話は終わりだ。次の話をしろ」


「…はい」




反論さえも許さない高圧的な千晴のお父さんの主張に耳を疑う。


ここは千晴の部屋の真隣だ。

つまり、このあまりにも冷たすぎる会話を、千晴も聞いている可能性がある。

こんなにも平然と我が子を道具として扱い、日常的にこれを千晴は聞かされてきたのか。


だんだん腹が立ってきて、何か一言物申したくてたまらなくなる。

一度止めた手に再び力を入れ、ドアノブを思いっきり引っ張ろうとした、その時。




「…っ!」




後ろから誰かに抱きしめられたことによって、それはできなくなってしまった。

誰!?と一瞬だけ、驚くが、鼻をかすめる香りに、その驚きが消えていく。


甘く優しい香り。

この香りの持ち主は、千晴だ。




「…千晴?」




おそるおそる私を抱きしめる人物にそう確認すると、その人物はクスッと笑った。




「せーかい。ちゃんとご主人様がわかって偉いね、先輩」




ゆるい千晴の言葉に、呆れて力が抜ける。

朝から何の冗談だ。しかも何故、ここに千晴がいるんだ。

その疑問を千晴にぶつけると、




「あそこ見て」




と、千晴はとある場所を指差した。


千晴が指差した場所には謎の扉がある。

千晴に言われるまで気づかなかった。




「ここと俺の部屋、繋がってんの。ここも俺の部屋みたいなものだから」


「…え」




淡々と説明した千晴に固まる。

つまり、わざわざ廊下に出なくとも、千晴の部屋…いや、ここも千晴の部屋なので、千晴のところまで行けたということか?


まさかあの部屋だけではなく、この部屋までも千晴の部屋だったとは。


1人部屋にして広すぎないか。

普通に二世帯くらい住めそうな広さがあるぞ。


金持ちのスケールは一般人とは違う、と驚いていると、千晴は私を抱きしめたまま、顔を覗き込んできた。




「ところで、今、何しようとしてたの?怖い顔して」




無表情なまま首を傾げ、こちらを見る千晴が私の眉間に人差し指を優しく置く。

その行動に私はゆるゆると表情を緩めた。




「…物申しに行こうとしてたの」


「物申しに?うちの父親に?」


「うん」




ポツリと呟いた私に、千晴がますます不思議そうに首を傾げる。

なので、私は続けた。




「あの人、父親なのにいろいろとおかしいじゃん。我が子を道具扱いとかどんな神経してんの」




思い出しただけで、無性に腹が立ち、また眉間に力が入っていく。

すると千晴はくるん、と私の体を回転させ、自分と向き合うように形に変えた。

私を正面からまっすぐ見つめて、千晴が呑気に笑う。




「先輩って、面白いね。別に気にしなくていいよ。あれがうちの普通だから」


「…っ」




へらりと本当に平気にそうしている千晴を見て、昨晩思っていたことは、正しかったのだと胸が痛くなった。


やはり、千晴は何も気にしていない。

これが普通で、愛されるということを知らない。

だから痛みさえないのだ。


そんな千晴に何を言えばいいのだろう。


次の言葉がなかなか出てこなくて、気持ち悪い。

続く沈黙の中で、いっぱい考えて、私はゆっくりと、口を開いた。




「千晴は道具なんかじゃない。ちゃんとした自由のある1人の人間だよ。千晴は優秀だから、こんな家に頼らなくても、1人で何でもできる。生きていけるよ。先輩として、私も力を貸すから」




どんな言葉をかければいいのかわからない。

けれど、伝えたいことを精一杯伝え、私は目の前にいる千晴を強く抱きしめた。





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