6.推しと帰り道。
委員会活動は基本放課後の1時間だ。
しかし千晴の反省文の監督をした結果、私は放課後の2時間丸々それに費やすこととなった。
しかも信じられない話だが、2時間も書いていたのに全く終わらなかったのだ。
そう、全く。
反省文を書いていた2時間、千晴は渡された紙にきちんと向き合い、確かに文字を書いていた。もちろん、私と話をしていた時間もあったが。
なので、私も委員会活動をしながらもそれを見ていた。
…が、真面目に反省文を書いていると思い込んでいたことが、そもそも大きな間違いだった。
何となく監督ついでに反省文の内容を見てみると、そこには全く関係のないことばかり書かれていたのだ。
『柚子先輩の怒りっぽいけど面倒見のいいところが好き』
『文句を言いながらも、見放せないところが好き』
『笑顔が可愛い』『怒っているところも可愛い』
『こっちを見てまず睨んでくるけど、懐いていない子猫みたいで面白い』
このふざけた内容は全部反省文に書かれていたほんの一部である。
「全くあんなことばかり書いていたなんてあり得ない!ちゃんと見ておけばよかった!」
「あんなことって。俺なりに真剣に取り組んでいたつもりなんだけど」
「真剣?あれが?アンタが書いていたあれは反省文じゃなくて私への感想文っていうの!真剣のベクトルが違いすぎるの!」
どこか不満げな千晴にこちらも不満をぶつける。
全く、このクレイジー美人は!
本当に一体何を考えているんだ!?
下校時間になったので、反省文は全く終わっていないのだが、仕方なく風紀委員室から千晴と校舎外へと出る。
それから校門まで一緒に歩くと、そこには私の推しが待っていた。
「あ、鉄崎さん…と華守くん?」
私たちの姿を見て、沢村くんが不思議そうに首を傾げる。
何故、2人が一緒に?と、とても不思議そうだ。
沢村くんと千晴にもちろん面識なんてない。
だが、千晴は本当によく目立つ存在なので、面識はなくとも、沢村くんは千晴を知っているようだった。
「お待たせ、沢村くん。帰ろっか」
不思議そうな沢村くんだったが、別に説明は不要だろうと思い、何事もなかったように、笑顔で沢村くんに近づく。
そしてそんな私に千晴は「じゃあまたね、先輩」と笑顔で手を振り、その場から離れた。
千晴の目が一瞬笑っていなかった気がしたが、きっと見間違いだろう。
千晴と別れて、改めて、沢村くんと並び、街を歩く。
この時間は部活を終えた生徒も多いので、当然私たちの他にもうちの生徒がたくさん街を歩いていた。
「鉄子先輩と王子だ」
「やっぱり付き合ってたんだ!あの2人!」
「噂は本当だったんだなぁ」
と、いろいろなところから様々な生徒たちの声が聞こえてくるが、やはりその中には私たちの関係を疑うものは一つもない。
順調に私が悠里くんの彼女であることを主張できている。
「ねぇ、鉄崎さん。さっきの華守くんなんだけど…」
「ん?あー。あれ?あれは反省文の監督してたからそのついでに一緒にいたんだよ」
少々聞きづらそうに口を開いた沢村くんに、私はあっけらかんと答える。
それから「本当にいい迷惑だよね!何言っても言うこと聞かないし、そもそも反省文ちゃんと書かないし!」と、とにかく思いつく限り文句を言っていると、何故か沢村くんは笑った。
「ふ、何か楽しそうだね」
「へぇ!?た、楽しくなんかないよ!?」
全くの解釈違いに一瞬、あろうことか推しに怒りそうになるが、くすくす笑う推しがあまりにも尊すぎてそんな気持ちが浄化されてしまう。
推しの自分へ向ける笑顔がこんなにも浄化作用があるとは全く知らなかった。
とんでもない攻撃力だ。
「…あの、沢村くん」
デレデレした気持ちを切り替える為に、こほん、と咳払いをして、真剣な声で沢村くんの名前を呼ぶ。
そして私はその場に止まって、今日言いたかったことをゆっくりと話し始めた。
「まず責務を全うせず、現状にあぐらをかいて、沢村くんに迷惑をかけたこと、謝罪させて欲しい。本当にごめんなさい」
「え?責務?え?」
真剣な表情で謝罪をする私に沢村くんは戸惑いながらも、私と同じようにその場で足を止める。
そんな沢村くんに私は話を続けた。
「私、沢村くんの彼女なのに何もしていなかった。これからは時間さえ合えばぜひ一緒に登下校とかしたいし、あと連絡先も…」
「待って」
私が全てを話し終える前に沢村くんが突然私の言葉を遮る。
それから真剣ながらも申し訳なさそうに私を見た。
「俺の方こそごめん。俺がリードすべきだったのに受け身になって、全部鉄崎さんに言わせちゃって。彼氏として責務を全うしていないのは俺の方だよ」
な、な、な。
何て顔がいいんだ!
申し訳なさそうにこちらを見る沢村くんの目は少し俯いているせいもあり、上目遣いで。
絶対狙っていないのにどこかあざといその表情に、私はやられてしまった。
顔がいい!
そしてとてもとても優しい人!
私が望んでアナタの彼女になったの!私が彼女の責務を全うすべき!沢村くんは何も悪くない!
「ちがっ、沢村くんは、わ、悪くない、から!」
あまりの良さに動揺しすぎて上手く喋れないでいると、沢村くんはそんな私にスッとスマホを出してきた。
「連絡先交換しよう、鉄崎さん」
「はい!」
もう誰が悪いとかどうでもよかった。
ちょっとだけ気恥ずかしげにはにかむ沢村くんがもう全てだった。
きっと彼のこのはにかみは世界の全ての悩みを解決するだろう。いや、宇宙、だ。
それから私たちは連絡先を交換した後、駅まで一緒に他愛のない話をしながら帰った。
そして駅で別れた。沢村くんと私は帰る方向が反対だったからだ。
電車に乗り、1人になった私は、目についた席に座ると早速制服からスマホを取り出した。
こ、このスマホの中に推しの連絡先があるっ!
私はいつでも推しと連絡を取り合える!
すごい!すごい!彼女ってすごい!
今すぐにこの素晴らしい出来事を雪乃に伝えなくては!
そう思い、連絡用アプリを開くと、スマホの画面に一件の通知が表示された。
『明日は朝練だから一緒に行けれないけど、今日みたいに帰りは一緒に帰らない?』
と、まさかの沢村くんからのもので。
「…っ!!!??」
えええええええ!!?
自分の目を疑うとんでもないものに、私は思わずスマホを凝視した。
…あ、いけない!推しの時間を一分一秒も無駄にしてはいけない!
喜ぶことも、自分の目を疑うことも後回しにし、とりあえず気持ちを切り替えて、私は至って冷静に沢村くんに返信を急いで打つ。
『うん!ぜは!』
送った後に、ぜひ!を、ぜは!と送ってしまったことに気づき、電車の中で15分も後悔することになるとは、この時の私はまだ知らない。




