47.お願いです!先輩!
カップルコンテストの掲示板から離れた後、私たちは限られた時間を目一杯楽しんだ。
お化け屋敷は苦手なので入らなかったが、縁日に行ってヨーヨー釣りをしたり、美術部の展示物を見たり。
いろいろなところを見て回り、クレープを食べ終えた私たちが次に向かった場所は、第二体育館にある、超大型迷路だった。
「面白かったね、悠里くん」
そして第二体育館の超大型迷路から出た私の第一声はこれだった。
「だね。ちょっと難しいのがまたよかったよね」
それに悠里くんは笑顔で応えてくれる。
そんな悠里くんに私は続けた。
「うん。わかる。普通の迷路とはちょっと違う要素があるのがわくわくしたよね」
「本当、それ。あの選択するところとか、ちょっと凝っててすごかったし」
「わかる…!私も刺さった、あれ!あとその後の…」
先ほどまで楽しんでいた迷路の感想を笑顔で言い合いながら、私たちは体育館の外を何となく歩く。
私たちが今まさに楽しんでいた、3年普通科の〝超大型迷路〟は、本当になかなか面白いものだった。
ただの迷路ではなく、所々にいろいろなギミックがあり、一筋縄ではいかないようになっていたのだ。
行き止まりだと思っていた場所が押してみると扉になっていて進めたり、アイテムを揃えると、新たな道ができたり。
初めての体験に、私は高揚していた。
「…ふふ」
笑顔で話し続ける私に、突然、悠里くんがおかしそうに目を細める。
何の脈略もなく笑った悠里くんに、首を捻ると、悠里くんは柔らかく笑った。
「…ごめん、柚子が可愛くて、つい」
手の甲で口元を隠して笑う悠里くん。
輝いて見えるのは、太陽の光を浴びているからなのか。
推し、相変わらず尊い。
「あ!いた!」
悠里くんの笑顔に尊さを感じ、世界に感謝していると、少し遠くの方からそんな声が聞こえてきた。
「…て、鉄子せ、じゃなくて、鉄崎先輩!」
それからその声は私を後ろから呼び止めた。
一体、誰に突然呼び止められたのか。
私を呼び止めるのは、大体風紀委員の生徒だ。
トラブル対応や、聞きたいことなどで、文化祭期間中、何度も何度も彼らに声をかけられてきた。
だが、今、私に声をかけている者は、風紀委員の生徒の声でない。
不思議に思いながらも、振り向くと、そこにはやはり面識のない女子生徒が2人立っていた。
「きゅ、急に声をかけてごめんなさい!けど、緊急でして!」
「た、助けてください!先輩!」
今にも泣き出しそうな顔で必死に訴える女子生徒たちに、ただならぬ何かを感じ、私は「どうしたの?」と、とりあえず話を聞く体勢に入る。
「わ、私たちは一年進学科で、白雪王子という舞台をやるクラスの者です」
すると必死に涙を堪え、顔面蒼白で、こちらをじっと見つめていた女子生徒の1人が、事態の説明を始めた。
彼女から出た〝白雪王子〟という言葉に、私はすぐに千晴の姿を思い浮かべた。
「先輩もご存知だとは思いますが、白雪王子の主役は、うちのクラスの千晴くんでして…」
そこから始まった女子生徒二人による必死の説明内容はこうだった。
一年進学科の舞台、〝白雪王子〟はあの華守千晴が主演をするということで、学校中で大変注目されていた。
そしてそれと比例するように、千晴の相手役、お姫様役にも大きな注目が集まっていた。
千晴の相手役は一体誰なのか。
一年進学科の中でも美人と呼ばれている橋本さんなのか、それとも千晴には負けるが美形の南くんか。
さらにはウケ狙いで担任の飛鳥先生なのか…など、誰がお姫様役をやるのか、日に日に注目度は高まり、噂は流れ続けていた。
そこで一年進学は、その注目度と噂を利用し、お姫様役を当日まで明かさないという戦略を立てたのだ。
しかし、それにお姫様役に選ばれた男子生徒が耐えられなかった。
日々受け続けるプレッシャーに今日、ついにダウンしてしまったらしい。
今更誰がお姫様役になるのかと一同騒然。
学校中の注目が集まるお姫様役をもう誰もやりたくなかったのだ。
今日まで上げられ続けた期待を裏切らず、誰もが納得いく千晴の相手は誰なのか。
悩みに悩んだ末、その場にいた千晴が、ふと口にしたらしい。
「柚子先輩がいい」
と。
「千晴くんの提案にクラス全員満場一致で賛同しました!お姫様役にはもう鉄崎先輩しかいない、と!鉄崎先輩なら誰もが驚くだろうし、期待を裏切らないし、何よりも千晴くんの相手は鉄崎先輩しかいません!」
最初こそ泣き出したそうな顔をしていた女子生徒の1人が、いつの間にか興奮気味に私の手を両手で掴む。
「千晴くんが鉄崎先輩に心を開いていることは明白です!裏では付き合っていると…」
さらにもう1人の生徒がキラキラと瞳を輝かせて、こちらを見たが、その視線はある場所へと移って、気まずげなものへと変わった。
女子生徒たちの視線の先には、私と表できちんとお付き合いしている公式彼氏、悠里くんがいたからだ。
悠里くんは変わらず、女子生徒たちの様子を伺っていたが、急に重たくなった空気に、女子生徒たちは表情を曇らせた。
「…ね、ねぇ、ど、どうする?言いづらいよね…」
「けど、鉄子先輩以外に適任はいないよ?」
「言っちゃう?」
「もういくしかないよっ」
一度勢いを失った女子生徒たちは、小声で何やら相談をしているが、丸聞こえだ。
明らかに悠里くんを気にしている様子だったが、最後には吹っ切れた。
「「お願いです!先輩!お姫様役は先輩しかできません!」」
勢いよく頭を下げる二つの頭に圧倒される。
それから並々ならぬ熱を感じる二人に、私は優しく笑った。
千晴が千晴なりに、クラスメイトたちと頑張って、今日まできたことを私は知っている。
なので、悩む余地などなく、力になりたいと当然思う。
「わかった。私でよければ力になるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「やったぁ!」
力強く頷く私に、女子生徒2人は本当に嬉しそうに笑い、涙まで流していた。
大袈裟だな、と思うが、それだけ頑張ってきたのだろう、とも思う。
「悠里くん、ごめんね。まだ一緒に過ごせたのに、勝手に決めちゃって…」
「いや、いいよ。柚子にしかできないみたいだし」
申し訳さなそうにしている私に、悠里くんはいつものように優しく笑った。
しかし、その瞳はどこか寂しげで、私はますます申し訳なくなった。
そしてそれと同時に腹を括った。
悠里くんに協力してもらっている以上、最高にいい舞台にしなければ。




