45.好きが溢れて。side悠里
「…あ、あの、今いいですか?ちょっとお聞きしたいことが…」
肩で息をしながら、遠慮がちに柚子を見つめる女子生徒。
そんな女子生徒に柚子は嫌な顔一つせず、冷静に尋ねた。
「何があったの?」
「じ、実は、予算の話と、3年普通科で揉め事がありまして…」
一生懸命何があったのか話し出した女子生徒に、柚子は真剣な表情で耳を傾ける。
それからしばらく聞いた後、一呼吸ついて、申し訳なそうに俺を見た。
「…悠里くん、ごめん。ちょっと、立て込みそうで…」
「わかった。すぐに行ってあげて。チェキはあとにしよう」
「せっかく私の為に時間作ってくれたのに…。本当にごめん」
「いいよいいよ。それよりも早く行ってあげて」
「…うん」
笑顔で柚子を送り出す俺に、柚子が申し訳なさそうな顔で背を向ける。
俺の対応に女子生徒は「あ、ありがとうございます!悠里先輩!」と半泣きで頭を下げ、柚子の隣へと駆け寄った。
小さくなっていく柚子の背中を見て、改めて、柚子はすごい人なのだ、と感じる。
あんなにも頼りにされて、学校の風紀を守って。
可愛いところもあるけど、きちんと仕事をする責任感と強さもある。
惜しみなく努力もし、スリーポイントシュートをあそこまで完成させる力もあって…。
何て眩しい存在なのだろうか。
遠ざかる背中に、俺はまた好きが溢れた。
体育館の壁に体を預けて、柚子のことを考えながら、柚子を待つ。
そんな穏やかな気持ちでいると、その声は聞こえてきた。
「さっきのやばかったねぇ!」
楽しそうにはしゃいでいる女子生徒の声が、体育館の開かれた扉の外から聞こえてくる。
俺はその声に自然と耳を傾けた。
「千晴くんってああいうことするんだね!」
「でも、あれは鉄子先輩だけだよねぇ」
「そこがまたたまんない!」
え。
女子生徒たちの会話に胸がざわつきだす。
ーーー華守と柚子に何かあったのか。
話の内容が気になり、俺は外の声に集中した。
一言も聞き逃さないように。
「…で、あそこでキスするなんてね!さすがの鉄子先輩もたじたじだったじゃん!」
「あれは反則だよねぇ。鉄子先輩も美人だし、絵になるよね、あの2人」
「結局どっちと付き合ってると思う?てか、付き合ってて欲しい?」
「千晴くん!」「悠里先輩!」
楽しそうな女子生徒たちの声に、俺の体温は一気に冷えきった。
指先からどんどん感覚がなくなっていく。
今の話は現実なのかと受け入れられない。
キスされた?柚子が?
華守に?
胸の中をどんどん暗い感情が支配する。
ーーーこれは嫉妬だ。
「やばいぞ!やばいぞ!」
渦巻く感情に表情を暗くさせていると、勢いよくバスケ部員の1人が体育館内に飛び込んできた。
「て、鉄子がさっき脱出ゲームの出口で華守におでこにキスされたって!で、そのせいで、鉄子に二股疑惑が…」
勢いよく、焦った様子で話し続けていた部員が、俺の表情を見て、言葉を止める。
それから「もう聞いたのか…」と憐れむような表情を浮かべた。
俺たちの間に重たい沈黙が流れる。
しかし、それを陽平が破った。
「大丈夫だ。鉄子の彼氏はお前だ、悠里」
明らかに暗い俺を、陽平が無表情だが、気遣うような瞳で見て、力強くそう言う。
「けど、華守も普通に手強い。アイツも100%鉄子が好きだしな。だから外堀を埋めるんだ。ちゃんと悠里が鉄子の彼氏であることを主張するんだ」
そこまで言うと、陽平はスマホを触り出し、ある写真を俺に見せた。
「これに出ろ、悠里」
ずいっと向けられたスマホの液晶には、〝鷹野高校、ベストカップルコンテスト〟と書かれたチラシが映し出されていた。
鷹野高校ベストカップルコンテストとは、文化祭期間中に行われる、名前の通りのコンテストのことだ。
主催は放送委員で、参加方法はツーショット写真の提出のみ。
初日に写真の募集が行われて、最終日にその提出された写真が展示され、その写真を元に、投票が行われるのだ。
たくさんの票を得て、晴れてベストカップル賞に選ばれると、いくつかの特典も得られる。
一つは、服飾部が一から作ったウェディングドレスとタキシードを着て、写真撮影ができるというもの。
そしてもう一つは、後夜祭の時に、個室のようなカップル席が用意されるというものだった。
「これにさえ出れば、確実に学校中に鉄子と付き合っているのはお前だって、印象付けられるし、お前たちの間に入る隙はないってなるだろ」
「確かに…」
珍しく力説する陽平に、俺は素直に頷いた。
陽平の言う通りだ。
このコンテストに参加することによって、確実に外堀を埋められる。
先ほど聞いた嫌な噂なんてかき消せる。
「出るよ、これ」
陽平の提案に俺は真剣に頷いた。
それと同時にちょうど柚子が帰ってきた。
「ごめん!悠里くん!」
急いで帰ってきてくれたのか、額にうっすらと汗をかき、肩を揺らす柚子に、先ほどまでの暗い感情がすぅと消えていく。
柚子の姿を見るだけで、こんなにも暖かい気持ちになれるなんて。
「待たせてごめんね」と本当に申し訳なそうにしている柚子に、俺は先ほどまで陽平たちと話していた〝ベストカップルコンテスト〟について、柚子に打診してみた。
「…私でいいの?」
俺の話を聞き終えた柚子は不安げに眉を下げた。
本当にたまに思うのだが、柚子は時折今のように、俺の彼女である自覚が足りない時がある。
今だって、何故、そう思うのか正直わからない。
「柚子は俺の彼女じゃん。柚子じゃないとダメだよ」
流石に寂しくて、肩を落とすと、柚子は目を大きく見開いた。
それからおろおろし始めた。
「そ、そうだよね。わ、私は悠里くんの彼女だもんね。バカなこと言いました!ごめん!」
頬を真っ赤にして、謝る柚子の言葉に、また胸が暖かくなる。
柚子の言葉はまるで、太陽のようだ。
すぐに俺を暖かくしてくれる。
こうして俺たちは、特典のチェキと共に、ベストカップルコンテスト用の写真も撮ることにした。
壁を背に、2人で並ぶ。
俺の隣にいる小さな後頭部に愛しさが溢れた。
…ただ並んで撮るだけじゃあ、恋人っぽくないかな。
そう思って、隣にいる柚子の手にそっと、自分の手を重ね、するりと指を絡ませる。
「…へ」
突然のことに驚きの声をあげた柚子の耳元に、俺はそっと唇を寄せた。
「…こっちの方が恋人らしいかなって。嫌だった?」
「…」
俺の問いかけに、耳まで真っ赤にして、柚子が首を横に振る。
俺よりもずっと小さな手。柔らかくて、俺とは違う。
とてもとても愛おしい。
風紀委員長として、強い印象のある柚子だけど、それでも女の子なのだ。
守りたい。好き。
「んじゃ、撮るよー」
柚子への溢れる好きを抑えながらも、そう声をかけた陽平のスマホを俺はまっすぐと見つめた。




