40.オムレツをアナタにに。
「お待たせいたしました」
「「きゃああ!!悠里くぅん!!」」
テーブルに飲み物と軽食を笑顔で運んできた悠里くんに、失神しそうな勢いで女の子たちが叫ぶ。
その様子に私は心の中で思わず、うんうんと頷いた。
すごく、すごーく気持ちがよくわかる。
おそらく私もあの吸血鬼悠里くんに接客されたらああなる。
よし。推しが素晴らしい。
スポーツ科に、100億点。
緩みそうな頬に改めて力を入れ、そんなことを思っていると、悠里くんとバチっと目が合った。
「柚子、来てくれたんだ」
表情を明るくさせ、こちらに向かってきた悠里くんに、心臓がズキューンっと撃ち抜かれる。
チラリと見える悠里くんの見慣れぬ牙が憎らしいほど、かっこいい。吸血鬼カフェを提案し、実行した全ての者に感謝を伝え、ハグをしたい。
「嬉しい。柚子、忙しそうだし、午前中は会えないかなって、思ってたから」
本当に嬉しそうに目を細める悠里くんに、私は胸が痛くなった。
悠里くんに会いに来たのではなく、鬼の風紀委員長として、仕事でここに来たとはとてもじゃないが伝えられない。悠里くんの喜びを裏切るようで言いづらい。
そんなことを思っていると、悠里くんは「柚子、こっち」と、流れるように私を席へと案内してくれた。
なされるがまま、帰ろうとしていたのに、席へと着席する。
「メニュー表はこれ。注文はどうする?」
「え、あ、えっと…」
悠里くんに笑顔でメニュー表を渡されて、私は固まった。
仕事でここに来た為、特に何が食べたい、という希望が全くないのだ。
メニューを睨みつけて、何を頼もうか考えてみたが、本当に何も思い浮かばないので、私は悠里くんに助けを求めるように視線を向けた。
「…お、おすすめは何?」
「んー。おすすめかぁ」
私の質問に悠里くんは、少しだけ視線を伏せ、唇に軽く手を当て、考えてくれる。
いつもとは違う大人な雰囲気と、怪しくも色気のある牙に、そのちょっとした仕草にも、思わず胸がときめいてしまった。
推しの吸血鬼姿をこんなにも間近で見られるなんて。
私の人生は後世に語らねばならないほど素晴らしい。
「オムレツが一番人気、かな?」
「じゃあ、それをお願いします」
ふわりと柔らかく笑った悠里くんに私は迷いなく、ゆっくりと頷いた。
私の答えに「かしこまりました。少々お待ちください」と接客モードで優しく微笑み、悠里くんがその場から離れる。
本当に、ほんとーに眩しすぎて、直視できない。
サングラスを持参しなければ。
悠里くんの素晴らしさ、尊さ、眩しさ、そしてメロさ、全てにやられながらも、改めてメニュー表に目を向けると、とんでもない文言が入ってきた。
オムレツ 800円と書かれている下。
そこに小さな文字で、〝オムレツを持ってきた吸血鬼がアナタへメッセージを書きます♡〟と書かれていたのだ。
私のオムレツはおそらく悠里くんが持ってきてくれる。
つまり、悠里くん直々に私にお言葉をくれるということだ。
お、推しからのお言葉…。
推しからお言葉!?
まさかすぎる展開に思わず、目を見開き、今一度、その文字を凝視する。
見間違えではないかと、穴が開くほどその文字を見るが、やはりそこには、オムレツを持ってきた吸血鬼がメッセージを書く、と書かれていた。
「お待たせいたしました」
表では何とか冷静を装い、心の中では大興奮している私に、丁寧な態度で悠里くんが現れる。
悠里くんの手にはオムレツがあり、そのオムレツにはまだケチャップがかかっていなかった。
おそらく、これから悠里くん自らの手でケチャップをかけてくれるのだ。
一体、どんなメッセージを書いてくれるのだろうか。
ありがとう、とか、めしあがれ、とかかな。
ドキドキしながらも、じっとオムレツを見つめる。
一文字だって、書かれる瞬間を見逃したくない。
その為に私はまばたきさえもやめた。
オムレツを机の上に置き、ケチャップを手に取った悠里くんが早速一文字目を書き始める。
まずは、『大』。
それから『ス』。
最後に、『キ』。
「…どうぞ」
ケチャップで文字を書き終えると、悠里くんは照れくさそうにこちらを見て、そっと私の前にオムレツを置いた。
「…」
それを私はじっと凝視する。
『大』『ス』『キ』。
「…」
大スキ。
大スキ。
大好き!?
悠里くんからのまさかの甘いお言葉に思わず、叫びそうになる。
ただでさえ、メッセージをもらえるだけでもとんでもないことなのに、大好きをもらえるとは!
「あ、ありがとう…。ありがとう、悠里くん」
私は感動のあまり、泣き出しそうになりながらも、オムレツに口をつけた。
ごく普通のオムレツだが、とてもとても美味しく感じる。
きっと悠里くんからの素晴らしすぎるメッセージのおかげだろう。
推しのサービス精神がすごい。
これは間違いなく、出し物部門最優秀賞受賞決定だ。
誰もが投票したくなる出し物だ。
もぐもぐとどんどんオムレツを口に運んでいく私の横にはまだ悠里くんがいる。
推しに見守られながら食べるのは何だか恥ずかしいが一緒にいられることは嬉しい。
…が、悠里くんは今、仕事中だ。
ずっとここにはいられないだろう。
それなのに何故か悠里くんは私から離れようとしない。
どうしたんだろう、と不思議に思っていると、悠里くんは徐に私の隣の席へと腰を下ろした。
「…?」
突然隣に座った悠里くんに首を捻る。
すると、そんな私の疑問をすぐに感じ取ったのか、悠里くんは遠慮がちに笑った。
「せっかく、来てくれたから少しでも一緒にいたくて…。柚子がいる間だけ、休憩もらったんだよね」
伺うように私の瞳を覗く綺麗な瞳に、頬を赤らめ、動揺している私が映る。
さすがに可愛すぎて、冷静さを保つことができない。
「…あ、あ、う、嬉しい。私も一緒にいたかったから…」
ついに鬼の風紀委員長である仮面は壊れ、私は消え入りそうな声でそう呟いて、視線を伏せた。
これが今の私の精一杯だ。
バクバクとうるさい心臓を抑えて、私は再び、オムレツを食べ始めた。
頬の熱が一向に引かない。
「美味しい?」
悠里くんに優しくそう問われて、こくこくと何度も何度も頷く。
口にオムレツが入っている為、言葉を出せない。
「…ふふ。セーラー服の柚子、新鮮だね。似合ってる。可愛い」
「ぅ、ふぅぇ」
その流れのまま、優しく、そして何よりも、甘くそんなことを言われた為、私は口からオムレツを吐き出しそうになった。
もちろん、必死に止めたので、吐き出されることはなかったが。
とんでもない存在である。
食事中にしていい行為ではない。
死んでしまう。私が。
「や、やばいね…」
「破壊力しかないね」
「さすがの鉄子もなすすべなしか」
「あれは反則だろ」
「やっぱり付き合ってるんだなぁ、あの2人」
どこか甘い雰囲気の私たちに、吸血鬼カフェにいる人たちは静かに注目していた。
全員からの視線が痛いが、いつものことなので、あまり気にはならない。
オムレツを食べ続ける私に、それを隣で見守る悠里くん。
何だかだんだん今の状況が申し訳なくなってきた私は、伺うように悠里くんを見た。
「悠里くんもこれ食べる?」
「え?」
私の提案に悠里くんが驚きの表情を浮かべる。
まさかこんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう。
「私だけ食べてるのなんか申し訳ないし、悠里くんも一緒に、ね?」
「…いや、いいよいいよ。柚子のオムレツだし」
何とか食べてもらいたくて、じっと悠里くんを見るのだが、悠里くんは頬を少し赤らめて首を横に振るだけで、全く食べてくれる気配がない。
悠里くん、優しいもんね。
きっとこのままだと食べてくれないよね。
「遠慮しないで?悠里くんに食べて欲しいの」
私は笑顔でそれだけ言うと、スプーンにオムレツを一口分入れて、悠里くんへと差し出した。
こうすればもう受け取って食べるしかないだろう。
私の行動に何故か悠里くんは頬を赤らめた。
その綺麗な瞳は動揺で揺れており、困惑している。
何故?と、疑問に思いながらも悠里くんの瞳を覗くと、悠里くんは意を決したように一息ついて、パクッとスプーンからオムレツを食べた。
「…え」
悠里くんの突然の行動に声が漏れる。
「…美味しい」
恥ずかしそうにそう言って柔らかく微笑んだ悠里くんに、私はスプーンを差し出したまま、固まった。
ゆ、悠里くんが、わ、私のスプーンからオムレツを食べた?
あーん、しちゃったの?私が?
悠里くんに?
徐々に状況を飲み込み始めた私に、恥ずかしさやときめきが嫌というほど押し寄せる。
推しが尊すぎて、苦しい。
顔を真っ赤にして、微動だにしなくなった私を、悠里くんは心配そうに見つめた。
「え?どうしたの?柚子?」
動けなくなった私の目の前で、悠里くんが軽く手を振る。
その姿を見て、私はやっとまばたきをした。
「…んん、ごめん。まさか直接食べてくれるとは思わなくって、驚いちゃって…」
収まらない頬の熱を何とか静めようと、スプーンを一旦机に置き、パタパタと両手で顔を仰ぐ。
そんな私をじっと見つめ、きょとんとしている悠里くん。
しかし、少し経つとその頬は私と同じように徐々に赤くなり始めた。
「あ、そういうことか。ごめん、俺、勘違いしてて…」
本当に恥ずかしそうに視線を伏せる悠里くんに心臓がドンドコドンドコうるさい。
お祭り騒ぎだ。
「…でも、柚子から食べられたのはよかったかも」
伏せていた視線を上げ、上目遣いで私を見る悠里くんは本人にはその気がなくとも、すごく可愛らしく、あざとかった。
こんなの世界が彼にひれ伏してしまう。
「だ、ダメだ…」
「あ、新しい扉を開いちまう」
「好き…。悠里くん…」
私の予想通り、この可愛すぎる悠里くんを浴びて、吸血鬼カフェ内は、悠里くんへのときめきで包まれたのであった。




