37.盛大な勘違い。
「改めてさっきは助けてくれてありがとう。助かったわ」
机を挟んで目の前に座る千夏ちゃんが、優雅に瞳を伏せ、お礼を言う。
私はそんな千夏ちゃんと、その後ろに広がる異世界のような光景に、ぽかーんと口を開いていた。
ここは千夏ちゃんに連れられてやってきた、とても高級な雰囲気のカフェ。
内装は、中世ヨーロッパ風のお城のように煌びやかでありながら落ち着いた雰囲気があり、庶民なのでその価値はよくわからないが、カフェ内を彩る装飾や家具は、明らかに特別で高そうだった。
メニュー表に値段が書かれていないことも怖い。
果たしてここのカフェ代を私の所持金…いや、全財産で払えるのだろうか。
たくさんの上品な方々が高そうな服を着て優雅にお茶をする中、明らかに制服姿の私は浮いていた。
そんな私と周りに馴染んでいるお嬢様、千夏ちゃんをゴリマッチョSPたちは、通路を挟んで隣のテーブルでじっとただただ見守っていた。
…なんとも不思議な光景だ。
「…あのお礼はいいんだけど、事情を聞いてもいいかな?どうしてあんなことに?」
「ああ、あれね。実は…」
私に遠慮がちに説明を求められて、千夏ちゃんはなんでもないように口を開いた。
「アナタがたまたま近くにいると聞いてね?わたくし自身の目で、アナタを改めて見てやろうと思って、急いで移動していたの。けれど、途中でどうやらトラブルがあったみたいで、SPたちと一時的にはぐれてしまって…。それであのようなことになったのよ」
「…はぁ」
簡潔に説明を終え、高そうなカップを手に取り、優雅に口にする千夏ちゃんに、間の抜けた返事をしてしまう。
一応きちんと説明してくれているのだが、ちょっと意味がわからない。
何故、千夏ちゃんは私をそんなに急ぐほど見たかったのか。別に見たいのならこの前のように家にでも来ればいいではないか。
そのことを千夏ちゃんに伝えると、千夏ちゃんは呆れたように笑った。
「あら?忘れたの?わたくし、アナタが華守の女に相応しいか見極めると言ったじゃない。あれからわたくし、ずっとアナタを見ていたのよ?あらゆる手段を使ってずっとね」
「…」
千夏ちゃんの言葉に唖然とする。
千夏ちゃんのあの「見極める」発言を、私はもちろんしっかりと覚えていた。
あんなにも強烈な出会いを忘れるはずがない。
…が、千夏ちゃんが実際どのように私のことを見極めるのかまでは全く知らなかった。
だからまさか物理的に見られ、見極められるとは、微塵も思っていなかったのだ。
「アナタ、何も持たない庶民にしては、とても素晴らしいお方なのね。学校での成績も上々、一年の時には異例の風紀委員長に大抜擢され、現在も任され、一目置かれている、正義感も強く、誰にでも平等に優しい。わたくしのことも、危険を顧みず、すぐに助けた行動力。人格も申し分なく、見た目も悪くないわ」
突然始まった千夏ちゃんからの評価に、なんだかむずむずする。
こんなにも他人からまっすぐハッキリと褒められる機会はなかなかない為、気恥ずかしい。
このストレートさ、さすが、千晴の妹だ。
気恥ずかしいが気分よく千夏ちゃんのお話を聞いていると、突然、千夏ちゃんはその表情を曇らせた。
「アナタは本当に素晴らしいお方だったわ。お兄様がアナタを選んだのも頷ける。ただ…」
そこまで言い、千夏ちゃんは一度、言葉を止める。
それから意を決したように、私をその綺麗な瞳でギロリと睨みつけた。
「男癖が悪すぎるわ!アナタ!」
ビシッ!と千夏ちゃんに人差し指で勢いよく指されて、何故、と思う。
男癖が悪いとは、すなわちたくさんの男に手を出し、関係を築いている、ということだ。
雪乃がそう言われるのはまだしも、私がそう言われてしまう理由がわからない。
私はただ1人、悠里くんしか推していない。
しかも、推すことしかしていないのだ。
ちょっと彼女ポジションに収まっているが、それだけなのだ。
「あの千夏ちゃん?私、男癖悪くないと思うんだけど…」
あまりにもおかしなことを言っている千夏ちゃんに、恐る恐る伺うと、キッとキツく睨まれた。
「男癖が悪くない?まぁ、それは何かしら?自分は正常だと言いたいのかしら?」
「…え、うん。まあ、そうだけど」
「はっ、片腹痛いわ、全く」
「え、えぇ?」
眉間にシワを寄せる千夏ちゃんに私はただただ戸惑う。
千夏ちゃんが何故、ここまで自信を持って、私に「男癖が悪い!」と言い切れるのか本当にわからない。
疑問を抱き続けていると、千夏ちゃんは呆れたように笑い、口を開いた。
「お兄様という恋人がいながら、アナタは鷹野高校バスケ部の王子様と呼ばれるお方、沢村悠里と関係を持っているわよね?まるで恋人のように振る舞い、周りにそうであると勘違いさせ続けるその行為。表では沢村悠里と、裏ではわたくしのお兄様と付き合うとは、ふしだらすぎるわ!よってアナタは華守にふさわしくない!この最低女!」
「…」
最初こそまるでわかっていない私におかしそうに説明していた千夏ちゃんだが、どんどんそこに熱が入っていき、最後にはまるで私を断罪するように叫ぶ。
そんな千夏ちゃんに私は苦笑いを浮かべた。
…何もかも違うからだ。
とんでもない誤解だ。




