31.やる気になる特典。
昨日のあれは何だったんだ。
朝、校門の前で委員会活動中。
私はそんなことを思いながらいつものように…いや、いつも以上に生徒たちに目を光らせていた。
何故、いつも以上にそうしているのか。
それは今日から2週間の文化祭準備期間に入るからだ。
我が校の文化祭は規模が大きく、準備期間からかなり盛り上がる。その為浮ついてしまい、つい校則を破る生徒が急増するのだ。
そこを正すのが、風紀委員の仕事だった。
そして文化祭準備期間から文化祭まで、風紀委員にはもう一つ別の仕事があった。
そのもう一つの仕事とは、採点だ。
文化祭期間中、私たち風紀委員はどこにも属さない中立の立場となり、生徒たちの行動などに合わせて、採点を行う。
例えば、校則を守らない生徒がいた場合は、その生徒が所属するクラスから違反ごとにマイナス一点、人助けをした場合は、同じくそのクラスにプラス一点。
ーーーと、前もって決められたルールに則り、私たちが得点をつけていくのだ。
その点数は文化祭終了まで持ち越され、最優秀賞を決める際にも当然、響くものとなっていた。
我が校の文化祭では、舞台部門、出し物部門、部活部門の三部門で優劣を決める。
その優劣の決め方が文化祭中に行われる人気投票だ。
人気投票による得点+風紀委員の採点による得点。
この二つを生徒会が最終的に集計し、結果が決まる。
もし生活態度が悪く、校則違反をしまくる生徒が多く所属するクラスや部活なら、例え人気投票で支持を得たとしても、風紀委員による採点により、最優秀賞にはなれない…というシステムだ。その逆ももちろんある。
ちなみにこの三部門の最優秀賞のクラス、または、部活の生徒には、学食が3月末までただと言う特典があり、皆その特典欲しさに気合いが入っていた。
それからこの秋、文化祭前に決まった大きなことがもう一つある。
それは各委員の新たな委員長だ。
委員長は基本的にその時、その委員会に所属していた生徒から決められる。
投票や現委員長による抜擢、話し合いなど、各委員によって、決め方は自由で、私は去年、当時現委員長だった三年生の先輩に抜擢され、風紀委員会委員長となった。
委員は基本、各クラスから男女1名ずつ、一年務める。
当然、一年の秋から風紀委員長だった私は、2年になった時も変わらず、風紀委員に立候補した。
まあ、委員長という立場ではなくとも、風紀委員には立候補していたが。
今回の風紀委員会の委員長決めでは、私を中心に風紀委員全員で話し合い、結果、満場一致で、私が引き続き風紀委員長を務めることとなった。
うちの委員会は私が委員長を継続しているので、あまり変わらないが、他の委員会は違う。
新しい委員長になり、最初の行事が文化祭なのだ。
各委員会委員長はここが腕の見せ所だと、それぞれが気合いを入れていた。
まるで去年の私のように。
校門の前でいつものように生徒の波を改めてじっと見つめる。
文化祭前だからこそ、生徒たちは減点を恐れて、校則を守る生徒と、逆にいつもとは違う空気に負け、校則をギリギリのラインで破る生徒で分かれる。
そこの見極めがなかなか難しく、苦労するのだ。
その為、私の顔はいつもの数倍、険しい顔をしているようだった。
「鉄子が視線で俺たちを殺そうとしている」と、言う声がちょくちょく聞こえるが、気にしてなどいられないのが現状だ。
先ほどからギリギリ校則を破っている生徒を見つけては、細かく注意をし、次回から減点することを伝えること数十分。
人の波の奥の方に、その存在は現れた。
秋の柔らかな日差しを浴びて、相変わらずキラキラと輝く金髪。
一際目立つ、高身長に手足の長いモデル体型…がおしゃれに着こなしている校則違反だらけの制服。
シャツのボタンは第二ボタンまで開けられており、何故かその首元にはネクタイがない。さらには学校指定のブレザーでもセーターでもなく、大きめの黒のパーカーを当然のように着る始末。
耳にはピアス、手にはブレスレット、首にはネックレス。
こんなにも堂々と、ダイナミック校則違反をするやつなんて、この学校には1人しかいない。
「華守千晴!」
気がつけば、私は鬼の形相でそう叫び、千晴に詰め寄っていた。
そんな私に呑気に「あ、おはよ、先輩」とか言っている千晴に頭が痛くなる。
「…おはよ、じゃないでしょ?頭からつま先まで校則違反なんですけど?」
「うん」
「うんって…」
私に注意されても、当の本人は平然としており、「自分の一体何が悪いのか」と言いたげな態度だ。
千晴の様子に眉間にどんどんシワがよっていく。
将来眉間に消えないシワができたら、原因は間違いなく、コイツだ。
「文化祭期間中の風紀委員からの採点は知ってるよね?」
「うん。だいたい」
「じゃあ、校則違反一つにつき、一点減点ももちろん知ってるよね?」
「うん」
「じゃあもうわかるよね?アンタ今だけで何個校則破ってる?何点減点だと思ってる?」
「さぁ?」
冷静に淡々と説明していく私に、千晴が無表情のまま答え続ける。
そして最後の千晴の間の抜けた返事に、私まで力が抜けてしまった。
どうしてここまでマイペースで無関心なのか。
「千晴の今の行動が千晴のクラスの頑張りを無駄にするんだよ?」
「別に文化祭とかどうでもいいし。減点してよ、先輩」
本当に興味なさげな千晴に、このままではあまりにも千晴のクラスの生徒が不憫すぎる、と思う。
なので私は、うちの高校にとって、文化祭とはどういうものなのか、一から説明することにした。
最優秀賞のクラスには学食無料の特典があること。
その最優秀賞になる為に、たくさんの生徒が努力し、完成度の高いものを作り上げること。
その中で時にぶつかり合い、時に励まし合い、絆が芽生えること。
私が去年見てきた文化祭を、全て熱を持って、千晴に話し続けた。
そんな長々と続いた私の話を、千晴は一切視線を逸らさず、むしろどこか楽しそうに聞き続けてくれた。
しかし、話を聞き終えた千晴から出てきた言葉は、何とも悲しいものだった。
「学食無料とか全然いらない」
ある意味千晴らしい一言にガクッと膝から崩れ落ちそうになる。
あの千晴に私の言葉も、一般的な友情、努力、勝利も響かないことはなんとなくわかっていた。
最優秀賞の特典が〝学食無料〟では、スーパーお金持ちの千晴には響かないだろうとも思っていた。
…では、一体どうすればいいのか。
「…青春は一度きりだよ。今しかないんだよ。それを千晴の無関心で台無しにするのはよくないよ…。それに千晴も一緒にやれば案外楽しいかもだし…」
もうどう訴えればいいのかわからず、つい弱い声音でそう言い、遠慮がちに千晴を見る。
すると、千晴はここにきて初めて少しだけ黙り、考える素振りを見せた。
まさか、少しは響いてくれた?
千晴の次の言葉をほんの少しだけ期待を込めて待っていると、千晴はその美しい口をゆっくりと開いた。
「俺がやる気になる特典があるなら頑張る」
こちらをまっすぐと見据える美しい瞳には、間違いなく、戸惑う私が映し出されていて。
そこにいる私は首を傾げた。
千晴がやる気になる特典とは一体?と。
スーパーお金持ちが欲しいと思うものとは、一体なんなのだろうか。
だいたいのものが手に入るのに、一体何が欲しいのだろうか。
うんうんと頭を捻り続けていると、一瞬、空気が変わった気がした。
千晴の柔らかな金髪が風に煽られて、ゆらゆらと揺れる。
そこから覗く瞳を細めて、千晴はまっすぐと私を射抜いた。
「俺のクラスが最優秀賞になったら、俺のお願い何でも聞いてよ、先輩」
そんなこと?
千晴のやる気になる特典がなんとも簡単なもので、思わず拍子抜けしてしまう。
「もちろん。その代わりずっと見てるからね?ちゃんと頑張らないと、お願い聞かないからね?」
「うん。先輩、その言葉忘れないでね?」
快く頷く私に、千晴はどこか怪しく、けれど、嬉しそうに笑った。
こんなものでやる気になるとは、おかしなやつだ。




