3.推しに告白される。
その日の昼休み。
私は今日も生徒たちで賑わう教室の窓際で、中学からの親友であり、同じクラスの浪川雪乃と共に昼食を食べていた。
そして昨日あったとんでもない出来事を、やっと雪乃に伝えることができていた。
「推しがねっ、何と、私にっ、告白してくれるんだよっ」
できれば興奮そのままに、大きな声で発表したいことなのだが、そんなことをしてしまえば、〝鉄子に玉砕大作戦!〟が周りに知れ渡り、作戦を実行してもらえないかもしれない。なので、興奮気味にだが、何とか小声で、雪乃にそう言う。
すると、雪乃は「楽しいねぇ」と、どうでも良さそうに笑った。
「王子もいいけどさ、アンタには千晴くんがいるじゃん」
嬉しそうな私に突然そんなことを雪乃が言う。
「…?」
何故、急に千晴の話になるんだ?
雪乃の言いたいことがよく分からず、首を傾げていると、そんな私を見て、雪乃は呆れたように笑った。
「千晴くん、絶対柚子のこと好きじゃん」
「は?何言ってるの?ないない。それはない」
雪乃のぶっ飛びすぎている冗談に、思わずこちらも呆れて笑ってしまう。
さては私を笑わそうとしているな?
「いやあるでしょ?あれはどう見てもそうでしょ?アンタにだけ笑って、アンタにだけ懐いて、アンタにだけされるがままなんだよ?」
「あのね、雪乃。あれはね、今まで会ったことのないタイプの私を面白がっているだけなんだよ。みんな、千晴が怖くて近寄れないでしょ?でも私は近寄れるし、世話まで不本意だけど焼いているじゃん?千晴にとって私は第二のお母ちゃんかお姉ちゃんみたいな存在なんだよ?」
「…本気で言ってる?」
「そっちこそまさか本気で?」
互いに互いを信じられないものでも見るような目で見る。
あの恋愛ごとにはめっぽう強い雪乃がまさか冗談ではなく、本気で千晴が私のことを好きだと思っていたなんて。
長い腰まである真っ直ぐな黒髪に、まるでアイドルのような可愛らしい顔。制服もきちんと着ており、風紀委員長の私が指摘する箇所なんてもちろんない。
そんな浪川雪乃はご覧の通り、清純派美少女の見た目だが、中身は全く違った。
とんでもない小悪魔で男遊びが激しいなのだ。もうそれも相当。
彼氏が複数人いるなんて当たり前。
常に男を切らさない雪乃だが、立ち回りがとてもうまく、この高校では清楚系美少女として通っていた。
自分で言うのもなんだが、風紀委員長に選ばれるほど真面目な私と、清楚系小悪魔美少女の雪乃では、全く違う人種なので、仲良くなれそうにないものだが、私たちは中学からの親友だ。
何故、私たちの友情が成立しているのかというと、互いに表裏なく言い合える性格が合っていたからだった。
「…はぁ、やっぱりかっこいい」
雪乃との会話の中、ふと窓の外を見ると、バスケコートでバスケをしている沢村くんの眩しい姿が目に入り、思わずため息を漏らす。
雪乃も私の視線に気づき「暑い中よくやるよね」と興味なさげに一瞥していた。
「で、王子からの告白、受け入れるの?」
「もちろん!」
雪乃の質問に私はキラキラとした笑顔で応える。
例え、告白の後に、さっきの告白は嘘でした!と言われても、沢村くんの彼女の座に君臨してやるつもり満々だ。
キラキラ通り越して、メラメラし始めた私に、雪乃は「まぁ、恋愛ごとなら私に任せてよ」と楽しそうに笑いながら、そんな頼もしいことを言ってくれた。
雪乃さん!よろしくお願いします!
*****
そして放課後。
風紀委員室へと向かう私の頭の中は、お昼休みの雪乃のある一言でいっぱいになっていた。
『決戦は今日。必ず放課後に告白されるよ、アンタ』
不敵に笑っている雪乃の顔がもうずっと離れない。
雪乃が言うのだから絶対そうなのだ。
今日、私はついに推しから告白されてしまうらしい。
こんな少女漫画のような体験ができてしまうなんて、私は前世でどんな徳を積んだのか。
嬉しさのあまりスキップし始めたい気持ちをグッと抑えて、ゆっくりと歩いていると、ついにその時がやってきた。
「あの、鉄崎さん」
後ろから遠慮がちに、とんでもないイケボが私を呼ぶ。
振り向かなくてもわかる。私を呼び止めたこの声は…
「今ちょっとだけいいかな?」
振り向くと、どこか気まずそうに、こちらを見ているとんでもないイケメンと目が合った。
爽やかな整った顔立ちにサラサラの黒髪。
紛れもなく私の推し、沢村くんだ。
きたーーーーーーー!!!!!
沢村くんの登場に私の中のリトル柚子が喜びのタップダンスを踊り始める。しかもタンバリン付きでシャンシャンと愉快な音付きだ。
「うん、いいよ」
告白だー!と嬉しさで叫び出しそうになったが、それを絶対に表には出さず、私は至って冷静に沢村くんに頷いた。
*****
沢村くんによって連れて来られた場所は、誰もいないとある空き教室だった。
この時間帯は人気もなく、告白をするにはうってつけの場所だろう。
しかし私はきちんと感じていた。
この空き教室の外にある複数の人の気配を。
まあ、どうせ〝鉄子に玉砕大作戦!〟の結果を見届けに来たバスケ部の部員たちなのだろうけど。
「あ、あの鉄崎さん…」
教室の窓から射す、太陽の光を浴びて、輝く私の推しが、未だに言いにくそうに、私から視線を逸らしている。
推しが告白する時は、こうやって少し恥じらいながらするのだと知れた私は、もう嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
きっと普通に生きていたら、推しの生告白シーンなんて拝めない。
「…す、好きです」
消え入りそうな声で、少しだけ頬を赤くしながら言われた言葉。
こんなにも尊い4文字がこの世にあったなんて。
例え嘘だったとしても素晴らしい。
「つ、付き合ってください」
ずっと目を逸らしていた沢村くんが、最後に意を決したように、そう言い、私の目をまっすぐと見つめた。
嘘でもそこにちゃんと誠実さがある沢村くんに、胸がじーん、と熱くなる。
推しが眩しくて、大好きすぎる。
「うん。ぜひ、お願いします」
「…え」
予定通り沢村くんの告白を受け入れた私を、沢村くんがぽかーんとした顔で見る。
そんな力の抜けた顔も様になるから罪深いイケメンだ。
「えぇ!?いいの!?」
少し間を開けて私の告白に驚く沢村くんに、私は満足げに笑った。
それからこの空き教室の外も、隠れる気は微塵もないのか、と言いたくなるくらい騒がしくなり始めたが、全く気にならなかった。
鉄崎柚子、17歳。
初めての彼氏が推しという、とんでもない幸せを掴んでしまいました。




