25.なぜここに?
「華守学園、何か普通に強そうだったよね」
沢村くんと別れた後。
2階のギャラリーを目指し、私の横で私と同じように階段を登る雪乃に、先ほどチラリと見えた今日の練習試合の相手、華守学園について話を振る。
うちの高校、鷹野高校バスケ部はスポーツ科もあり、いわゆる強豪校の部類だ。
地区予選優勝は当たり前で、全国大会での高い成績も目指せる力を持っている。
対する今日対戦する華守学園はこの地区では中堅どころで、弱くもないが、決して突出して強いわけでもない高校だった。
何故私がここまでうちの地区のバスケ部事情に詳しいのかというと、それはもちろんこの日の為にいろいろと調べたからだ。
「そうね。柚子の話的に金持ち学校のボンボンなんてうちの相手にならないんじゃない?とか思ってたけど、そうでもなさそうよね」
「ね。普通に大きかったし。上手そうな感じしたよね」
雪乃とそんなことを話しながらも、さらに階段を登っていく。
その中で雪乃はふと、思い出したかのように口を開いた。
「てか、千晴くんの名字と同じよね、華守って」
「…え、まあ、そうだね」
雪乃の指摘に私は、確かに、と頷く。
華守なんて珍しい名前がこんな狭い世界で被るとは。
世間は狭いなぁ、としみじみ思う。
「千晴くんといえばだけど、この前の勉強会…と言う名の修羅場、どうだったの?柚子?」
先ほどまで「バスケ?別に興味ありませんが」といった表情を浮かべていた雪乃が、千晴の話になると急にニヤニヤして楽しそうな表情になる。
その愛らしい目は興味でいっぱいだ。
なので、私はそんな雪乃に「別に普通だったよ。修羅場になんてならなかったし、みんな成績良くなってたし、いい会だったんじゃないかな?」と淡々と答えた。
「…ええ?それ本当?アンタが鈍くて修羅場に気付いてないだけじゃない?」
「いやいや。そんなことないって」
じとーっと信じられないとこちらを見る雪乃に、苦笑いを浮かべながらも、やっと2階のギャラリーへと着く。
それから適当に席を選び座ろうとした、その時。
突然、2階のギャラリー内がざわめき出した。
「ねぇねぇねぇ。あれってそうだよね?」
「私今、幻見てる?」
「アイツがいるならいい試合できるんじゃないか?」
どうやら華守学園の生徒らしき人たちがコート内の誰かを見て、ざわついているようだ。
「え、待って待って。めっちゃかっこよくない?」
「何であっちにいるんだろ…」
「怖いけど、やっぱ華あるよね…」
それからそのざわめきは何故かこちらの鷹野高校側にも広がってきた。
何を見て両校の生徒たちは騒いでいるのか。
「ねぇ、ちょっと、柚子、あれ」
不思議に思っていると、私よりも早くそのざわめきの中心を見つけた雪乃が、驚いた表情でコート内を指差し、私の肩を叩く。
雪乃まで驚くとは一体何があるというのか。
プロバスケットボール選手でも混じっているのか。
私もやっとこの場にいる人たちと同じように、騒ぎの中心へと視線を向けた。
「え」
そして私は思わず、周りの人たちと同じように目を見開いた。
コート内に何故かバスケする気満々の格好をした千晴がいたからだ。
それも華守学園側に。
えええええー!!!????
な、何しているんだ、アイツ!?
驚きすぎて何も言えない。
ただただあれは本当に千晴なのかと疑いの目で、コート内にいる千晴を睨みつけている。
するとそんな千晴とおそらく目が合った。
それから千晴は何故か嬉しそうに目を細め、こちらに軽く手を振ってきた。
「「きゃああああ!!!!」」
その瞬間、自分に手を振られたのではないか、とギャラリーの主に女子たちが一斉に悲鳴を上げた。
罪な男である。
はは、と今の状況に苦笑し、一瞬だけ、千晴から視線を逸らし、再び戻す。
だが、先ほどまでそこにいた千晴の姿は忽然と消えていた。
…もしかして、千晴によく似た美人な誰かを千晴と勘違いしてしまったのか?
見間違いor勘違い?
「…ねぇ、あれ、絶対千晴くんだったよね?」
どうやら見間違いでも勘違いでもないらしい。
雪乃に真剣な顔でそう言われて、あの華守学園側にいた男は確かに千晴だった、と、疑念から確信へと変わる。
本当に何故、華守学園側に千晴がいるんだ。
「やっぱりそうだよね…」
「よね?何であんなところにいたんだろうね?千晴くん」
未だにこの状況を上手く飲み込めていない私たちは、互いに首を傾げながらも、先ほどのことは現実だったのだ、と再確認し合う。
そんなことをしていると、後ろが何故か突然騒がしくなり始めた。
…何事だ。
不思議に思って、後ろを振り向く。
するとそこには人目を引く、金髪の美人、千晴がいた。
「柚子先輩」
そして騒ぎの中心である男、千晴は私と目が合うと嬉しそうに笑った。
…やっぱり、間違いなく、彼は紛うことなき、千晴だ。
見間違いでも、勘違いでもない。
「…こんなところで何してるの、千晴」
当然のようにここにいる千晴の格好はやはりバスケをする気満々の格好だ。
なので私は、こちらにゆっくりと近寄ってきた千晴に、疑問の視線をぶつけた。
「え、普通に試合しにだけど」
私の質問に千晴が不思議そうに首を傾げる。
…いやいやいや、不思議なのはこちらなんですが。
「…いや、そりゃ、その格好見れば何となくそうだろうな、とは思えるけどさ。何で千晴が華守学園側にいたわけ?千晴はうちの高校の生徒でしょ?」
「あー」
最初は不思議そうにしていた千晴が、腑に落ちたような顔をする。
それから何でもないように続けた。
「華守の知り合いから強豪校と試合するから試合に出てくれって頼まれて。別に出る気なんてなかったけど、先輩、この試合観に行くって言ってたでしょ?だから俺も出ようかなって」
「…はぁ」
千晴の淡々とした説明に、自分から聞いておいてなんだが、歯切れの悪い返事をしてしまう。
華守学園は初等部から大学部まである超お金持ち学校だ。そこの誰かとなど普通の家庭で育った者はまず関わることはない。
私たち一般人からすると、雲の上の存在なのだ。
それなのに千晴は華守学園の知り合いに頼まれて、今ここにいると言った。
…全く理解に苦しむ話だ。
しかしふと私はあることを思い出した。
そういえば千晴とメルヘンランドに出かけたあの日、千晴の言動が明らかに一般人とはかけ離れていたことを。
頂き物のVIPチケットに、送迎は自家用らしいリムジン。
全て何かの景品かな?と軽く考えていたが、あれは景品でもなんでもなく、ただただ千晴の家の力でできていたことだったとしたら。
「…千晴、アンタ、中学はどこだったの?」
「ん?華守だけど」
「…っ!?」
ボンボンじゃんかー!
恐る恐る投げかけた質問に、平然と答えた千晴に驚きで大きく目を見開く。
華守学園出身ということは間違いなく、千晴の家はとんでもないお金持ちだということだ。
頂き物VIPチケットの謎も、自称自家用のリムジンの真相も、全て今の千晴のたった一言でわかってしまった。
「先輩、俺、先輩の為に今日勝つから」
驚く私なんてよそに、千晴が普段通りの笑顔でそう言う。
な、何故、私の為に?
いや、それよりも切り替え早くない?
私、まだ千晴が華守学園出身のとんでもお金持ちって余韻が抜けてないんだけど?
マイペースすぎないか?
「わ、私の為に勝つって…。そもそも千晴、バスケできるの?うち強豪校だよ?」
いろいろと言いたいこともあるが、本人があの調子なので、一旦衝撃の事実には目をつむり、私は千晴に問いかける。驚きや疑問や呆れ、様々な感情を胸に千晴をまっすぐと見た。
すると、千晴は私と同じように私をまっすぐと見て、どこか自信ありげに微笑んだ。
「俺、これでもクラブでバスケしてた経験者だから。大丈夫だよ、先輩」
そこまで言って、千晴は一旦言葉を止める。
それからその綺麗な瞳に熱を帯びさせ、一度一階のコートに視線を向けてから、再びこちらを見た。
「俺のかっこいいところ見ててね。アイツじゃなくて、俺の」
ふわりと笑う千晴に私は苦笑いを浮かべる。
千晴の微笑みに周りの女の子たちは軽く悲鳴をあげていた。
全くどうなっているんだ。
何故、千晴は自分を見ろというのか。
ごめんけど、私は推しである沢村くんを見るぞ。




