23.王子の悩み事。side悠里
side悠里
放課後。
床を蹴る音、ボールの弾む音、それから部員たちの声が体育館中に響く。
そんな熱気の中、俺は今日も部活に励んでいた。
テスト週間が終わり、1週間が経った。
鉄崎さんと一緒に勉強したおかげで、テスト結果は過去最高で、改めて鉄崎さんの凄さを思い知った。
そして、俺と同じように、鉄崎さんのテスト結果もよかったようで、鉄崎さんは嬉しそうに「沢村くんのおかげだよ」と笑いながら報告してくれた。
…あの笑顔、可愛かったな。
綺麗な黒髪から覗く、柔らかく細められた大きな瞳。
緩む口元に少し紅潮した頬。
嬉しそうに笑う鉄崎さんを見ると、なぜか心が暖かくなる。
風紀委員長としてみんなから恐れられ、鉄子、と呼ばれている鉄崎さんだが、笑うと花のように可愛い。
一緒にいればいるほど、知らなかった鉄崎さんの新たな一面を知ることができて、俺は嬉しかった。
少しずつ、鉄崎さんの特別になれている気がして。
けれど、鉄崎さんにとっての〝特別〟は俺だけではなかった。
ーーー華守千晴。
彼も鉄崎さんにとってきっと特別な存在だ。
その素行の悪さから、学校中の生徒から恐れられ、距離を置かれ、大人である先生たちからも、どこか特別扱いされている、この学校では異質な生徒。
そんな彼のことを、鉄崎さんはいつも彼のたった1人の友人として、気にかけており、彼に世話を焼いていた。
鉄崎さんは誰にでも平等で優しい人だから。
わかっている。
そこが鉄崎さんの良さでもある、と。
だからいいな、と思える。
ーーーけれど。
鉄崎さんはアイツのことを、千晴、と名前で呼ぶのだ。
彼氏である俺のことは、沢村くん、と名字で呼ぶのに。
しかもスマホのホーム画面もアイツとのツーショットで…。
これではどちらが鉄崎さんの彼氏なのかわからない。
現状にモヤモヤしていると俺にパスが回された。
目の前には、2人のディフェンスが立ちはだかる。
ああ、こんなこと今考えることではないのに。
1人にフェイントをかけて、抜き去り、もう1人を引き連れて、そのままシュート体勢に入る。
いつものように軽く放ったボールは弧を描いて…。
カンッとリングに当たってしまった。
シュートが外れてしまったのだ。
いつもならほぼ入るシュートだというに。
その後も同じように何度もシュートチャンスはあったが、どのシュートもゴールネットを揺らすことはなかった。
*****
「お前、今日全然シュート入らなかったな」
部活終了後、部室にて。
俺の隣で着替えていたバスケ部員の1人、陽平がふとそんなことを言ってきた。
「…あー、まあ、うん。ちょっと考え事してて…」
陽平の指摘に歯切れの悪い返事をする。
そんな俺の様子に、その場にいた部員全員の注目が、密かに集まっている気がした。
「その考え事って何ぃ?」
まだ一切着替えず、椅子に座ってシューズを脱いでいた隆太が、興味津々といった様子でこちらに声をかける。
別に隠すことでもないので、俺は部活中に俺の調子を狂わせていた原因について話すことにした。
*****
「…て、ことがあって。鉄崎さん、華守のことは名前で呼ぶのに俺のことは名字でさ…。しかもスマホのホーム画面も華守とのツーショットだし」
「「…」」
話し出すと止まらず、俺は気がつけば、華守と鉄崎さんについて、気になって仕方なかったことを全部吐き出していた。
そしてそんな俺の話をいつの間にかその場にいた全員が真剣な表情で聞いており、何故か絶句していた。
「「…」」
それからしばらく謎の沈黙が続いた。
誰も俺の話に対して何も言わず、ただただ固まっている。
このなんとも言えない空気に俺は首を傾げた。
俺は何か言ってはいけないことでも言ってしまったのだろうか?
何か言ってもらいたくて、みんなのことをじっと見てみるが、全員何故か顔色が悪く、やはり誰もこの沈黙を破ろうとしない。
「お、おま、おま、お前…」
そんな空気の中、やっと口を開いてくれたのは隆太だった。
「ま、まさか、鉄子が、す、好きなのか?」
今にも倒れそうな顔色で、隆太は口をぱくぱくさせ、俺を指差す。
その指先は心なしか震えているように見えた。
「…好き?」
隆太の言葉に少しだけ胸がざわついた。
正直、まだ誰かを好きになったことがないので、隆太の指摘が正しいのかわからない。
鉄崎さんへ好意があるのは確かなのだが、それが恋だと確信を持つことはできない。
ただ…
「好きかどうかはよくわからないけど、彼女なんだし、大切にしたいとは思ってるよ」
これが俺の今思っていることの全てだった。
鉄崎さんは俺の彼女だ。
だからこそ、大切にしたいし、特別でありたいと思う。
「そ、それは、す、好きなのでは?」
俺の言葉におそるおそるそう言った隆太の一言を皮切りに、先ほどまで静かすぎた部室内がざわめき出した。
「まさか…。そんなまさかだよな?」
「悠里、冗談だよな?さすがにな?」
「好きになったのか、俺以外のやつを…」
皆、一様に好きなことばかり言っているが、ただ一つ共通点をあげるのならば、やはり全員顔色があまり良くない。
信じたくない、と顔に書かれている。
「お前、それ嫉妬じゃん」
部員たちの予想外のリアクションに戸惑っていると、俺の隣で着替え終えた陽平が、至極当然のように淡々とそう言ってきた。
「悠里、優しいからいろいろ我慢してるんだろ?相手のことを思いやることも大事だけど、自分を思いやることも大事だからな。してほしいこと、やめてほしいことくらいちゃんと言わないと」
「…なるほど」
陽平の言葉がすっと頭に入り、俺は自然と頷く。
それから陽平に言われた通り、鉄崎さんに俺が求めていることについて考えてみた。
華守のことを名前で呼ぶのなら、当然、彼氏である俺のことも名前で呼んでもらいたい。
ホーム画面に俺じゃなくて、華守がいるのはなんかモヤモヤするからやめて欲しい。
脳裏に鉄崎さんの姿が浮かぶ。
一つにまとめられた綺麗な黒髪を揺らしながら、鉄崎さんが笑ってる。
鉄崎さんはいつも頬を赤らめながら俺に「かっこいい」と言う。無意識に向けられるそれに俺はいつも嬉しい気持ちになった。
たくさんの人に「かっこいい」と言われてきたが、鉄崎さんの「かっこいい」が今までで一番、特別で、嬉しかった。
「尊い」とか、「眩しい」とか、いろいろおそらく無意識に口にしている鉄崎さんだが、やはり、鉄崎さんからの「かっこいい」が俺は欲しい。
「なぁ、俺がかっこいい時ってどんな時だと思う?」
「「悠里がかっこいい時?」」
俺の質問にその場にいた全員が一斉に、何を言っているんだ、と言いたげな目でこちらを見る。
「バスケ部の王子が何言ってるんだよ」
「あの告白の嵐を忘れたのか」
「何もしなくてもかっこよくね?」
「黙って立ってるだけで十分じゃん」
それからその場にいた部員たちは、呆れたように笑いながらも、どんどん思ったことを口にしていった。
だが、どの言葉もあまり参考にはならず、ますますどうしたらいいのかわからなくなった。
そんな中、隆太が椅子から勢いよく立ち、目を輝かせながら言い放った。
「そんなもん、バスケしてる時に決まってるっしょ!エース!」
隆太の言葉がストンと俺の胸へと落ちる。
そうか。
俺のかっこいい時ってバスケをしている時なのか。
そこまで考えて、俺の中に、ある考えが浮かび上がった。
鉄崎さんにきちんとした練習試合を見てもらおう、と。
部活をしている俺なら鉄崎さんも見たことがあるかもしれない。
しかし、勝ち負けにこだわる真剣なバスケの試合は見たことはないだろう。
その試合を見て、鉄崎さんにかっこいい、と思ってもらおう。
週末にはちょうど、華守学園との練習試合がある。
それに鉄崎さんを誘うのだ。
そのことを早速、みんなに伝えると、
「いいじゃん。かっこいいとこ見てもらおうぜ」
と、まずは陽平が笑って賛同してくれた。
それからみんなも、
「賛成賛成!」
「鉄子が来れば、他校の悠里好き女子にも大いに牽制できるしな!」
「これで悠里のモテ伝説をまた一つ潰せるな!」
と、笑顔で賛同してくれた。
こうして俺は週末の練習試合に鉄崎さんを誘うことを決めたのだった。
鉄崎さんに少しでも「かっこいい」と思ってもらう為に。




