13.VIPなデートの幕開け。
私が千晴とメルヘンランドに行く、と言ってから、まだ1週間も経っていない。
だが、気がつけばその話をした週末、土曜日には、千晴と共にメルヘンランドに行くことが決まっていた。
『じゃあ土曜日の10時に先輩の家に迎えに行くから』
と、特に何か決めるわけでもなく、ただ一方的に千晴にそう言われて迎えた、約束の土曜日。
私は千晴に言われた通り、家で私を迎えにくる予定の千晴を待っていた。
ここからメルヘンランドまでは車で約1時間ほどだ。
当然、学生である私たちの交通手段に車などなく、行くなら電車かバスでだろう。
どちらで行ってもいいのだが、まあ、電車で行くのが無難だ。
私たちはまだあちらまで行く交通手段でさえもきちんと決めていなかった。
しかし、千晴がうちに来てからそれを決めても、決して遅くはないと考え、私は何も決まっていない現状に何も思っていなかった。
約束の時間、10時になった頃。
ピンポーンと家のチャイムが鳴り、「あらぁ。どうもぉ」という、お母さんの明るい声が聞こえてきた。
おそらく千晴が来たのだろう。
そう判断した私は鞄の中身をざっと最終確認すると、階段へと向かった。
我が家は階段を降りてすぐそこに玄関がある構造だ。
「とっても美人さんねぇ、まさか柚子の彼氏さん?」
階段を降りている途中で、そんなことを聞くお母さんの後ろ姿と、お母さんと向き合う千晴の姿が見える。
違う違う。彼氏じゃない。
それ後輩。
お母さんの千晴への質問に思わず私は心の中でツッコミを入れた。
「はい、彼氏です」
「…っ!?」
だが、千晴は私の心の中のツッコミとは裏腹に、さも当然のようにお母さんに自分が彼氏だと頷いた。
「違う違う違う!」
千晴の衝撃の大嘘に慌てて階段を駆け降りる。
そんな私を見てお母さんは「まあ、照れちゃって〜」と、どこか楽しそうにしていた。
全く私の言葉など信じていない様子だ。
照れていない!
訂正しているだけなのに!
「先輩、おはよう」
慌てて降りてきた私に、混乱の元凶である千晴が平然と微笑む。
千晴の今日の格好は、黒の大きめの半袖シャツに黒のスラックスと、全身黒コーデだ。
制服姿の千晴しか見たことがなかったので、私服姿の千晴はどこか新鮮で、とても大人っぽかった。
ちなみに私の今日の格好は、動きやすいワイドデニムパンツに肩に大きなフリルのある白のキャミだ。
髪はいつもとは違い、おろしていた。
「可愛いね、先輩」
「ん?そう?ありがと」
千晴にいろいろと言いたいが、とりあえず千晴の挨拶ついでの褒め言葉を軽く受け取り、「いってらっしゃぁい」と言うお母さんの明るい声を背に玄関から出る。
すると普通の住宅街の路肩に、何故かとんでもなく立派なリムジンが停まっていた。
随分この普通の住宅街に似つかわしくない車だ。
一体誰かこんなところに停めたのだろう。
そう思っていると、私たちがリムジンに近づいたタイミングで、突然リムジンの扉がひとりでに開いた。
「先輩、乗って」
「え。…え?」
千晴に乗るように促されたので、訳のわからないままリムジンに乗り、とりあえず座る。
気がつけば千晴もこのリムジンに乗っており、私の横に当然のように腰を下ろしてきた。
「…」
車内とは思えない立派な空間に固まってしまう。
私たちが座る椅子はソファのようにふわふわで、目の前には長いテーブルまであり、その上には飲み物やちょっとした軽食まで置いてあった。
下手すれば私の部屋の半分くらいはありそうな空間だ。
ここがまさか車内だというのか。
信じられない。
「な、何でリムジン…」
あまりにも衝撃すぎて、私から何とか絞り出せた言葉は、たったこれだけで。
私の言葉を聞き、千晴は、
「遠いから車のほうがいいと思って」
と、当然のように淡々と答えた。
…違う。違うのだ。
車に乗って移動することに説明を求めているのではなく、この金持ちしか乗れないリムジンに乗っているこの現状に説明を求めているのだ。
ただの高校生が当然のように使う移動手段ではないのだ、リムジンは。
「こ、このリムジンとのご関係は…」
「え、関係?うちのリムジンだけど」
「…へぇ」
私の質問に不思議そうに答える千晴に、私は表情をひきつらせた。
メルヘンランドのVIPチケットをどこかから貰い、リムジンを所有するコイツは一体何者なんだ?
…千晴、まさかただの高校生ではない?
*****
メルヘンランドとは。
童話をモチーフにした8つのエリアで構成された日本有数の超大型テーマパークだ。
リムジンで優雅にメルヘンランドに到着した私たちは、まず私の提案でメルヘンランド内にあるお店へと入った。
テーマパークで遊ぶなら、まずは見た目からテーマパークの世界へ入らなければならないからだ。
「テーマパークといえば、カチューシャだと思う」
猫耳のカチューシャを片手に真剣にそう言った私の視線の先には、先ほどからその美しさで人の目を集めまくっている千晴がいる。
私はそんな千晴に、とりあえず手に持っていた不思議の国のアリスのチェシャ猫のカチューシャを付けてみた。
…うん。すごい。普通に似合う。
「ちょっと、今度はこれ付けてみようか」
「うん」
猫耳カチューシャの次はメルヘンランド限定のおしゃれなバケハを被せ、また私は頷く。
これも似合う。
それから私にされるがままの千晴をいいことに、他のものもどんどん被せては脱がせを繰り返した。
すごい。似合わないものがない。
さすが美形。さすが美人。
「んー。悩む…」
一体どれが千晴に一番いいのかわからず、1人で考え込んでしまう。
すると、そんな私に千晴がふわりと笑った。
「今度は俺の番ね」
…俺の番?
バケハを被ったまま、こちらを見る千晴の綺麗な目はどこか期待に満ちており、首を傾げる。
何をそんなに期待しているのだろうか?
いや、待って。俺の番ってまさか…。
「まずこれね、はい」
私がちょうど状況を理解したタイミングで、千晴は私に何かのカチューシャを付けてきた。
千晴も先ほどの私と同じように、私にいろいろな被り物やカチューシャを試すつもりだ。
「…」
恥ずかしいのでやめてもらいたいが、つい先ほどまさにそれを私が千晴にやっていたので、やめろとは言いづらい。
「え、犬耳の先輩可愛い。うちで飼いたい。次、これね」
「…」
「えー。キャップも可愛すぎない?てか頭ちっさいね、先輩。可愛い」
「…」
「バケハもいいね。サングラスもいい。全部いい。全部買う?」
「…」
今度は私が千晴にされるがままとなり、恥ずかしさのボルテージがどんどん上がっていく。
心なしか周りの人の視線がこちらに集まっているような気さえした。
「先輩は何でも似合うね。かわいい」
「〜っ!うるさい!」
まじまじと私を見る千晴についに我慢の限界を迎えた私は、ぐーっと千晴の胸を押し、距離を取った。
ここここいつ!可愛い可愛い本当にうるさい!
恥ずかしい!
そんな私を何故か千晴は嬉しそうに見つめていた。
その後私たちは日差しの強さからお揃いのバケハとサングラスを買ったのだった。




