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推しに告白(嘘)されまして。  作者: 朝比奈未涼


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103/108

103.それでも朝は来る。




side柚子



一睡もできなかった。


私は布団の中で、ただただ天井を見上げていた。

それもバッキバキの目で。


ここは施設内の宿泊部屋。

この部屋の畳の上に、私たち生徒は布団を敷き、十人ほどで一緒に寝ていた。


その十人の誰のスマホからも、まだアラームは鳴っていない。

障子の向こうの空は、おそらく明るくなり出した頃で、あと1時間もすれば起床時間になるだろう。


今日の予定のことも考え、少しでも寝なければならないということは十分にわかっている。

そうしなければ、体力が持たない。


だからこそ、私は就寝時間から何度も何度も寝ようと、まぶたを閉じた。


しかしまぶたを閉じるたびに、星空の下で、涙を流しながら、こちらに微笑む悠里くんの姿が浮かんでしまうのだ。

それもあまりにも鮮明に。


昨日のあの場面が頭の中で繰り返され、結局私は今まで一睡もできずにいた。


私は昨日、何よりも大切な存在、推しと別れた。


私は推しである悠里くんに、恋心ではなく、憧れを抱いていた。悠里くんと同じではなかった。

それでも悠里くんと共にいられた時間は幸せで、楽しくて、キラキラと光で溢れた、かけがえのない、手放し難いものだった。


悠里くんと別れることを望んだのは、私だ。

悠里くんと同じ想いを抱けない私と付き合っていても、悠里くんが傷つき続けるだけだから。

実際、傷つき、苦しそうに、辛そうにしている悠里くんを、私は何度も見てきたし、その姿に胸が痛んだ。


私も耐えられなかったのだ。

このまま何事もないように悠里くんの隣に居続けることに。


ーーーーだから、別れを受け入れた。


悠里くんに別れを告げられて、胸がギュッと締め付けられた。以前、私が悠里くんに別れを告げた時も、悠里くんの胸はこんな感じだったのだろうか、と思う。


それから最後に、悠里くんとキスをした。

何度か唇を重ねたことはあったが、昨日のキスは、唇と唇が触れただけなのに、甘くって、切なくって、苦しかった。


私に別れを告げた後も、私とキスをした後も、悠里くんはやっぱり辛そうだった。

だが、それでも瞳の奥にはもうあの仄暗さはなく、少しホッとした。


胸に悠里くんと別れた喪失感が残る。

けれども、悠里くんの未来に明るい兆しを感じ、安心もしていた。


都会とは違う、星空の下。

どの星よりも光輝く私の推しが笑っている。

心からの笑顔ではないけれど、いつかそれは本当の笑顔になる。

それが私は嬉しい。


推しの幸せが私の幸せなのだから。


唇に残る熱も、消えない彼の笑顔も、いつか私の一部になる。


…そう自分の中で綺麗に収まってくれればよかったのだが、実際には上手くいかなくて。


悠里くんと別れた喪失感と、悠里くんの明るい未来への安堵と、忘れられないキスの熱。


痛みと安らぎと甘い熱がぐちゃぐちゃに混ざって、私を落ち着かせない。

その結果、一睡もできず、私は朝を迎えてしまっていた。


リリリリリリリー!と私のスマホからアラームがなる。

どうやら起きなければならない時間がきてしまったようだ。

体が重い。まだここにいたいと体が訴えている。


今日は合宿最終日。

朝は全員で施設周辺の山を散歩することになっている。

眠れなかったせいで、全く体の疲れが取れていないが、この後のこともあり、私は仕方なく体を起こした。


あんなことがあっても時間は進む。

昨日には戻れない。

どんなに寝ていなくても、朝はやって来る。


私と同じように起き始めた生徒たちを尻目に、私はいつものように顔を洗い、身支度を始めた。

そしてそれを終えると、同じ部屋でまだ眠っていた生徒たちを起こして回った。

その中には「んー。まだ寝る…」と可愛らしく抵抗している雪乃もいたのだった。




*****




こんなにも眩しい朝日を憎いと思ったことは、生まれてこの方、一度もなかった。

寝不足の体に容赦なく降り注ぐ朝日が、私の回復しきれていないHPを真っ赤に染めていく。


もうやめてくれ、今にも倒れそうだ。


そう思いながらも、私は施設の外、朝散歩の集合場所へと一歩、また一歩と着実に足を進めていた。

ちなみに私の隣に、雪乃はいない。

今日もいい感じになっている同じ施設にいた他校のイケメンと絶賛交流中だ。


やっとの思いで集合場所へと辿り着くと、どこからか明るい声が私を呼んだ。




「柚子!」




柔らかく、そしてとんでもないイケボ。

これは間違いなく私の推し、悠里くんの声だ。


昨日あんな形で別れたばかりなのに、まさか悠里くんから声をかけられるとは夢にも思わず、私は大きく肩を揺らした。

自然と高鳴ってしまう胸を律して、いつも通りの表情を作る。

それから悠里くんの方へと視線を向けた。




「お、おはよう、悠里くん」


「おはよう、柚子」




何とか笑顔で挨拶をした私に、悠里くんが変わらず柔らかく微笑む。

確かに昨日、別れたはずなのに、やはり悠里くんはいつも通りだ。

それどころかどこか晴れ晴れとしており、瞳から暗さがなくなったからなのか、穏やかにも見える。


悠里くんは私をしばらくじっと見て、申し訳なさそうにその形のよい眉を下げた。

一体、何が悠里くんをそんな表情にさせているのだろうか。




「…目、少し赤いね」




悠里くんが壊れものでも扱うかのように、優しく私の目尻に触れる。




「俺のせい…だよね、ごめん」




そして痛々しげに私を見た。


その仕草にドクンッと心臓が跳ねる。

悠里くんは私の推しだ。

例え別れてしまったとしても、どうしても体が反応してしまう。抗えない。




「ち、違うよ。悠里くんのせいじゃないよ?私も悪いから…」




頬に熱を感じながらも、私は慌てて悠里くんの言葉を否定する。

ぶんぶんと一生懸命両手を自分の前で左右に振っていた、その時。


フラッと突然、私の足から力が抜けた。


…こける!


そう思ったのだが、私がこけることはなかった。

私の側にいた悠里くんが咄嗟に手を伸ばし、私の腰を抱き寄せてくれたからだ。




「大丈夫?」




憎らしいと感じていたキラキラとした朝日を浴びて、こちらを心配そうに伺う悠里くんが、眩しくて眩しい仕方がない。

悠里くんが浴びるものなら、その憎らしさが消えていく。


…王子様すぎんか。


自然溢れるここで、流れるように私を助けてくれた悠里くんがあまりにも〝完璧な王子様〟すぎて、私は息を呑んだ。




「だ、大丈夫、デス。ありがとう、悠里くん」


「いえいえ」




悠里くんから急いで離れて、ぎこちなくお礼を口にする。すると悠里くんは、その瞳を優しく細めた。




「ここ、掴まって」




それから自身の左腕を私に差し出してきた。

昨日までの私なら、「何て私は幸せ者なんだ!推しの腕に掴まれるなんて!」と大喜びして、悠里くんの提案を受け入れただろう。

だが、今は違う。

私はもう悠里くんの彼女ではない。

気軽にそんなことを許される存在ではないのだ。




「ありがとう、悠里くん。でも私、もう悠里くんの彼女じゃないから…」




そう言って、私は遠慮がちに笑った。

お気持ちは大変嬉しく、天に召されるような気分なのですが、という思いを胸に秘めながら。




「柚子、寝不足なんだよね?だからフラついたんだよね?それって俺のせいじゃん。だから責任取らせて欲しい」




悠里くんが真剣な表情で、私をまっすぐ見据える。

その瞳には強い思いがあり、揺らぎそうにはない。

むしろ私の方が推しからの誘惑にぐらぐらと揺れ、今にも負けてしまいそうだ。


いや。いやいやいや。

ダメだダメだ。

私は昨日、悠里くんと別れたのだ。

何度も言うが悠里くんに甘えることを許される立場ではないのだ。


責任なんてものは悠里くんにはない。

悪いのは全て私だ。


眉間にシワを寄せ、一生懸命煩悩と戦っていると、そんな私なんて無視して、悠里くんが私の瞳を覗き込んできた。

甘く、焦がれるような瞳で。




「彼氏じゃない俺は頼れない?」


「いや!そんなことないです!」




どこか寂しそうな表情を浮かべた悠里くんに、私は気がつけば声高らかにそう言っていた。


ぐらぐらだった決意が崩壊した瞬間だった。


あぁ、と数秒前の自分の反応に、膝から崩れ落ちそうになる。

…が、そんな私に「じゃあ、どうぞ」と嬉しそうにもう一度悠里くんが左腕を差し出してくれたので、何とか耐えることができた。


悠里くんの左腕に手を置く私に、生徒の誰かが気づき、小さく声を上げた。




「ねぇねぇ、あれ見てっ。鉄子と王子、本当仲良いよねっ」




興奮気味な女子生徒の声に、一斉にその場にいた生徒たちがこちらに視線を向ける。




「らぶらぶだ…」


「おしどり夫婦ってやつ?」


「アツいねぇ」




それから生徒たちはざわざわと騒ぎ始めた。

別れてもあまり変わらない状況に、私は何とも言い難い複雑な気持ちになったのだった。





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