101.幸せの形。side悠里
side悠里
自分が柚子に対して、ひどいことをしていることはわかっている。
柚子を苦しめていることも。
それでも、俺は柚子を手放せない。
食器を片付けていた柚子と別れた後、俺は施設内にあるお風呂に入った。
そして、そこでゆっくりした後、自分たちの部屋へ戻るために、今は廊下を1人で歩いていた。
何をしていても、俺の頭の中に柚子の姿が浮かぶ。
食器棚を背に、こちらを潤んだ瞳で見上げる柚子。
まるでりんごのように頬を赤く染めるその色は、俺への恋心で染められたものではない。
単純に憧れの相手に迫られてそうなっているものだ。
そうわかっているはずなのに、その赤に胸がどうしても高鳴る。
柚子は自分の感情をもうきちんと理解していた。
完全にわかった上で、何も知らなかった頃と変わらない反応をし、その後に苦しそうに一度俺から視線を逸らす。
以前までなかったその仕草に、俺の胸の奥で、仄暗い感情が静かに蠢いた。
何で俺から視線を逸らすの。
逸らさないで。俺を見て。
この地獄を選んだのは俺なのだから。
わかってる。
わかっているんだ。
例え俺が選んだ道でも、柚子なら自分が悪いと自分を責める性格だと。
柚子はきっと思っているのだろう。
同じ気持ちを返せない自分に、俺がずっと傷ついている、と。
間違いではない、だが、正解でもない。
確かに俺は傷ついている。
俺と同じではないキラキラとした瞳を向けられるたびに、胸がズキズキと痛む。
俺と同じ想いのこもった瞳を華守に向けるたびに、その瞳を覆いたくなる。
だが、傷つくと同時に、それでも柚子が俺と一緒にいることを選び、彼女でいてくれる事実に、嬉しくてたまらなくなるのだ。
傷つきながらも、柚子と一緒だからこそ、幸せを感じられる。
これが俺の選んだ幸せの形だ。
ふと、足を止め、窓の外に視線を向ける。
ここにはこの施設以外光源がない為、星がいつにも増して光輝いて見えた。
…綺麗だな。
そう思った時には、俺は外へと足を運んでいた。
*****
もうすぐ4月だが、日の沈んだ夜はまだまだ肌寒い。
ひんやりとした空気を感じながら、俺はただぼんやりと空を見上げていた。
その時だった。
「悠里くん?」
俺の後ろから、鈴の音を転がすような心地の良い声が、俺を呼んだ。
ーーー柚子だ。
聞こえてきた愛おしい声に、自然と体温が上がる。
ゆっくりと声の方へと振り向くと、そこには大きめの白のダウンをパツパツにさせ、首にベージュのふわふわのマフラーをぐるぐる巻きにしている柚子が立っていた。
肌寒いのはわかるのだが、過剰な防寒対策をし、もこもこになっている柚子の姿が、愛らしいがおかしくてつい口元が緩んでしまう。
まるで冬毛のスズメのようだ。
俺を見て、柚子は一瞬笑顔を見せたが、すぐにその笑顔を消し、珍しく俺に怪訝な顔を向けた。
それから俺を頭からつま先まで見ると、慌てて駆け寄ってきた。
「な、何でそんな薄着なの!?風邪引くよ!?」
パツパツになっていたダウンを柚子は急いで脱いで、それを俺の肩にかける。
ダウンを脱いでも柚子の格好はもこもこのボアジャケットで、暖かそうだ。
柚子のダウンがパツパツになっていた理由は、どうやらあのボアジャケットを下に着ていたかららしい。
「俺はこのままでも全然大丈夫だよ。だからこれは…」
確かに柚子に比べれば随分薄い格好をしているが、問題ないので、柚子にダウンを返そうとする。
しかし、柚子は厳しい顔で首を横に振った。
「大丈夫じゃない。ここ、本当に寒いから。油断は禁物だよ」
真剣な表情で柚子に両肩を抑えられて、俺は動けなくなる。
もちろん力ずくでどうにでもなるが、柚子の意思に逆らってまでどうにかしたいとは思わない。
こちらを真面目な表情でじっと見つめる柚子に、俺は無言でとりあえず頷き、柚子のダウンを羽織ることにした。
「ここの星空綺麗だよね」
ふと、星空を見上げて、柚子が柔らかくそう呟く。
その呟きに対して、俺は星空ではなく、つい柚子に視線を向けた。
キラキラと輝く星空をその愛らしい瞳に映し、本当に楽しそうに笑っている柚子が、あまりにも可愛くて、綺麗で、胸の奥底からじんわりと暖かくなる。
好き。
そう唐突に思う。
だが、その幸せな温もりと共に、胸に鈍い痛みが走った。
こんなにも大好きな人を、俺は俺のわがままで縛っているのだ。
無言のまま何も言えなくなった俺に、柚子が視線を戻す。
それからまたあの苦しそうな表情を一瞬だけ浮かべ、俺から目を逸らした。
また、だ。
柚子はまた俺を苦しめている、と自分を責めているのだろう。
「ごめん、私のせいだよね」
柚子から弱々しい声が漏れる。
「私がこんなだから…」
そして消え入りそうな声でそう言うと、柚子は辛そうに眉間に力を込めた。
違う。違うんだよ。
柚子は苦しまなくていいんだよ。
俺が選んだことなのだから。
今すぐにそう伝えたいはずなのに、喉が熱くなってうまく言葉が出ない。
そんな俺に柚子は泣きそうな声で続けた。




