第四話.度の最中、暗闇
_…自分には、何もないのだと思っていました。
周囲は、”何か”を持っているのだと思っていました。
けれど、事実は違いました。
みんな、何も持ってはいませんでした。
持っているように、見せていただけなのでした。
だから私も、そうすることにしました。
それがきっと、一番楽だと思ったからです。
どうにも愚かな判断だったように思います。
その所為で、今の私が出来上がってしまったのですから。
「…ライさん、これって」
俺の読み上げた文章を、静かに聞いていた智沙は、僅かに不安そうな、心配そうな顔をのぞかせた。
「…俺の話ではない」
俺が書いたものではあるけれど。
咄嗟に嘘をついたのはなぜだろう。
ただ、眼の前の女性があまりにも痛々しい表情で頷くのが視界の端に映った。
私にとって、昔の私は負の遺産でしかないものですから、昔の私から変わることができたのは、喜ばしいことであるはずでした。
ところが、私はひどく後悔しているのです。
私が私でなくなったような気がするのです。
昔の私を嫌いであったはずが、今や昔に戻りたいとさえ思うのです。
私にはそれが恐ろしくてたまりませんでした。
ライさんから受け取った文庫本は、船の上で読むにはあまりにも重く、ずっしりしているように感じた。
ライさんは、禁煙で煙草が吸えないためか飴を取り出し口の中で転がしている。
先程の会話で、ライさんが嘘をついたのは、私にもわかった。
普段から、嘘か本当かわからないような話し方をしているライさんらしくない、わかりやすい嘘だった。
私は、わからないふりをした。
それを、ライさんはわかっている風だった。
最初は胡散臭いと思っていた男が、こんなにも脆く、支えがないと消えてしまいそうな人だったとは。
ライさんは、私より余程頭もいいし、頭の回転も早い。
だからきっと、私よりもっとたくさんのことを、見て、識っているのだろう。
この人の考えていることは、わからない。
けれど、少しでも支えになれば。
そう思いつつ、文庫本のページをめくる。
恐ろしく感じたのも、余計に恐ろしかったのです。
私には、私がどうしたいのかが皆目見当もつきませんでした。
自分のことであるはずなのにわからないということほど恐ろしいことはありません。
私の混乱は、幸か不幸か、周囲には伝わっていませんでした。
その事実が余計に私を混乱させました。
段々と余計な思考が積み重なっていくのを肌で感じます。
次第に、私な何も考えなくなっていきました。
正確には、私自身の身の振り方について何も考えなくなったのです。
嘘をつくことばかりが上手くなりました。
このような者は、”人でなし”と呼ばれるのでしょう。
文庫本の、最後のページまで読み終えれば、船はもう目的地に着くところだった。
ライさんは、静かに私から本を受け取り、どうだった、と小さく呟いた。
「…少し、暗いですけど面白いと思います」
本心から出た言葉だったが、ライさんにはあまり響いていない気がした。
「さあ、物語集めの旅、初めは”北海道”北の大地だ」
行こうか、とライが言うのに、彼の背を追うことで応える。
この度で少しでも、彼について知ることができたら。
淡く期待を抱いて、北の大地に足を踏み入れた。




