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第1話

 栃木県にある学校。講堂が生徒たちで満員になっている。「いや~楽しみだな~演劇部の定期発表会……」

「ああ、でもよ……」

「なんだよ?」

「演劇部の連中、こないだまで流行っていたインフルエンザでほとんど休んでいたんじゃなかったか?」

「ええ? ってことは……」

「ああ、今回の演目についてはほとんど練習出来てないはずだぞ?」

「そ、それじゃあ、どうすんだよ……?」

「俺に聞かれても知らねえよ……あ、始まるみたいだ……」

「……」

 ドアの鈴が鳴るSEとともに、黒髪の男子がステージ上に出てくる。

「………」

「? あれ?」

「いらっしゃいませ~!」

 少し茶色の髪を三つ編みにしたエプロン姿の女子が男子の背後から元気よく声をかける。

「うわっ! び、びっくりした……」

 男子が自らの胸を抑える。

「びっくりさせました」

「いや、店員が後から入ってくるってどういうことだよ……」

「店員が店内で待ち構えている……それは思い込みですね」

「え?」

「当店はそういった既成概念を破壊しようというのがモットーで……」

「ろくでもないな!」

「お客様、何名でしょうか?」

「え、一人です……」

「これまでもこれからも?」

「嫌なことを聞くな!?」

「そうなんですね」

「いや、これからは分からないでしょ! 勝手に決めつけんなよ!」

 女子は涙を拭う。

「……これまではお一人だったんですね?」

「あ、揚げ足を取んなよ! たまたまだよ!」

「こちらのテーブル席にご案内いたします」

「いや、カウンター席で良いよ!」

「ご遠慮なさらず」

「ご遠慮するって!」

「私で良ければ相席させて頂きます」

「相席ってそういうもんじゃないだろう!」

「ソファの方に座らせて頂きま~す」

「いや、客が椅子の方かよ! 遠慮しろよ……!」

 女子と男子が向かい合って座る。ステージが暗転する。再び照明が点くと、女子が眼鏡をかけている。テーブルの上にあるコーヒーカップに一口、口を付けた後、カップを置いて呟く。

「……母さん、猫舌だったわ」

「いや、忘れること!?」

 男子が戸惑う。母さんと名乗った女子がため息交じりに呟く。

「この季節になるとどうしてもね……」

「季節によって変わるの!?」

「え? 変わらない?」

「変わらないよ! 病院で診てもらった方が良いんじゃない?」

「まあ、それはどうでも良いのよ」

「どうでも良いって……」

「今日は大切な話があってね……」

「え……?」

「こうして呼び出したの。お家ではとても話せないから……」

「な、なに……?」

「母さんのプライベートに関わる話」

「ファミレスでする話じゃなくない!?」

「むしろファミレス向けよ」

「ファミレス向けって何!?」

「まあ、落ち着いて聞いて頂戴……」

「う、うん……」

「母さんね……」

「うん……」

「昔……」

「昔?」

「……悪役令嬢だったのよ」

「実在したんだ!? って、なんの告白!?」

 ステージが暗転する。再び照明が点くと、女子と男子が少し距離をおいて、隣に座っている。女子が強い口調で呟く。

「……あそこでユニゾンが乱れたわね……」

「ああ……」

「あれだけ練習したのに……どうして?」

「どうしてって言われても……」

「私は理由を聞いているの、何故?」

「分からないよ!」

 男子が椅子をドンと叩く。

「ヤケにならないでよ」

「……俺だけの責任か?」

「ユニゾンで乱れたから、その後の演技のリズムも崩れてしまったのよ。あそこのサイドバイサイドだって……」

 男子が女子の言葉を遮る。

「それはペアである君の責任でもあるだろう?」

「呆れた……今時連帯責任とでも言うの?」

「違う」

「……え?」

「あそこは君だけの責任だ」

 女子が苦笑を浮かべる。

「な、なにを馬鹿なことを……」

「それはこっちのセリフだ! 女子が男子を持ち上げてスローイングするなんて聞いたこともない!」

「……びっくりした?」

「そりゃあもう、びっくりしたよ! なんとか着氷出来たけど!」

「結果オーライじゃないの……」

「大体、なんでフィギュアスケートの演技の反省会をファミレスでしなきゃならないんだよ!?」

「試合後はハンバーグを食べたいのよ、ルーティンよ」

「子どもか!」

 ステージが暗転する。再び照明が点くと、女子と男子がまた向かい合って座っている。眼鏡をかけて頭を抱える男子に女子が声をかける。

「先輩、元気を出してくださいよ……」

「いや……あそこで僕がもうちょっと……」

「いえ……」

「え?」

「正直、今日の先輩は立論の時点からフワフワしていました」

「そ、そうかい?」

「ええ、地に足がついていないような感じで……」

「そうだったのか……緊張していたのかな?」

「そこを相手に反対尋問で徹底的に狙われましたね」

「し、しかしだね……?」

 男子が首を傾げる。

「なにか?」

「なにか今回の議論テーマと関係のないことばかりを責められていたような気がするんだが……」

「十中八九……その通りです」

 女子が頷く。

「あ、やっぱりそうだったんだ……」

「狙われていましたね……」

「僕のプライベートをつつくのは反則だと思うんだけど……」

「甘いですよ、先輩」

「甘い?」

「ええ、全国レベルでは容赦なく攻めてきます。今後に向けて、メンタル面でのトレーニングも必要になってきますね……」

「……前から思っていたんだが……ディベート部にマネージャーって必要?」

 ステージが暗転する。再び照明が点くと、女子と男子がソファの方ではなく、向かいの椅子を奪い合うように座っている。

「くっ!」

「くうっ!」

「それっ!」

「そらっ!」

「なんの!」

「なにいっ!?」

 女子が男子の隙を突き、お尻で男子を思い切り押し退けて椅子に座る。体勢のバランスを崩した男子が倒れ込む。女子が脚を組み替え、コーヒーカップを手に取って呟く。

「私の勝ちね……」

「……くそ!」

 男子が床を悔しそうに叩く。

「まだまだ甘いわね……」

「……なんでだ!? なんで貴様に勝てない!?」

「……『常在戦場』……」

「ええ?」

「いつでも戦場にいるような心構えで事をなせということよ」

「せ、戦場……」

「そうよ、優先席以外の電車やバスの席、学校の席、映画館の席……いつでもどこでも、そこに椅子ひとつさえあれば私たち椅子取り合戦ヤーにおいては合戦場よ……」

「……学校の席も、映画館の席も決まった席じゃないのか?」

 男子が首を傾げる。

「…………」

 女子が目を閉じる。

「えっと……」

「だから、あなたは阿呆なのよ!」 

 女子が目を見開いて声を上げる。

「あ、阿呆……」

「そんなことだったら、何度やっても私には勝てないわ」

「ちっ……み、見てろよ! 今度こそ貴様に勝ってみせるからな!」

 男子が立ち上がって女子をビシっと指差して、その場から走り去る。

「……ふっ、それでこそ私が認めたライバルよ……戦績は私の100勝0敗だけれどもね……」

 そう呟いて、女子がコーヒーカップを一口飲む。ステージが暗転する。再び照明が点くと、女子がソファの方に座り、男子が椅子に座らず女子に向かって跪いている。男子が口を開く。

「……残念ながらお味方は敗色濃厚でございます!」

「……そうですか」

「姫様、一刻も早く、お城に撤退を!」

「……いや、まだです」

「えっ!?」

「ここでギリギリまで戦況を注視します」

「し、しかし……」

 女子が手を挙げる。

「あ、『ビッグカツカレー』と『グリーンサラダ』はこちらです……どうもありがとうございます……」

 男子が啞然とする。

「こ、こんな時に食事など!?」

「『腹が減っては戦が出来ぬ』と言うでしょう?」

「だ、だからと言って!」

「まあ、そこに座りなさい。こちらを奢ってあげましょう……」

「奢ってあげましょうって……ドリンクバーじゃないですか!」

「少しは落ち着かないと……」

「落ち着き過ぎです!」

 女子がテーブルの上で両手を組んで、低い声で呟く。

「……お城の方にも既に敵方の手が及んでいることでしょう……」

「ええっ!?」

「私が敵方ならば必ずそうします」

「そ、そんな……」

「いよいよとなれば……」

「いよいよとなれば?」

 女子が再び手を挙げる。

「すみません、デザートに『クリームパフェ』を追加、お願いします」

「いや、腹を召すんじゃなくて、腹を満たす!?」

「デザートは別腹です」

 女子がウインクをする。ステージが暗転する。再び照明が点くと、女子と男子が向かい合って座っている。男子が口を開く。

「……佐藤さんとおっしゃるんですか?」

「……いいえ」

「……鈴木さん?」

「いいえ」

「高橋さん?」

「いえ……」

「う~ん、分からないな~では、仮名で呼ばせて頂きますね?」

「か、仮名?」

 女子が首を捻る。

「四天王寺さんは……」

「仮名のチョイス!」

 女子が面食らう。

「ご趣味は?」

「……」

「ああ、僕の趣味を言っても良いですか?」

「……どうぞ」

「『ネイルアート』と『スイーツ作り』です」

「女子力高っ!?」

「動物とかお好きですか?」

「まあ、好きですね……」

 男子がパッと笑顔を浮かべる。

「哺乳類派ですか? それとも爬虫類派?」

「そこは犬派?猫派?じゃないんですか!?」

「……好きな色は?」

「……ピンクですかね」

「ああ、ピンク! 良いですよね~」

「あの……」

「座右の銘は?」

「ざ、座右の銘って!? っていうか、私たち、まったくの初対面ですよね!? たまたま相席になった他人ですよね!?」

「ええ、そうですね」

「無理に会話しようとしなくても良いですから!」

「場がもたなくて……」

「気持ちは分かりますが……ちなみに座右の銘は?」

「『沈黙は金』」

「だったら黙っていて!」

「えええっ!?」

 女子が声を上げ、男子が驚く。ステージが暗転する。再び照明が点くと、女子と男子が向かい合って座っている。エプロン姿の女子が周りを見回しながら口を開く。

「……ファミレスには色々とエキセントリックなお客様がいますね~」

「一番エキセントリックなのは君だけどね! 客と相席して、食事までとる店員なんて初めて見たよ!」

「あ、ゴチになりま~す」

「お、俺が奢るの!?」

「……今日もファミレスには様々な人間模様が描かれるのであった……」

「良い感じのナレーションっぽく呟くな!」

 ステージが暗転する。再び照明が点くと、男子と女子がステージ上に並んで立っている。女子が声を上げる。

「え~今日も演劇部の定期発表会にお越しいただき、誠にありがとうございました!」

「ありがとうございました……!」

 女子と男子が揃って頭を下げる。生徒たちからは拍手が送られる。女子たちはステージを後にする。男子生徒が感心する。

「い、いや~すげえなあ、一人七役、二人で十四役をやったぜ?」

「あの二人の高い演技力があってのものだな」

「今回の脚本も渚の書いたやつかな?」

「おそらくそうだろうな」

「っていうか、薫、今日も可愛かったな~」

「それな」

「……彼氏いるのかな?」

「渚じゃねえの?」

「え? やっぱそうなのか?」

「分からねえけど、いつもほとんど一緒にいるし……」

「喧嘩ばっかりしてねえか?」

「喧嘩するほどなんとやらだろう?」

「あ~」

「とにかく、あの『渚と薫』……この『南下野学院』の顔とも言えるデュオだよ」

「顔のわりには、二人とも週三日しか登校しねえけど……」

「なんか、色々事情があんだろう?」

 男子生徒たちが話をしながら、講堂を後にする。次の日……南下野学院の南西に隣接する『東上野学院』で……。

「ケ、ケンカだあ! ナギサとカオルがまたやり合っているぞ!」

 男子生徒の声が廊下中に響く。

お読み頂いてありがとうございます。

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