表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

選択肢

こう、何かをふと思いついた時に、何か漠然とこうであればという欲で空想を作り上げることを所謂(いわゆる)妄想と呼ぶのだと己は思う。

つまり妄想というのは、漠然とした何かの欲であるから、どれもこれといった完成系は無く、また実現のされないものである故に永遠(とわ)に未完成なままの空想の事である。


などと、こ難しいことを心の中でつらつらと並べているが実の所は今、何も考えていない。

否、こ難しいことを頭に浮かべるくらいには思考はしては居るが今この時、確実に、絶対的に必要である事を何も考えていない。

必要である事とは何かと問われれば、今目の前で烈火のごとく怒りをあらわにしたこの男のあの手この手で己に分かりやすく伝えようとした結果くどくどと言葉を変えて同じような事をただただ並べ連ね、此方が反論をしようと口を開く度にさも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりの口撃を浴びせてくるこの状況から如何にして会話のできる状況にまで持って行くか、である。

生憎と自身の知能はそれ程高く無い。

かといって、彼の知能が飛び切り高いかと言われるとそうでもない。寧ろ一般的には低いのだと思う。

つい先日も小学生でもわかるであろう慣用句の使い方は勿論、読み方まで間違えていたのだから……。

彼の言っていることは理解はできる。然しながらどうしても、納得が出来ない。己の積み上げてきた人生においての価値観をどうしても曲げる事が出来ないのだ。

納得さえできれば彼が度々この様に怒る事も、怒りを制御できずに暴力という行動に出る事も無いのだろうと思うと、完全に自分が悪いのかもしれない、とも思いこそすれど納得が出来ない。

やれ、異性と口をきいたから浮気だ、だの、彼の居ない時に彼のご両親と会えば彼は自身の父親と私が浮気をしていると宣い、携帯の着信履歴に知らぬ番号があれば浮気相手からの電話だと言い張り、友達となんの気なくメッセージアプリでやりとりをしていれば友達ではなく浮気相手だ、自分の悪口を言っていたんだろう全部見せろと言ってきたり。やりとりを見られてしまう友人達に申し訳なくなって誰にも連絡することを辞めれば、今度は俺に見られる事が嫌だとかいって返事をしない理由を俺のせいにするなと怒りだす。彼の許可なく風呂に入るのも、許可なく食事をとろうとキッチンに立つのも、果ては職場に私が入った後に続けて男性が入っただけで浮気だと言う。

正直なところ、何もやる気が起きなくなっている。

何かをやろうとすれば浮気、浮気、浮気。

()()は疑わない事でさえ彼には疑わしいらしいのを、予測して動けと言う。

到底、一般的とは言えないであろう思考を先読みしろと言われて完璧に予測などできるだろうか。

ああ、もうだめだ、疲れて来たもう何も考えられない。理不尽にも程がある。どうしろというのか。


そうして言葉を理解することを諦めそうになった瞬間、視界がぐるり、と天井を向いた。


(あ、だめだ。)


途端に脇腹に鈍い痛みが走る。強い力で殴打された腹部から、肺から、気道から、口から、まるで女とは思えない潰れた蛙のような悲鳴というには野太い、声と言うには文字で表せない様な汚い音が自分でも制御出来ない音圧で響く。それが彼にはお気に召さなかった様だ。同居している彼の両親に自身が()()()である事を隠したいと思えるくらいには理性があるらしい。


「デカい声出してんじゃねぇ」


そういってもう一発。今度は転がされ地面から浮いた臀部に激痛。予期せぬ痛みにどうしても声はもれる。「ぎゃっ」とも「がっ」とも聞こえるような汚い音がまた響く。音が盛れるのが彼にはどうしても許せないらしい。


「黙れって言ってるだろ」


彼自身は叫んでいないところを見ると、やはり多少の理性はあるんだろうに決壊したダムの様に一度手が出ると止まらない。髪ごと頭を鷲掴みにされ乱暴に振り回されながら反射的に丸めた身体の表面になった太腿や脛や肩や背中にどすどすと痛みが追加されていく。頭からはぶちぶちと音も聞こえる。最後に投げ飛ばされるように頭に一発食らって手が離される。

何かを喋っている。

何かを喋っている時は聞かなくては、もっと殴られるのに。


キーンと、耳鳴りが騒がしい。掴まれていた頭がどくどくと脈打っているのがわかる、目眩がする、息が苦しい、立てない、痛い、辛い、怖い。

恐い。

人間というのは実に単純だと思う。咄嗟にとったのが、身体を小さく丸めてした土下座の形だった。

もうこの口は「ごめんなさい」と連呼するしか出来ない。

恐怖でそれ以外の思考など持てない。

ああ、どこで、どこで間違ったんだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ