プロローグ
「なんで、こうなったかなぁ〜」
思わず声に出たあと、キンキンに冷えたビールを喉に流し込む。
今日、何回も繰り返した光景だ。
今朝までは、今までと何も変わりなかった。
出勤しようと自宅を出たら、黒服で強面の人たちに囲まれ、離婚調停の話を聞かされた。
私は52歳独身のはずである。結婚した覚えなどない。
相手の弁護士によれば、戸籍上は結婚生活3年目であり、19児の父親になっているらしい。父親らしい振る舞いをしていないから、離婚と慰謝料を求めてきたとのこと。そりゃー結婚した覚えもないのだから、父親らしいこともしていないはずだ。そもそも、奥さんの名前も顔も知らないぞ?
そんなトラブルがあり、相手側が会社でも、無い事を色々と吹いて回ったのであろう……ビックリするほどあっさりと解雇されてしまった。
両親から受け継いだ自宅も、夕方には私の所有では無くなていた。
コンビニに寄ってお金をおろそうとしたが、口座も無くなっていた。
仕事、財産、居住、初婚(一番大事)が、1日で消えていった。私は、神様に何か悪いことでもしたのだろうか?
「なんで、こうなったかなぁ〜」
ジョッキの底に残ったビールを流し込みつつ、おかわりを注文した。
スーツ姿のおじさんが、バーのカウンターで、どんよりとしていたら、近寄りがたい雰囲気が有る。
しかし声を掛ける人が居た。
「私を助けていただけませんか?」
一瞬、声を掛ける相手を間違ったのではないかと思ったが、間違いなく自分に助けを求めているようだ。助けてもらいたいのは、私の方である。全部失って、着の身着のままだよ?財布の中に入っている現金が、私の全財産ですよ?
私の返答を待つこと無く、助けを求めてきた女性は話を続けるた
「あなたは、家族や愛するものが居ますか?」
両親は介護をして最後まで看取った。愛する家族や愛するものは居ない……
「あなたは、この世界で希望を持っていますか?」
なんだ?今日突然降り注いだ不幸は、声をかけている主が仕組んだのか?と思い、初めて顔を上げて、相手を見た。
腰まで伸びた黒いストレートな髪、色白で透き通るような肌……グラマラスな胸を強調するようなタイトなニットワンピ……
胸の膨らみから目を話せないまま聞いた
「助けるって、何をすればいいんだい?」
しかし戻ってきたのは、「今は詳しく話せませんが……」
と、要領を得ない返答。しかし、その後に続いたのは、「お礼は、私ができることであれば何でもします!」というキラーワード!
無意識で「わかりました。私で良ければ、力を貸しましょう」と答えてしまった。
それから、意識は無くなってしまった。
1人のおじさんが、この世界から消えた瞬間であった。