4 さらなる菊池
「戦う前に自己紹介させてもらう」
異形に1人がご丁寧に挨拶すると言う。
正直ありがたい。コイツらを【菊池鑑定】では鑑定できない。【菊池心眼】を併用してもダメだ。時間を稼いで情報を手に入れ打開策を立てないと。
「我が名は【菊池】。この世界で言うところの【競馬】の世界から来た」
お前も【菊池】か。
「ワシは【菊池】じゃ。偉大なる【競輪】の世界から参った」
隣の【菊池】は【競輪】……か。
「おで……【菊池】だど。【競艇】ってやつの世界から……来たど」
いかにもパワー系の【菊池】は【競艇】ね。
「ウフ♥アタイは【パチスロ】の【菊池】よ♥可愛がってね♥」
オネエは【パチスロ】……【パチンコ】と何が違うんだ?
「ワイは【菊池】や!【麻雀】の【菊池】や!」
プロゴルファーじゃねえんだ。
「私は【野球賭博】の世界から参りました【菊池】です。こちら名刺です」
「あっ、ドモ……」
大宇宙銀河神聖菊池組ってなんだよッッッッッ!ヤバすぎんだろ!
「【菊池】は神聖な【宝くじ】の世界から来た。【宝くじ】こそ至高」
マッチョのおっさんのクーデレって怖いな……
「やあ、僕は【雀球】の世界から来た【菊池】さ!パチ屋でボクと握手ッッッッッ!」
「えっ?」
「僕は【雀球】の【菊池】さ。ごめんね。滑舌が悪かったみたいだね!」
「いや……『じゃんきゅう』って何?」
「知らないのかい?みんなやってるよ!ねえ【菊池】のみんな!【雀球】って最高だよね!」
【競馬】、【競輪】、【競艇】、【パチスロ】、【麻雀】、【野球賭博】、【宝くじ】……そして【パチンコ】。それと身を伏せて泣いてる奴……何だっけ?
とにかく合わせて9人の異形。
一番ヤバい感じがするのは、風貌が若頭の【野球賭博】だ。コンプライアンス的な意味でも瞬殺したい。魔防か尿酸値を【菊池強化】すれば楽にできる。それ以外を強化すると、全く制御が効かなくなる。
泣いてる奴も危険な雰囲気がある。誰も知らない『じゃんきゅう』とか言うヤツの警戒をすべきだ。
あとは似たり寄ったりだ。それでも侮れない。
【パチンコ】の目に光が戻ったしな。
これ以上俺自身を【菊池強化】せずとも、【野球賭博】以外なら1対1であればどうにかはなる。【野球賭博】だってこのままでもギリギリで行けそうだが、その間に残りがどう動くか読めない。
連携されたら仲間を守り切れない。この4人は俺にどうにか着いてこられる程度の強さしか無い。【パチンコ】にさえ及ばないんだ。どんなにギスっても大切な仲間だ。
諦めて単騎で挑んでも、【野球賭博】と泣いてる奴を倒す間に逃げる可能性がある。【菊池強化】するにしても一瞬だけできた隙に、ダンジョンを破壊して複数の方角に逃げられたらどうしようも無い。
そういえば【菊池強化】を使うとカットインが発生するんだった。【菊池強化】を乗っ取られるのはまずいな。
「何をためらってんだ。助けを求めろよ」
隣に山田がいた。
「そうでヤンス」
美川も。
「どんなに菊池郎が強くても、1人でできる事なんてたかが知れてるのよ」
青葉ちゃん。
「やりましょう。さっきはごめんなさい」
「良いんだ。お優しい中条さん」
「でもね、殺すのはやめましょう。ね」
「なぜ?」
「菊池君のカットインを利用して、無理やり私に売り付けた壺をクーリングオフしなきゃならないんです」
まさかの霊感商法ッッッッッ!
そうだった。お優しい中条さんは……かなr………………じゃなかった。少々頭がよわ…………お優しい。天は二物を与えずって言うからな。お優しい頭は容姿で十分補っている。
強く請われると断れないお優しい中条さんを騙すなんてッッッッッ!許さん!
「それにね。弁護士さんに裁判の依頼もしているのです。ここで取っ捕まえないと依頼を受けてくれた弁護士さんが可哀想。お願い菊池君、被告を捕まえてください」
さすがお優しい中条さん。やってやるぜ。
が、一気にハードルが上がっちまった。
「菊池。俺が隙を作る。そしたら一気に全員強化する」
脳筋の山田が、奴らに隙を?
「良いだろう。やってみろ」
「上から目線かよ……おい、【菊池】以外の【菊池】」
嫌な言いぐさだな。
「「「「「何だね?」」」」」
「なぜスローライフなんだ?理由があるのか?」
それは俺も気になっていた。パチンカスや競馬狂いや競輪狂いや競艇狂いやスロット狂いや麻雀狂いやヤ●ザや宝くじ狂いやじゃんなんとかは、一体どこでそんな概念を知ったんだ?
「【預言者菊池】、答えてやれ」
ええと……誰が誰だかわかんなくなって来たぞ。
「我が通っていたパチンコ屋に一冊の啓蒙書があったのだ」
預言者イコールパチンカスね。うん、わかった。
「タイトルは『追放されて、なんかスローライフしてたら美少女エルフに出会って、最終的にハーレムができた。やれやれ、僕……なんかやっちゃいました?』」
殺そう。
「気持ちはわかるけど、どうせそんな事だとは思ってたけどさ、待って菊池郎。まだ待って」
そうだ。まだ隙ができない。
「そうか。残念だが、地球にエルフはいねえよ」
「「「「「嘘だあああああああああああああああああああッッッッッ!」」」」」
俺じゃない【菊池】の心に深いダメージを与えた。山田はこれを狙っていたのか。やるな。
「それにフィクションの内容をなぞったくらいでハーレムはできないんだッッッッッ!」
世界にダンジョンができる前に『電●男』の模倣をして炎上した山田は、血の涙を流した。
「「「「「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!」」」」」
山田の口撃だけでも再起不能な気がするが、きちんと叩きのめさなきゃな。
「今だ。【山田強化】ッッッッッ!」
山田には【山田】を強化するスキルがある。山田さんや、山田系ジョブ、山田系スキル等々。
俺の【山田剣術】も対象だ。
「【美川強化】でヤンスッッッッッ!」
美川にだって【美川強化】が。
「【青葉強化】ァァァァァ!」
青葉ちゃんにも【青葉強化】が。
「【お優しい中条……『さん』を付けろデコスケ野郎強化】ッッッッッ!」
お優しい中条さんにも【お優しい中条……『さん』を付けろデコスケ野郎強化】がある。
恐らく、現在の世界最強は俺だ。俺よりも遥かに強い英雄が、この半年で次々死んで順位が繰り上がっちまった。
ベスト2から5は俺の仲間4人。俺たちだけでどうにかするしか無い。
「させるか」
いち早く立ち直った【宝くじ】がスクラッチくじを投げる。名刺のように硬いそれが高速で飛んできた。
まずい。想定よりスクラッチくじが速い。しかも狙いは美川だ。チー牛というかリアル牛の体型な上に、俺よりも遥かに反応の遅い美川では避けられない。
構うなでヤンス。
美川の目がそう言っている。
俺は右手を上に、左手を下に構える。
一撃で決める。