2 魔王菊池
「ガハッ……【菊池ヒール】。よくぞ我が偽装を見抜いたな」
姿は人。しかし異形。
「ダンジョンマスターか?」
このダンジョンの最奥にたどり着いて3日。未だにボスらしき魔物に遭遇していない。
「人型の魔物は初めて見るな。言葉がわかるんだろ?答えろ。ダンジョンマスターか?」
俺は拳を握る。
「……【菊池強化】」
俺じゃない。それを使ったのは、異形!
「ようこそ魔王城へ」
背後から一撃。俺は壁に叩きつけられた。
「我が名は【菊池ヶ岡 菊池三郎 菊池ノ助】…………人呼んで【魔王菊池】。死ぬまでの間は覚えていてくれたまえ」
「……ミドルネーム?字とか言うやつか?」
名前に菊池が3つ……だと。
「そうそう。感謝を述べなくてはな。【菊池強化】を広めてくれてありがとう」
「どういう意味だ?」
「我がこの世界ーー地球にスキルをばらまいたのだ。たまたま君に【菊池強化】が振り分けられたと言うわけだ。そして【菊池強化】はフレーバーテキストに書かれてはいないが、スキルに【菊池】を感染させる効果がある」
「貴様が振り分けたのか?あの邪魔なカットインも貴様が?」
「我はそなたらが言う【パチンコ】の世界から転移してきた。彼の世界の仕様をどうしても振りきれなかったのだ。……借金からはたやすく逃れられたのだがなッッッッッ!」
「何を言ってるのかわからん」
立ち上がって服のホコリを払う。
「そうか、そなた未成年か。これは失敬。つい頭頂の後退ぶりで年齢を判断して「殺す」
不意打ちをかわされた。コイツ、やる。
「スキルをばらまいた、と言ったぞ。【菊池強化】はしょせん枝葉よ。して、幹を見せよう。【魔王強化】……」
魔王の圧力で俺は吹き飛ぶ。。
「菊池君ッッッッッ!援護するでヤンス!【菊池カッター】ッッッッッ!」
「気に入らねえが仕方ねえッッッッッ!【菊池スラッシュ】ッッッッッ!」
「菊池郎をブチのめすまでは死なせないッッッッッ!アチョー!【菊池掌】ッッッッッ!」
「億単位は取り立てますッッッッッ!だから死なないで!【菊池ヒール】ッッッッッ!」
さっきまではいがみ合っていたのに、仲間が援護してくれる。
「満開の花も見せねばな。【カットイン共鳴】ッッッッッ!」
魔王が俺の仲間に手を向けた。4人のカットインの枠が虹色に輝き、カットインの中の俺が消えて魔王に変わる。
お優しい中条七瀬さんのヒールの輝きを魔王がまとう。風の刃と剣撃と拳のエネルギー弾が俺へ。
「ガハッ……」
「ほう、原形を留めて……いや、まだ生きてるのか。そなたはずいぶん中途半端に強いようだな。アハハハハハハハ!」
【魔王強化】は名前のまんま。【カットイン共鳴】はスキルごとカットインを乗っ取るスキルか。
「素晴らしい。無駄だとわかっていても立ち上がるか」
「魔王、何が目的だ?世界征服でもするのか?」
「世界征服は手段だ。崇高な目的のためのな。我が目指すのはスローライフだ」
何……だと。
「だからパチンコ屋の無い世界を……」
魔王は床を踏み付ける。
「探したああああああああッッッッッ!」
ズシィィィィィンッッッッッ!
ダンジョンは滅多な事じゃ壊れないのに、床が割れた。
「探したのだ……」
魔王は血の涙を流した。
「地球には、日本にはあるだろ「だからダンジョンに変えたァァァァァァ!」
そう言えばダンジョンは全てギャンブル絡みの場所に現れた。
「俺の……宝くじ一等ッッッッッ!貴様かッッッッッ!」
あの日。そうだ。宝くじを当てたあの日。地球は、日本は宝くじの団体ごと……
「……礼を言う。そして忠告もさせてもらう」
「なんだね?宝くじ中毒からの脱却についてかね?」
「俺の両親は専業農家だ」
わかるまい。
「そうかね。ならばそなたの親御は生かしておこう。ぜひ学ばせていただく」
「両親の実家も専業農家だ」
わかるまい。
「そうか!素晴らしいッッッッッ!恩師が増えたぞ!」
「有機農業一筋だ。わかるか?有機農業一筋なんだ!」
わかるまい。
「そうか!憧れの有機農業スローライフだな!」
わかるまい。
「礼を言う。ダンジョンができたおかげで、ダンジョンを攻略するという口実ができたおかげで……」
わかるまい。
「野良仕事をせずに済んだ」
「なんと不幸な」
「貴様は草むしりをした事があるか?害虫を駆除した事があるか?屋外にだってGは出るんだ」
1匹見つければ、それがGの始まりの合図だ。
「これからスローライフでするのだよ」
「そうか。忠告する。スローライフはフィクションの中にしか無い」
俺は前へ出た。今度はフェイントを入れてから手を突き出す。
「ふごっ」
張った結界をあっさり俺に破られ、攻撃を受けた魔王はたたらを踏んだ。
「農家のカラーはブラックなんだよ。さらに有機農業は漆黒……」
徹夜で白菜の管理をした事があるか?アスパラが3年目を迎えるまで耐えられるか?堆肥の発酵を間近で見た事は?
「それがどうした。あの世界でパチンカスと言う名の無職だった我には、どの職種でも……どれほどヌルい仕事でも、畏怖の対象だッッッッッ!」
「魔王は仕事だろうッッッッッ!」
「スキルがあるから自称しているッッッッッ!」
『世の中を舐めるな』
子守唄がわりに何度も聞かされた。スマホのメールボックスにも両親や祖父母から1日に何百件も届く。
俺の最も嫌いな言葉だ。
「「世の中を舐めるなッッッッッ!」」
それを、俺とヤツが当時に口にした。
前進。
肉薄。
拳と拳がぶつかり合う。
アスパラガスの収穫は3年目から。
10年目まで収穫できるそうです。