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ガラスの靴は、もう履かない。  作者: 蘇 陶華
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車椅子の踊り手が立つ時

莉子は、こんなにも、冷静でいられるんだ。僕は、あのニュースが流れた日から、莉子の様子を見ていた。心配だったから。けれども、彼女は、淡々としていた。まるで、人ごとの様に。僕は、思い余って、唇を重ねてしまった。どうしても止められない衝動があったが、莉子は、その後、僕の唇を両手で塞いで

「まだ、何も始まっていないし、終わっていないの。」

「どういう意味?」

「そのまま」

莉子は、車椅子に乗ると、自操して、コーヒーを淹れにいってしまった。

「藤井先生が、戻って来るまで、完成させたい事があるの。そちらが、優先」

「そうだけど・・」

奥は、少し、しょんぼりする。莉子は、ようやく、掴まりながら立てる様になったが、踊り続ける事は、まだまだ、難しい。一歌だけでも、踊れればいいのだが、今すぐには、困難だ。床うちする時に、どうしても、足首が、曲がってしまう。

「まだ、練習するの?」

「もちろん。」

「見てていい?」

「帰っててもいいわよ。終わったら、連絡する」

「いや・・・待つよ。何があるか、わからないから」

僕は、そう言った後、思い切って、聞いてみた。

「架に、合わなくていいの?」

「いいの」

「まだ、夫婦なんだろう?」

「関係なんて、最初から壊れていた。私を妻と思うなら、どうして、外に子供を作ったの?子供ができないかも知れない妻の前で、子供ができた、認知するなんて言える?」

僕は、言葉を失った。あの時の莉子の苦しみを知っているから。堪えきれない感情は、莉子の人格を蝕んだ。

「受け入れるようとしたわ。だけど、本当に、許す事ができなかった。憎しみが募っていったわ」

「君は、どうして、架に合わせようとしたの?」

「分かり合えると思ったから。架のピアノが好きだった。私も、フラメンコが好きだったから、表現者として、分かり合えると思ったの。だけど、架葉、そうじゃなかった」

「莉子は、ピアノを弾ける架が、好きだったの?彼自身を見た事は、なかったの?」

莉子は、ふと、悲しそうな目をした。

「そうなの。私も、架に申し訳なかった。彼は、私の家族に、お金で、買われた形になっていた」

莉子は、両手で、コーヒーの入ったカップをそっと包んだ。

「架は、ピアノを失い、私も、フラメンコを失った。けど、私は、また、やり直す」

口元には、笑みが浮かんでいる。

「新といると、できそうな気がするから」

そう言われて、僕は、身体が熱くなるのを感じた。自分の身体を取り戻す手伝いができた事は、僕ら、リハビリ士にとって、これ以上、嬉しい事はない。

「一歌だけでも、踊ってみせるわ」

莉子の目が輝いていた。

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