莉子の一歩。思いは、架から離れる
「莉子?」
一瞬、何が起きたのか、理解できなかったのは、莉子だったと思う。出した片足を、何気なく元に戻し、信じられないとの顔をした。
「今って?」
藤井先生の声は、弾んでいた。
「動けるって事?」
「・・・みたいです」
僕が答えると黒壁が、背中を叩いた。
「やったな!」
「いてぇ!」
僕は、目の前で、何が起きたのか、信じられなかった。足を動かせる。あの日に見た事は、幻ではなく、真実だったんだ。莉子は、歩ける。きっと、歩いて、どして、踊れる。バイレに、戻れるんだ。
「莉子・・・歩けるぞ」
「今・・・動けたの?私」
莉子は、床に落ちたケーキを気にしていた。
「ケーキなんて、どうだっていい。気付かなかった?足が・・」
「気が付いたかって?」
「動かしてみて、もう一度」
僕は、莉子の正面に座り込んだ。
「歩けるんだよ。先生。みて」
藤井先生も目を輝かせながら、うなづく。
「でも・・・」
莉子が、自身なさげに答える。いざ、動かそうとすると、全く、動かす事ができない。
「ダメ・・やっぱり。歩けない」
「そうじゃないんだ。莉子。できないって言ってはダメだ」
「歩けないの。歩きたくても、私は、何もできない。黙ってみている事しか・・」
「黙って、何を見るんだい?」
僕が、聞くと黒壁が、腕を引っ張った。
「やめろよ。まだ、早い」
「だけど・・」
「ごめんなさい。話したくない」
「莉子」
莉子は、車椅子の向きを変えた。背中を見せ、俯いている。
「いいよ。話したくないなら」
僕は言った。
「だけど・・・莉子が苦しむ姿は、みたくない。どうして、あんなに、薬が必要になる程、君は、苦しんでいるんだい?」
「そんなに、私が苦しんでいる?」
「知らないのか?あんなに苦しむ姿は、そばにいると辛くなる。何が、君を追い詰めているの?」
莉子は、ゆっくりと顔をあげた。
「私をただの飾りと扱われる事。こんな体になって、子供も産めない。架に言われた事がとても、辛い」
「それは・・酷い」
藤井先生は、絶句した。
「言ってはいけないのに」
「彼は、私を憎んでいる・・・それが辛い」
「莉子」
どうして莉子を憎むのだろう。ここまで、彼女を追い詰める架を憎く思った。僕は、莉子の正面に膝をついた。
「架は、憎んでいないよ。どう、君への思いを表現したらいいか、わからないんだ」
どうして、僕が、莉子への架の思いを代弁しなくてはならないんだろう。
「莉子。今は、希望が見えてきたんだ。もう、車椅子から、離れる時がきたんだ。しっかり、リハビリを続けて、架の呪縛から、離れるんだ」
いつまでも、車椅子のお人形さんでおかない。莉子は、大気を胸いっぱいに吸い飛び立つんだ。可能性が見えた今、架に縛られる事はない。
「さ・・私も、早く楽したいから、莉子には、リハビリを頑張ってもらいましょう」
藤井先生が、床に落ちたケーキを片付けながら、別な皿にケーキをよそって言った。
「莉子。私が居るのよ。しっかり、リハビリするの」
藤井先生の瞳の奥には、深い愛情が宿っていた。