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ガラスの靴は、もう履かない。  作者: 蘇 陶華
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ピアノと引換に、莉子は現れた。

あの時の父親の顔を忘れた事はなかった。もう、ダメかもしれないと思っていた右手は、本当に動かなくなった。右手を引き換えに、得たのは、父親の愛情だった。その裏に、自分に期待する父親の思いがある事は、察していたが、自分を心配する父親が、嬉しかった。両親は、自分の身を案じるが、その思いは、裏腹だった。ピアノを失った事を嘆く母親とピアノを諦めた事を感謝する父親の姿があった。

「リハビリはしません」

リハビリを勧める主治医に、はっきりと告げた。もう、諦めよう。もし、リハビリしても、弾けなかったらと思うと怖い。鉄骨の破片が刺さった事で、腱が戻らなくなった。それを理由にしておきたい。泣き崩れる母親を宥めて、会社の為に、莉子との結婚を決めた。勿論、綾葉との別れも切り出したが、それでも、彼女は追い縋ってきた。ピアノと引き換えに現れた莉子は、自分が今まで、逢った女性達とは、違って見えた。

「眩しすぎて・・・だった」

架は、会社にある自分の部屋から、夜景を見下ろしていた。莉子も、自分と同じく大事にしている物を失った。それでも、自分が、輝く事を止めない。互いに、自分の大事な物を失った者同士、理解できるかと思ったが、莉子を理解する事と愛する事は、違っていた。架から見て、莉子は、違う世界の人間だった。ガラスの中にいるような手の届かない人。いつも、挫折した自分を見下している。自分は、諦める事に理由を付けた。莉子は、諦めない。そんな莉子を憎くも思った。

莉子は、言えるのだろうか。あの夜の事を。莉子を追い詰めるのか、簡単だった。自分でも、最低な夫だと思っている。これ以上、酷い事は、起こらないと思ってた。綾葉との間に、子供ができた事実は、車椅子の莉子を追い詰めるには、十分だった。眠れず、苦しむ彼女は、睡眠導入剤に頼った。睡眠で、抑えられた感情は、無意識の中で、爆発し、暴走した。

「人格崩壊」

に、追い込んだのは、他でもない、自分だ。今、彼女は、あの男と一緒にいる。自分の代わりと知って、あの男は、どう感じているのだろう。どうしても、夜景の中に、莉子のマンションを探してしまう。そのマンソンの中で、莉子は、逢っているのだろうか。

「離婚すれば?」

扉を開けて入ってきたのは、心陽だった。

「どうやって、ここに?」

架は、心陽が直に会社に来た事に驚いていた。

「あんたのカードを借りていたの、忘れていたわ」

心陽は、以前、架から渡された社員カードを、机に置いた。

「莉子の親だって、馬鹿ではないわ。婿が浮気して、できた孫を喜ぶと思う?いくら、莉子が子供が産めない体だとしてもよ」

「僕ら、家族には、子供がいた方がいいと思うけど」

「は?僕ら」

心陽は、笑う。

「無事に産まれればの話よ。あなたの後ろに、くっついているだけの女あんて、あなたは、満足しないくせに」

「無事に産まれればって?」

「言葉の通りよ。莉子が憎くても、あんな女と繋がっているなんて、らしくないわ」

「君とは、違う」

「身辺整理するのね。あの女の子供は、生まれないわ」

「何をしたんだ?」

「何もしていないわ。話しただけよ」

架は慌てて、携帯を取り出した。

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