壊れた心を抱きしめて
久しぶりに黒壁と飲み合ったその日の夜。僕と黒壁は、突然の携帯電話の音で、飛び起きる事になる。
「何の音?」
今時、携帯を止めようとして、黒壁の体に躓いて、思わず、転倒してしまった。
「てて・・・」
半分、寝ぼけながら出た携帯電話の向こうから、聞こえてきたのは、昼間にあった藤井先生の声だった。
「今、来れる?」
「今ですか?」
僕は、時計を見た。もう、明日になっているではないか?
「どうしたんですか?」
「莉子が・・・ね。新君、しっかり、見るのよ」
「莉子が?」
「彼女の心の中を見るのよ」
「今、そこへ、行きます。住所、教えてください」
僕は、黒壁を叩き起こした。二人とも、飲酒していて、運転はできない。かといって、タクシーがこの時間に捕まる訳がなく、黒壁の後輩にお願いして、迎えに来てもらった。
「いいのかよ・・・俺まで、ついてきて」
「一緒に来てほしいんだ」
僕、一人で、現実を受け止められるだろうか・・・僕は、黒壁についてきてもらった。莉子の状態について、師る権利がある。彼女の心の中をのぞいて見たい。
僕らは、互いに無言で、30分もすると、藤井先生のマンションに着いていた。
「先生?」
ドアのロックを解除して、中に入ると、室内は、静まり返っていた。
「本当に、ここなのか・・・」
黒壁は、帰師、手を振ると、僕の先に立って部屋に入っていく。玄関の素麺には、フラメンコのスターらしくシージョが中央の壁に飾られ、幾つもの写真が並んでいた。足元を照らすライトにそっと歩いていく。
「藤井先生?」
僕は、小声で、何度か先生の名前を呼ぶ。
「新?」
突然、暗闇に藤井先生の顔が浮かび上がった。
「来てくれたのね」
そう言いながら、手招きをする。
「一体、どうしたんです?」
黒壁と顔を見合わせながら、奥の部屋に入って行く。
「ここよ・・・」
ため息をついた藤井先生が指差す方向の床には、長い髪の女性が這いつくばり、こちらを見上げていた。
「え?」
女性の顔は、涙で、濡れていた。何かを小声で呟きながら、首を振る。その度に長い髪は、振り乱れ、女性の顔を覆った。
「だいぶ・・・落ち着いたけど」
「落ち着いた?」
僕は、生唾を飲み込んだ。ここにいる髪の長い女性は、まさか、莉子?
「莉子?なのか?」
黒壁が僕より先に、驚愕した。床に両指を突き刺し、四つん這いで、蠢く姿が、莉子だなんて、考えたくない。
「興奮して、止まらなかった・・・ようやく、落ち着いてきたんだけど・・・」
まともではない。
「莉子・・」
僕は、思わず駆け寄った。
「何をそんなに、苦しんでいるんだ・・」
背後から、抱きしめる。
「一人で、苦しまないで欲しい」
細いこの体のどこに、そんな暴れる力があったのか、その部屋は、荒れに荒れていた。
「不思議ね・・・気付いたら、手当たり次第に物が飛んでいてね。莉子が泣き叫んでいた。」
藤井先生も辛そうだった。
「これが、架の言う人格だったのね」
莉子は、僕の腕の中で、ぶつぶつ何かを呟いているのだった。
「莉子・・・大丈夫だよ・・・僕がいる。莉子」
思わず、腕に力が入る。