疑惑
扉の隙間から見えた光景に僕は、声を失って飛び込んでいった。
「莉子?」
確か、心陽は、何でもないって言っていたよね。それすらも、嘘なのか?莉子は、車椅子から下に倒れ、その車椅子は、何故か、二つに折れていた。
「一体、どうして?」
僕は、倒れている莉子を抱え、何度も、声を掛けながら、息があるのかを確認した。声をかけると少しだけ、瞼が動く。浅いようだが、呼吸はある。幸いな事に、唇には、チアノーゼはなく、指先に冷感はない。
「莉子!莉子!起きて!」
車椅子から転落したにしては、どうして、こんな事に?硬膜下血腫の既往歴もあるから、事態は一刻を争う。
「あぁ・・・」
大きく呼吸をして、莉子は、うっすらと瞼を開けた。
「良かった・・・万が一もあるから、今、救急車を呼ぶから」
僕がバックから携帯を探し出そうとするのを、莉子は、そっと止めた。
「待って・・・」
頭を起こし、そっと壁にもたらせる。
「おかしな事がある」
「何が?」
莉子は、
「う・・・ん」
と言って、頭を振った。
「やっぱり心配だから」
僕が救急車を呼んでいる間、莉子は、自分の車椅子を指さす。
「変だと思わない?」
「変?」
指された車椅子は、床に転がっていて背もたれの部分が半分に折れていた。
「こんな簡単に壊れるものなの?」
僕は、車椅子の転がっている絨毯の上を丁寧に、指先で、探し回った。こんなに、不自然に車椅子が壊れる訳がない。まして、障害者用の車椅子だ。軽量かつ丈夫に出来ている。
「これって・・・」
指先に何かが、刺さるのを感じて、掴み上げると一本のボルトが光って見えた。
「これって・・」
莉子は、じっと僕の指先を見つめた。
「簡単に外れる物なの?」
「まさか」
救急車の音が近づいて来たので、僕は、莉子を抱え、マンションのホールまで、連れていった。
「こんな事今まであったの?」
「今まではなかったと思う」
たまたま、ボルトが緩んでいたのか?背もたれが外れて、莉子は、後ろから転倒していた。
「大丈夫だとは、思うけど、硬膜下血腫をやっているから、念の為、頭の中を見てもらおう」
「私、一人で、病院に行くの?」
僕は、言葉に詰まった。普通なら、ここで、夫に連絡すべきだろう。でも、何か、引っかかる事があった。
「僕も・・・ついて行くよ」
マンションの前に救急車が到着した。救急隊員に申し送りをする中で、莉子の保険証が必要になり、僕は、莉子に断って、部屋に戻り、保険証を探す事になった。
「人の家を探し回るのは、嫌なんだけど」
空き巣みたいに、莉子の部屋で、保険証を探し回る。その時に、僕は、通りかかったキッチンの棚の扉が開いているのが気になった。
「莉子は、届かないから仕方がないか」
そう思いながら、扉を閉めようとした時に、目に入ったのは、大量の薬袋だった。
「これって・・・」
たくさんの睡眠導入剤だった。