相反する者
僕の前で、ステージは、進められていく。煌びやかな衣装は、曲毎に異なり、一眼でその踊り手が、ストーリーを表現している。藤井先生が、ステージの始まる前に、挨拶をしていた。
「フラメンコは、人生と同じ」
悲しさ、怒り、喜び。そして、切なさを表現していく。僕が、莉子に抱いた思い。それは、切なさから、始まった。外来のホールで、見かけた莉子の後ろ姿。誰かを待っているのだろうか。来ない人を待つ莉子の後ろ姿に、言われのない切なさを感じていた。踊りの中には、ストーリーがあり、歌い手の声が伸びやかに、響いていく。
「だからね・・・嫌なのよ」
床を打ちつける音が、次第に大きくなっていく。
「何が?」
僕は、耳元で囁く。ホール内に、歌い手とギターのリズム。莉子がやるはずだったパルマ。靴の音。全ての音が絡み合い踊り手を絡みとっていた。僕の側で、ステージを見ていた心陽は、再度、つぶやいた。
「騒々しい」
「え?」
振り向いて心陽の顔を見てしまった。苦々しく呟くと、苛立った顔で、首を振る。
「だから・・・嫌いなのよ」
そう言うと僕の服の裾を引っ張る。
「莉子がいないのに、見ているつもり?」
「そのつもりだけど」
「ばかね。あなたも」
「意味がわからないよ」
フラメンコを見ている事がどうして、ばかなのか?
「関わらない方が良かったのに。莉子は、あなたの物にはならない。ずっと、籠の中の鳥が似合うの」
「随分、酷い事を言うんだね」
勝手について来て、言いたい事を並べる心陽に腹が立った。
「酷い事?酷いのは、どちらなのかしら?あんたは、莉子をよく知らない」
「何だって!」
僕らが言い争いを始めたので、周りの人が顔を顰め始めた。僕は、心陽の口車に乗らないように、無視する事にした。莉子が出る筈だったステージを見ておきたい。フラメンコのレッスンは、何度も見てきた。けど、本番は、初めてだった。心陽に振り回されたくない。
「帰るわ」
無視を決められて、心陽は、立ち上がった。
「莉子が大事なら、もう、逢わない事ね」
そっと僕に耳打ちする。
「期待させておいて、裏切る事になるのよ」
「どういう意味?」
周りに迷惑をかけそうなので僕は、心様に付いて、ホールを後にした。
「意味深な事ばかり言って、気が散る」
「呑気に、見ている場合なのかしらね」
「莉子に何かあったのか知っているんだろう?」
僕が莉子に逢う事を邪魔するように、彼女は、ステージを見に連れ出していた。最初は、莉子が僕に逢う事を拒んだ為かと思っていたが、そうではなかったようだ。
「絶対、結ばれないのに、どうして莉子に逢いに行こうとするの?あなたと莉子は住む世界が違う」
「そう言う君も、必ず、莉子と同じ位置にいる訳ではないな」
今まで感じていた違和感。心陽。この女性は、莉子に悪意しかない。彼女がどうして、莉子に悪意を持つのかは、莉子の夫と同じピアノが原因だろう。
「莉子に逢う時は、今の私の言葉を思い出すのね」
僕は、心陽に口を開きかけたが、藤井先生が顔をだしたので、心陽から、すぐ離れた。僕がホールから出ていくのを見つけて、ステージの合間に抜け出してくれていた。
「大丈夫だった?」
真っ先に心配していたのは、莉子の事だった。