莉子のリハビリ計画書
結局、僕は、藤井先生のペースに乗せられ週末は、リハビリ師として、スタジオに通うようになった。日々の仕事を忙しくこなし、カンファレンスにも参加し、莉子の様なケースを調べていった。
「あの時、確かに足先が動いた」
転倒した時に、外れ飛んだスリッパが、莉子の足先を露わにし、微かに動いているのを知らせてくれた。生理的な反応ではない。元々、莉子の体は、体幹が鍛えられていた。治療の為に、幾分かの筋力の低下は、見られていたが、必要な筋肉量を増やす為、管理栄養士に、相談し、1日のメニューも考えてもらった。血流を良くする為のマッサージ。これは、スタジオの女性達にお願いし、僕は、週に2日。拘縮しないように、動きを確認し、服薬の確認まで、行ってった。
「一緒に住めばいいのに」
藤井先生は、事ある事に、僕を冷やかした。莉子のリハビリに僕の気持ちを利用しようとしているのは、明らかだ。車椅子の莉子は、確かに立って、踊る事は、できないが、パルマとして参加している姿は、流石だった。ただの患者さんではない。生き生きと、踊り手のリズムに乗りながら、拍をって行く姿は、見事だった。主役は、踊り手と、目がいってしまいがちだが、僕は、リハーサルの間、莉子の姿に釘付けになる。
「莉子の送迎は、私達がやるから、先に帰っていいのよ」
スタッフが莉子の送迎を担ってくれていた。僕が、送迎をすると、旦那さんと逢うのは、不味いと言うのだ。
「やましい事なんか、ないんでしょう?送らせたら?」
CDの確認をしながら、藤井先生が言う。
「一度、戦ってしまえばいいのよ。莉子には、その位価値がある」
「いえいえ。僕は、大丈夫です」
「何が、大丈夫なのよ。叶わぬ恋愛も、芸のうちなのよ。莉子に平凡は合わない」
「そんなメチャクチャな」
「そうね。可愛い婚約者がいるんですものね」
「また・・・先生!」
「結婚の約束は、誰がしたの?そんなの、簡単に破れる約束よ」
藤井先生は、一蹴した。
「今の子達は、楽な恋愛しかしないのね」
あまりにも、毒気ついて、No.2の蘭先生に、止められていた。心陽は、確かに婚約者と言っているかもしれないけど、僕にとっては、妹でしかない。五日、きちんと話さなきゃならない。スタッフさん達のストレッチは、いつしか、僕の仕事になり、何回か、リハビリの回数も増えていった。僕の感覚では、掴まりながらだけど、立ち上がりから、立位保持する時間が、伸びていっていた。本当に少しずつ、何だけど、もしかしたら、歩けるかもしれない。僕には、希望が見え始めていた。そんな時だった。スタッフさんが、僕にあるチケットを持ってきた。
「彼氏が、行けなくなったので、新君。誰かと行ってきたら?」
花火大会の観覧席だった。
「彼女さんとどうぞ」
「ちょっと、何言ってんのよ。あんな乳くさい子と言ってもつまらないでしょ」
藤井先生だった。
「莉子!行ってきなさい」
「は?」
「ダメですよ」
僕らは、同時に答えてしまった。
「何言っているの?いろんな所に行くのも、リハビリでしょ?あなたが、ついているなら、安心だし、莉子にも気分転換させなさい」
「でも・・」
莉子が何かを言おうとすると、藤井先生の右眉が跳ね上がった。
「いつも、下ばかり見ているから、空いっぱいの花火を見てきなさい」
「それなら、先生も!」
「ZZZZ」
藤井先生に睨まれた僕は、莉子と花火大会に行く事になった。