猜疑心だけが、育っていって
自宅に通う家政婦が、迷いながら打ち明けたのは、心陽が遊びに来てから、2から3日後だった。
「ベッドの下にあったのは、奥様のですか?」
迷いながら、家政婦が差し出してきたのは、莉子の物とは、程遠い口紅だった。
「私のベッドの下にあったの?」
「いえ・・」
家政婦は、下を向いてしまった。架に恋人がいるのは、知っている。だけど、最低のルールだけは、守ってくれていると思っていた。自分の留守中に、他の女性を招き入れる事は、しないと思い込んでいた。聞くと、架のベッドカバーには、長い髪がついていたと言う。自分は、手術の為、髪を剃ってしまっていて、ようやく、伸びたものの、髪は、短い。決して、長くはないし、架のベッドに行った事は、なかった。
「わかったわ」
莉子は、家政婦に口外しないように伝えると、いつもより、早く帰宅させた。
「何だろう・・・」
哀しくて、涙が出てくる。新に焼き餅を焼いて、無理矢理、帰宅させたのではなかったのか。少しでも、自分を気にかけてくれたのでは、ないのか。全て、一人よがりなのか?悔しくて、涙が出ていった。
「心陽。聞いて」
莉子は、思わず、心陽に電話した。
「信じなきゃ、ダメよ」
心陽は、莉子を励ました。
「夫婦なんだから。架さんを信じてみたら?信じられない何かがあったの?」
「別に、ないけど・・」
「本当?何か、あったら、いつでも言ってね」
気のせいか、心陽の声が弾んでいた。電話を切って、何人か、フラメンコ仲間から、電話があった。
「先生が、会いたがっている」
レッスン仲間が、そう声をかけてくれた。莉子は、藤井とすぐにでも、話をしたいと思っていた。
「ステージに立つ事が一番のリハビリよ」
藤井は、言った。だけど、まさか、個人的に新に、スタジオでのリハビリを頼むなんて。
「先生。どうして?」
カフェの帰り道、運転する藤井に思い切って、声をかけた。
「何が?」
「初対面の彼に、私の事を頼めるんですか?」
「う・・ん。私との付き合いって、どのくらいだった?」
「それは、そこそこ長いかと」
「スタッフ達とは?」
「まぁ・・それなりに」
「あなたが、思うよりあなたの事を知っているつもりよ。皆、あなたの事を心配していた」
藤井は、少し考えながら言う。
「どうして、ステージでは、あんなに、感情表現ができるのに、こうも下手なのかね」
ちらっと、ルームミラー越しに莉子を見やる。
「フラメンカらしく、生きるのよ」