二人の時間が停まる
カフェに入った瞬間、背を向けていた人が、誰だかわかった。病院で見ていた素顔とは違って、メイクをした表情は、僕の知っている面とは、全く、異なっていて、僕は、一眼みた瞬間に、自分の気持ちに動揺していた。
「どうして?ここに?」
莉子だった。表情から、驚きが見て取れた。もう、二度と会えないと思っていたのに。逢えたらいい位に思っていたけど、実際、莉子の姿を見たら、僕は、動揺していた。病院にいた時とは、違う鮮やかな姿に、僕は、消沈した。逢えない事で、落ち込んでいたのは、僕だけだったのか。莉子は、なんて、生き生きとして、輝いて見えるのか。
「えっと・・」
しばらく、見つめ合ったまま、動かない僕達に、周りが、気づき始めた。七海が、僕と莉子の顔を見比べて、確かめる様に言う。
「知り合い?」
そう言いながら、僕の腕にしがみ付く。
「あ・・・うん。」
しがみつく七海の体から、僕は、少し、離れてみる。七海は、不審な目をして、僕らを見上げる。
「変よ。新」
「いや・・・患者さんだったんだ。元気になって、良かったと思って」
口の中の水分が、一挙になくなる。
「あれ?莉子。知り合い?」
テーブルの奥にいた髪の長いやたら顔の小さな女性が、僕に気付き声をかけて来た。莉子同様、手足の長いモデルの様な女性だった。
「えぇ・・・えと」
莉子は、慌てて、その女性に説明した。
「リハビリで、お世話になっていた先生なんです。」
「そ・・・そうなんです。まだ、リハビリが途中で、退院されたので、どうしているかなと思っていて」
僕は、聞かれてもいないのに、ペラペラ喋ってしまった。
「そうなの?」
その女性は、僕と莉子の様子を交互に見ていた。
「あの・・・私のフラメンコの先生で」
莉子は、僕と七海の様子を見ながら、女性に説明する。
「藤井と言います。莉子のリハビリの先生だったの?」
藤井先生は、僕と七海に、同じテーブルに来るように、スタッフに椅子を準備させる。
「丁度良かった。」
僕と莉子の顔を見ながら、微笑む。
「次のステージの事で、莉子に話があったの」
「それなら、僕らは、失礼します」
七海が帰りたそうな素振りをしているので、僕が席を立とうと立ち上がると
「先生。協力して欲しいの」
藤井先生は、僕を引き止める。
「莉子を復帰させたいの。立つ事は、直ぐには、無理かもしれないけど、できる事はあるの。このまま、籠に閉じ込めておくつもり?」
強い口調に止められてしまった。
「あなたの返事次第で、莉子がステージに戻られるか、決まるわ」
「ちょっと、待ってください。僕は、もう、担当でないはないし」
莉子の夫が、認める訳がない。
「このまま、途中で、諦めるつもりなの?あなたは、プロなんでしょう?」
「そうですけど」
莉子は、黙って僕らのやりとりを聞いている。
「今回だけ、協力してちょうだい」
僕は、返答に困って、莉子の眼差しを見ている。それまで、話を聞いていた七海が口を開く。
「新。式まで、時間があるから、お手伝いしてみたら」
式の話なんて、出ていないのに、結婚を匂わせた七海の発言に、その場に居た人達の目が、僕らに一斉に向けられた。
「あ・・あの。僕らは・・」
僕は、誰に言い訳しているんだ?
「結婚するんです。私達」
七海が、ぐいっと、僕の腕にしがみついた。