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ガラスの靴は、もう履かない。  作者: 蘇 陶華
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歩けないと、逃げる事もできないの。

言葉を交わさず、この場を去ろう。莉子は、そう思っていた。新と一緒に夜景を見れた事は嬉しかった。架や両親の思いもあって、リハビリをさせてもらっていたが、新を知る事で、心の中に漣が立っていた。自分を助けようと外壁の雨樋を伝って、来て暮れた時は、嬉しかった。自分の為に、その身を顧みず、身を挺してくれた人は、初めてだった。ためらいがちに、重ねてくれた唇も、莉子には、考えられない位に嬉しかったが、そこから先に、進んではいけないと感じていた。歯止めが効かなくなる。育ちのいい新に、自分は、重荷すぎる。躊躇いがちに震える唇が、それを告げている。彼は、まだ、子供すぎる。自分と同じ道を歩く事は、できない。病院に戻った時の、架の狂気を目にすると、ますます、新を巻き込んではいけないと思っていた。

「帰る準備をして」

頬を殴られた新を心配する間もなく、車椅子を押されながら、莉子は言った。

「あなたの居るマンションに帰るわ」

顔を見なくても、わかる。私を思って、殴ったのではなく、自分のプライドで、新を殴った事が。マンションに帰ると言っても、本当は、困るはず。背中を向けていても、架が、ハッとしたのが伝わってくる。

「マンションが嫌なら、ホテルを用意して。もう、ここには、居たくない」

「わかった。すぐ、マンションに帰ろう」

そう言った後で、誰かに電話する架。電話する相手は、きっと、あの人よね。架の影に誰かが居ると気付きながら、怖くて、その影を知る事ができなかった。あの事故で、病院のベッドで、目覚めた時、何が起きたのか、わからなかった。

「可哀想な莉子。あんな男と一緒にするんじゃなかった」

母は、泣いて、父を責めた。

「何が起きたの?」

事故の前の記憶がない。異聞を見つけて、救急車を呼んでくれたのは、心陽だった。

「少し、出てきていいか?」

架とのマンションは、病院から高速で、1時間の距離ですぐ着く。自宅に戻ると、荷物を片付けるのも、そこそこに、架は、外へと出ていった。いつも、こうだった。一人で、過ごす夜が、また、始まる。自分の部屋に戻り、携帯を開くと、いくつか、着信があったのが、分かった。

「先生?」

フラメンコの師匠、藤井先生からだった。莉子が、事故に遭う前に、スペインに親子で立ち、ようやく、日本に戻ってきたのだ。

「莉子?聞いたわよ。なんて、大変だったの?」

先生の声を聞くと、堰を切ったかの様に涙が溢れてくる。

「いいリハビリ師に、たくさん見てもらうのよ。良くなった人がたくさんいるから、あなたなら、戻ってこれるから。泣いているの?莉子」

莉子は、必死で、話そうとするが、涙が詰まって声が出ない。

「莉子。逢いに行くから。待ってて」

藤井先生は、娘を留学させる為、一緒に、スペインに行っていた。その娘は、まだ、高校生で、莉子を姉の様に慕っていた。家族の様な付き合いだっただけに、声を聞くと涙が止まらない。

「先生。私、もう、踊れないかも」

消え入りそうな声で、莉子は、話しかけていた。


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