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ガラスの靴は、もう履かない。  作者: 蘇 陶華
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お天気雨と優しい嘘

一度でもいい。僕は、思い切り親の期待を裏切りたい。何度、そう思った華。

「僕に、期待しないでくれ!」

何度、そう叫ぶ衝動に駆られた事か・・・。だけど、結局、親の悲しむ顔を見たくなくて、親を喜ばせるため、親の敷いたレールの上を歩く、僕がそこに居た。ただ、親がレールを敷きたくても、どうにもならない事がある。それは、僕の度量である。偉そうに言う訳では無いが、親は、いわゆるエリートの医者だった。勿論、二人共。忙しい2人に代わって、僕は、祖父母やお手伝いさんに育てられた。親と一緒に、休みの日に、どこかに出掛けたなんて、記憶は、そんなにない。最初、親は、僕に期待して、たくさんの塾や習い事に、時間を費やした。けど、僕には、身に付かず、多額のお金を捨てる事になった。僕は、あまり、勉強ができる方ではなかった。残念ながら、脳より、筋肉に、栄養がいってしまった様だ。だから、僕が親と同じ医者を目指すべく、医大を目指しても、良い結果を得る事はできなかった。両親は、落胆した。せめて、同じ医療をと言う事で、僕に、機能訓練士の道を歩かせる事にした。柔道整復師。鍼灸師、時間とお金をかけ、なんとか、同じ病院で働かせようとしていた。同じ病院で、院長の息子という目で、見られ、人並みの僕は、息が詰まって仕方がなかった。転機が訪れたのは、あの震災の年だった。僕は、支援という目的で、地方の病院に行く事にした。海辺の病院で、機能訓練士として働く事にした。そこの市長は、復興に力を入れており、医療機関の誘致に力を入れていた。僕は、親に上手い事を言って、離れる事に成功した。3年後には、都会に戻るという約束の元に。当然、僕も、年頃だから、恋人はいた。親の知り合いで、紹介されて、何となく、付き合い始めた彼女。紗夏。高級ブランドの似合う彼女は、僕とは、全く、釣り合わない高嶺の花だった。どうして、僕の側にいるのか、不思議だったが、やがて、親の病院を継ぐから、離れたくないのだと、悟っている。当然、僕の転職に、紗夏は、猛反対したが、結局、黙って認めるしかなかった。僕は、彼女からも、自由になりたいと思っていたのだ。新しい街で、誰の目にも縛られず、僕は、僕自身の人生を歩んでいきたい。僕が、配属されたのは、急性期のリハビリ棟だった。機能訓練士と作業療法士が、協力し合い、重度の患者のリハビリを行なっていく。僕は、この仕事にやりがいを感じていた。寝たきりで、歩けなかった人が、少しずつ、歩ける様になっていく姿に、感動し、感謝の言葉に涙した。そんな僕が、出会ったのが、車椅子の女性。莉子だった。

「発見が、もう少し、遅れていたら、亡くなっていたそうよ」

看護師の杏が、そっと、耳打ちした。

「旦那さんは、出張で不在だったんですって」

莉子は、夫の出張中に倒れてしまい、偶然にも、訪ねてきた友人に助けられたらしい。緊急手術が行われたが、彼女の両足は、失望的だった。

「ああやって、外で、旦那さんが来るのを待っているのね」

莉子は、ロビーに出て、行き交う人達の波を見ていた。外来の行き交う患者。入院している者の家族。外は、晴れていると言うのに、雨が降り出している。彼女の目は、空で、悲しい色をしていた。

「仕事が忙しいとかで、なかなか、旦那さんは、現れないみたいよ。出張なんて、本当なんだか?」

お喋りが過ぎると師長に睨まれ、杏は、慌てて、午後の検温へと飛び出していった。僕も、リハビリのメニューは、詰まっている。彼女の番なのだが、あんな悲しい目を見てしまったら、声をかけるのも、躊躇ってしまう。

「喉、乾きませんか?」

僕は、彼女に、何て、声を掛けようか、悩んだ末に、そんな言葉を選んでいた。

「え?」

彼女は、驚いて、僕の顔を見上げた。

「動く前に、少しでも、水分、摂った方がいいよ。順番来てんだ」

「あ・・」

莉子は、自分の足元を見下ろした。

「リハビリなんてしても」

莉子の下半身は、硬く、冷たい。

「無駄だと思うの」

トイレにすら、一人で、行けない。莉子は、生きる気力を失っていた。

「時間が、もったいない」

頭部を覆う包帯が痛々しい。

「僕。ここに来て、まだ、日が浅いんだ。サボっているとまた、怒られるから、リハビリしているふり、付き合ってくれる?」

まだ、そんなに、リハビリする内容もない。莉子は、僕を見上げ、躊躇いながら、うなづいた。

「少しだけなら」

「よし」

僕は、莉子の車椅子を押しながら、リハビリ室に向かっていった。

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