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彼女の人付き合い

 金曜日の学校というやつには、不思議な高揚感がある、理由はたった一つ。この日を乗り越えれば、待ちわびた休日だからだ。

 以前のように校門で伊勢崎さんの待ち伏せを食らった僕は、二人で話しながら教室へと向かっていた。

 

 あの後、伊勢崎さんは清香の本性を見たらしい。清香の冷たくて、諦観の滲んだ本性は、普通の人なら関わりたくないと思うようなものだろう。それでも清香と付き合うことを決めた伊勢崎さんは、思っていたより度胸があるようだった。


「いやあ、でも伊勢崎さんが清香の本性と付き合える人で良かったよ」

「渡辺君、やっぱり全部知っていて彼女を紹介したんですね。ひどくないですか?」


 むくれる彼女は、常とは違い幼く見えた。


「いや、清香は外面のいい顔だけ見せて協力してくれると思ってたんだよ。だいたい、僕の記憶の中では、彼女が同級生に本性を見せるなんて、僕くらいだったからね。そういう意味で、伊勢崎さんは特別だよ」


 クラスに後ろのドアから入る。すると、いきなり僕の進路を塞ぐ影が現れた。なんだ、また水口さんが突っかかって来たかと思うと、意外な事にそこに立っていたのは先ほど話に出ていた清香だった。


「……なんだよ」


 清香はニマニマと楽しそうに笑っていた。……この笑みを浮かべている時のコイツは、大概ろくでもないことを考えている。

 可愛らしい顔のままで、彼女は俺の顔に堂々と指をさした。


「喜ぶがいい、少年よ! 貴様に我がクラスの二大美人と同時にデートする権利を差し上げよう!」


 瞬間、クラス中の視線が僕に突き刺さった。


「ええと、質問よろしいでしょうか」

「ふむ、言ってみ給え」


 偉そうに胸を叩く清香。


「二大美人とは誰のことでしょうか?」

「なに? 君は『百獣の王ってかっこいいよね』と言われたら、『百獣の王って何のことですか?』と聞く阿呆かい?」


 よく分からないたとえ話を持ち出してくる清香。


「……つまり?」

「クラスの二大美人と言えば、他でもない! 私と! 君の隣にいる伊勢崎さんのことだよ!」


 堂々と言いきった。こんなことを自信満々に言えばやっかみの一つでも受けそうなものだったが、そういう視線は全く感じなかった。清香はもう既にクラス中の女子を掌握したらしい。


「デート……なぜ?」

「なんだ君。もっと嬉しそうな顔をしろよ」


 つまらなそうに呟いた彼女は、咳ばらいしたかと思うと、もう一度明るい声で話し始めた。


「私と伊勢崎さんを繋げたのは正人でしょ? 君には、私たちの友情の行きつく先を見届ける義務があるんだよ。そういうわけで、土曜日、ボーリングね。朝迎えに行くから!」


 一方的に宣言した清香は、そのまま僕に背を向けると、自分の席へと向かっていった。

 

 でも、僕に張り付いた視線は全く消えなかった。

 この視線はあれだ。なんであいつが、とか、羨ましいとか妬ましいとかそこ変われとか、そういうものだ。

 特に男子からの圧がすごい。話したこともないのに敵視されていそうだ。


「……はあ」


 清香が何を考えてこんなことしたのかは分からない。


 というか、長い付き合いだがアイツの考えを完全に理解できたことなんて一度もない。清香は僕とは違う天才だ。その思考を読むことなんて、きっと誰にもできない。


「伊勢崎さんは何か聞いていたの?」


 小声で聞くと、伊勢崎さんがごにょごにょと話し出す。

 相変わらず声が小さくて、僕は彼女に余計に近づくことになった。少し鼓動が早まる。


「私は土曜日の予定は聞かれました。でも、まさかこんなことになるとは……」


 どうやら清香の独断で僕らの土曜日の予定は決定されてしまったらしい。

 僕自身は清香の奔放さに慣れているが、伊勢崎さんは初めてで当惑しているようだった。


「僕から清香に断っておこうか?」

「いいえ。そこまでしてもらうわけにはいきません。……それに、こうやって強引に誘われるのも初めてなので、ちょっと嬉しいんです」


 伊勢崎さんは、控えめに笑った。相変わらず、素の口調で話している時の自然な笑顔は常の凛々しい様子とは違って可愛らしい。顔が赤くなっていないか不安だ。


「……そっか。じゃあ、また土曜日に会おう」

「はい」


 僕らはひそひそ話を終わらせ、自分の席へと向かおうとした。

 しかし、伊勢崎さんを呼び止める声があった。


「麗様!」


 大きな、少しだけ上擦った声に、伊勢崎さんは優雅に振り向いた。


「……どうしたのかな。水口さん」


 いつの間にやら、いつもの王子様みたいな口調に戻っている。

 話しかけていた水口さんは、次の言葉を紡ぐことを躊躇しているようだった。けれどそんな彼女の背中を、数名の女子生徒が勇気づけるように押していた。

 

 伊勢崎さんの方へと押し出された水口さんは、やがて覚悟を決めた顔で口を開いた。


「──あの、あたしたちともお話しませんか?」


 震える言葉に、伊勢崎さんは微笑みながら首肯した。

 すると、返事を待っていた女子生徒たちが、一瞬で伊勢崎さんを取り囲んだ。すぐに、質問の集中砲火が始まった。


「麗様はボーリングがお好きなんですか?」

「ていうか何が好きですか? 何食べてたらそんな美しくなったんですか?」

「好きな本とかありますか? 私、麗様と同じもの読みたいです!」

「どうしてそんなかっこよくなれたんですか?」

「あの冴えない男とデートするなら私とデートしませんか? 女同士なんて些細な問題です。快楽の渦に溺れる暑い夜を一緒に過ごしましょう!」


 ……一人危ない雰囲気の人がいるな。

 

 そのまま好き好きに話し出す女の子たち。各々が自分の話を始めてしまうので、一人一人が何を言っているのかいまいち聞き取れなかった。けれど、少しでも伊勢崎さんと話がしたいと思っている彼女たちは夢中で、それに気づいていないようだった。

 混沌とした状況に、伊勢崎さんは待て、とでも言いたげに静かに右手を突き出した。それだけで、あれだけ姦しかった彼女らの口がピタリと止まる。


「後で、一人一人の可愛らしい声を聞かせてくれ。皆の話をゆっくりと聞きたいところだけれど、このまま話していたら先生に怒られてしまうよ」

「「は、はい!」」


 焦ったように返事をする女子生徒たち。時計を見ると、ちょうど朝のホームルームの時間が迫っていた。


「すごいなあ……」


 思わず、呟いてしまった。一人でたくさんの女子生徒を惹きつけてしまったことはもちろんだが、何よりも好き好きに話していた彼女らを、あっさりと統率してしまった。

 僕の接している、普通の女の子な伊勢崎さんが噓だったみたいだ。

 

 やっぱり、君は特別だ。どれだけ演じていても、皮を被っていても、それだけ人を惹きつけられるのなら、それはもう君の長所だ。

 けれど、憧れから友情が芽生えるとは限らない。伊勢崎さんを取り囲んでいた女子生徒の目に写っていたのは、遠い存在へと向ける憧憬だった。

 

 なるほど、伊勢崎さんに友達を作るというのは、存外難しいらしい。


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