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まじめにやりなさいよ!

 僕と伊勢崎さんは、あの後ゆっくりと二人を追い、合流した。

 ところ変わってイオン内部。生憎の天気ながら休日の今日、店内はそれなりの人で賑わっていた。通りかかる人が一様に白いビニールに入った傘をぶら下げているのが、なんだか印象的だ。


「どこから行く?」

「服なら三階からじゃない?」


 エスカレーターに四人縦に並んで乗る。左側に一列に並んでいる僕らだったが、空いている右側を歩いていく人は誰もいなかった。

 清香はその様子を、何か奇妙な昆虫でも眺めるような目で見ていた。

 エレベーターから降り立つ。そこから少し離れると、清香がくるりと振り向いた。


「さてさて、それでは開幕です! 仁義なき! 女だらけのファッションバトル! はい拍手!」


 ぶんぶんと手を振り回しながら宣言した清香に、ぱちぱちとやる気のなさそうな拍手が浴びせられる。


「テンション低いよ皆! 今日の天気みたいだよ!」


 そんなこと言われても……。


「ところで僕は、みんなが服を選んでる間どうすればいいのかな?」

「付き合ってよ。みんなが手に取った服に対して、『いいね』とか『似合うと思うよ』とか『最高だね!』とか言うの」


 僕には肯定しか許されていないのか……。


「制限時間は一時間半! 予算は一万円以内! 最低でもトップスとボトムズを一枚ずつ買うこと! 正人の貸し出しは私から順に三十分とします!」

「ええー。いらないわよ」

「ダメです。返品不可です」 


 水口さんが心底嫌そうに言ったが、清香はあっさりとそれを拒否した。


「じゃあ解散! 十二時にこのあたりにコーデを着て集まること!」


 めいめいに散っていく女の子たち。僕はスキップでもするように歩いていく清香の後ろに付いた。

 早速,僕の幼馴染は明るく話しかけてきた。


「正人と二人で買い物なんて久しぶりだねー。小学生以来?」

「そうかもな。僕は中学生の頃、清香と二人きりになることを避けていたから」


 中学生の頃の僕は、つまらない嫉妬に振り回されていた。絵の才能に恵まれなかった僕は、才能に恵まれた清香が妬ましかった。

 

 そして、清香と付き合っているなんて噂が立てられることがどうしても嫌だった。それはたぶん、特別な彼女が、普通な僕程度と付き合っているなんて思われて欲しくないと思っていたからだ。僕は、彼女が憎いのと同時に彼女を尊敬していた。

 清香もそれは薄々察していたらしい。彼女は無理に僕と距離を詰めることはなかった。その結果、中学生の僕と清香の間には、大きな溝みたいなものがあったと思う。


「そんなに私と比べられることが嫌だった?」


 清香は声を低くして問いかけてきた。その声は、機械みたいに抑揚がない。きっと今の彼女は、あの無機質な無表情を浮かべているのだろう。


「嫌だよ。だって僕は普通で凡人で、劣等感が人並み以上にあった」

「誰が誰をどう思うかなんて、意味のないことだと思わない?」

「じゃあ清香はどうして皆にいい顔をするんだ?」

「だって、そっちの方が楽だから」


 普通逆じゃないか、なんて普通じゃない彼女に聞いても意味のないことなのだろう。


「天才様の考えてることはやっぱり分からないな」

「そう? 私は正人の卑屈な考えが手に取るように分かるけどね」


 いちいち腹の立つやつだ。けれど、これで清香は僕のことを結構大切にしているらしい。彼女は本当に興味のない相手には、いい顔をして当たり障りのないことしか言わないからだ。


「分かるけど、でも一応聞いておくけど……」


 清香の声音がまた変わった。今度のは、感情が籠っている。


「さっきの言葉、伊勢崎に言われたから言ったんでしょ?」

「え?」


 はきはき喋る清香には珍しくごにょごにょ喋るから、僕は思わず聞き返した。


「だから、さっきの私が特別みたいな話!」


 足を止めて、けれど目線は前を向いたまま、清香は聞いてきた。


「ああ、あれか。まあ確かに伊勢崎さんのアドバイスがあったからだね」

「だよね。正人が急に変なこと言うからびっくりしたよ」


 あはは、と笑いながら、清香はまた足を進め始めた。


「でも」


 ぴた、と彼女が足を止める。


「言ったこと自体は僕の思ってることだよ。清香は僕にとって特別だ」

「ひぁ⁉」


 奇声を上げ、彼女はギリギリと首を回しこちらを向いた。


「う」

「う?」

「うわあああああ!」


 清香は、一目散に逃げていった。その駆け足は、伊勢崎さんほどじゃないにしても見事なものだった。


「清香……」

「わあああ! 近づかないで! 


 結局清香は、僕が近づくと顔を赤らめるばかりでまともに服を選べていなかった。あの調子で大丈夫だろうか……。

 三十分が経った。今度は水口さんに付き合う番だ。僕は律儀にメッセージで今いる店の写真を送って来た彼女の元へと向かった。


「遅いじゃない。どんだけ星さんといちゃついてたのよ」

「いや別にいちゃついてないけど」

「どうだか。……渡辺、男の目線から見てどうか、ちょっと見てくれない?」


 水口さんは既に店で何点が見繕っていたらしく、さっそく僕を棚の方に誘導した。


「僕のこと要らないとか言ってたのに、随分あっさり受け入れたね」

「使えるものは使わないと損でしょ。それに男目線っていうのは普段なかなか聞けないからね。あたしとしても聞いておきたい」

「水口さん友達多そうだったし、クラスの男友達に聞けばいいのに」

「服を選んでもらうなんてまたないわよ。入学して一か月も経たないのよ? 星さんの行動力が異常なだけであって、まだこんなイベントないの」


 ああ、そうか。水口さんは確か、高校デビューで変わった人だったか。中学校の同級生には、こういうことを聞ける人がいないのだろう。きっと、この機会に男子高校生からの意見というやつを聞いておきたいのだ。


「そういうことなら協力するよ」

「急に協力的になるのもなんか怖いんだけど」


 悪態をつきながらも、彼女は明るい色のインナーを差し出してきた。春らしく薄手の生地だ。


「どう?」

「どうって服だけ突き出されても……」

「じゃあ、はい」


 ぶっきらぼうに、水口さんが自分の体にインナーを合わせる。でも。


「……うーん、よく分からないな」

「何よあんた! 使えないわね!」

「いやだってインナーは着ないと……」

「言われてみればそうね……」


 水口さんは案外冷静に答えると、そそくさと試着室の方へと向かっていった。

 僕はそれにそそくさと付いていく。衣擦れの音を聞くのはなんだか気まずいので、少し離れて待つ。

 

 早速、カーテンが開いた音がした。


「これは?」

「似合ってる」

「これは?」

「似合ってる」

「これは?」

「似合ってる」

「まじめにやりなさいよ!」


 凄まじいデジャブを感じるやり取りだった。


「なによあんた、見る目ないの⁉ せめて一言くらい感想言いなさいよ!」

「いや、全部似合ってたから」


 実際、水口さんはファッションセンスがいいと思った。伊勢崎さんみたいに、顔が良すぎて全部似合うとかじゃない。自分に合う服を熟知している、という印象を受けた。多分彼女は、自分がどういう風に見えているのか常に意識しているのだろう。

 そんな思考をしている僕に、水口さんは呆れたような視線を向けてきた。


「あんた、そんなこと言ってて星さんに怒られたことないの?」

「清香はあんまり本気で怒らないからね。呆れたりはするけど」


 明るく振舞っている時も暗い瞳をしている時も、清香が本当に感情的になることは珍しい。もしくは、僕は清香が本当に感情的になっていても分かっていないのかもしれない。

 水口さんが試着室のカーテンを閉める。


「本当に、あんたみたいに女と縁の無さそうな奴が麗様の友達一号なのはよく分からないわね」

「本当にね。奇妙な縁だよ」


 偶然と言ってしまえばそれまでだ。僕はたまたま伊勢崎さんの超人的な身体能力を目撃してしまって、伊勢崎さんは秘密を知った僕だからこそ弱みを曝け出して頼ることができた。

 もしあの日、伊勢崎さんに出会っていなかったら、僕はどうなっていただろう。そして、伊勢崎さんはどうなっていただろう。なんだか、どちらも想像がつかなかった。


「どれだけ奇妙でも、縁は縁よ。大事にしなさい」


 水口さんの声色には、不思議な重さがあった。

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