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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

連載版始めました!【夜の聖女】は眠りを守る~婚約破棄された上に人質にされましたが、嫁ぎ先の不夜城ではなぜかみんなに甘やかされています~

 


「イレーネ、お前との婚約は破棄させてもらう! そしてお前はグレノス公国へ嫁げ!」

「よかったじゃないイレーネ。役立たずなあなたが国の役に立つ時が来たのよ?」


 聖女としての公務を終えた私は王宮に呼び出され、突如そう告げられた。


 目の前には私の婚約者である第一王子のガイア様と「昼の聖女」であるクレア様の姿がある。

 その顔はどちらも意地の悪い笑みで、私――イレーネの反応を楽しむように歪んでいる。


「……どういうことでしょう?」


 私はそう口にするだけで精いっぱいだった。


「そんなことも分からないのか! お前は聖女と名乗っておきながらクレアが公務をこなしている間ただ寝ているだけだろう!? そんな奴がこの俺の婚約者でいていいわけがない!!」


 ガイア様がクワっと目を見開き青筋を浮かべ私を睨んでくる。


「で、ですがそれはっ!!」

「口答えはいい!!」

「っ!!」


 声を出そうとしても一蹴されてしまう。

 それどころか声を聞くのも嫌だというように突き飛ばされる。


 倒れこんだ私を見下ろしながら、尚も罵倒を浴びせてきた。


「クレアの付属品として手元においていたが、もう我慢の限界だっ!! 俺はクレアと婚約を結び直す!」

「ガイア様~。わたくしももっと早くお気持ちに答えたかったのですが、公務が忙しくて……」

「いや、クレアは悪くない。悪いのは全部……」


 ガイア様はそこまで言うと虫を見るような目で私をみた。


「このグズが悪いんだ。『夜の聖女』、お前などこの国には必要ない! さっさと出ていけ!!」


 『必要ない』

 今まで幾度となく掛けられてきた言葉。

 3歳で人さらいにあい、以降17年間ずっと言われ続けてきたその言葉が私の胸を深くえぐる。


「ねえ、イレーネ」


 うつむき耐える私に「昼の聖女」クレア様が近づいてきた。


「わたくし、あなたには悪いと思っているのよ? 婚約者をうばってしまったのだから」

「クレア、君がそんなこと気にする必要など……」


「いいえ、ガイア様。神は人の罪を許すもの……。たとえそれが神に仕えていながら何もできない役立たずであっても」

「クレア。君は本当に優しいな」



 どこか芝居がかった口調で二人は続ける。


「そう。だからわたくし、あなたをグレノス公国へと推薦しておいたの」

「グレノス公国……」


 私はその言葉に絶望して思わず声に出してしまう。


 途端にクレア様は楽しそうに微笑んだ。



「ええ、あなたも知っているでしょう? 魔物と常に戦っている国。わたくしたち聖女なら、その戦いに協力出来そうだと思ってね」

「……」

「本当はわたくしが行くはずだったのだけど、第一王子と婚約したから国を出られなくて」


 体が震えだす。

 だって、グレノス公国と言えば世界で最も軍事力の高い野蛮やばんな国と言われている。


 昼も夜も関係なく人の活動があることからついた呼び名は、通称「不夜城ふやじょう」。


 敵対すると敵わないことから、かの国に人質を送ってご機嫌を取る国も少なくないと言われるほどだ。



 つまり、私はその人質に選ばれたということ。


「あら、怯えているの? 大丈夫よ。あちらの大公様がよくしてくださるわ。精々可愛がってもらいなさいな。あなたのような薄汚れた白鼠のような見た目では無理かもしれないけど。……まあ? どっちにしても野蛮な国の君主なんてわたくしはお断りね。ふふ」


 クレア様は恐ろしいほどきれいな笑みで私を見下ろす。


「く、クレアさま……」


 たまらず声を上げた。



「何か不満でもあるのかしら?」

「……いえ」


 凄まじい威圧感を放たれ口ごもる。


 きっと、既に決定事項なのだろう。

 クレア様は私を追い詰めるのに余念のない方だから……。



(ああ、またか)


 こうやって私が追い込まれていくのを見ていつも楽しんでいるのだ。



 でも、それも仕方のないこと。


 私は聖女と言っても「夜の聖女」。

 セイア王国では「夜の聖女」は地位が低く、「昼の聖女」に付属するという扱いを受けている。


 要するに私はクレア様のストレス発散道具のようなものなのだ。

 決定には逆らえない。


「……承知いたしました。グレノス公国へ向かいます」

「そう! 応援しているわね! たまには便りでも送りなさいな。……まあ生きていられればの話だけど」


 そういって笑うクレア様は本当に楽しそうで、私はまたみじめな思いになった。


「あなたの荷物はそこにあるから。そうと決まれば早く行きなさいな」

「……はい」


 ご丁寧に神殿にあった私の荷物がコンパクトにまとめられて王宮の端にぽつんと置かれていた。

 きっと神殿も王宮も、クレア様に賛同したのだろう。


 私は逃げる様にそそくさと送り馬車に乗り込んだのだった。



 ◇



 馬車に揺られること1週間。


 私は遂にグレノス公国へとたどり着いた。


 ついたのは夜だったが、国を囲う壁や町からは光が溢れていた。

 さすが「不夜城」と呼ばれるだけのことはある。


 馬車はそのまま城門を潜り、やがて城の中へと向かう。



(ああ、ついに来てしまったのね)


 執事さんに案内され、私は諦めの境地で部屋へと足をふみ入れた。





「おお! その白い髪に赤い瞳。君が『夜の聖女』殿か!」


 机から声がかかった。


「え?」

「陛下、聖女様が困ってしまいます。書類の山に埋もれていないで出て来てください」

「分かっている。少しまて」


 私を案内してくれた丸眼鏡の執事さんがそう言うと、ガララと音を立てて紙の山やペンたちが崩れ落ちる。


「えっ? えっ?」


 やがて出てきたのは闇を思わせる紫色の短髪に涼し気な青の瞳を持った二十代後半くらいの男性だった。


 少し童顔気味で大型犬のような可愛さがある方で、いかついおじ様を想像していた私は少し面食らってしまった。


 戸惑とまどう私をよそに執事さんはお小言こごとを言っている。


「陛下。だからあれほど掃除をしておいてくださいと申し上げたではありませんか」


「うるさいぞルスラン。オレだって掃除はしたさ。掃除した傍から書類を積んだのはお前だろう」

「それは仕方がありません。先ほども魔物の大きな侵攻がありましたから。それに関する資料を陛下にお届けするのが僕のお役目ですので。それよりも、ほら。お待ちかねの聖女様ですよ」


「む。それはそうだな」



 思っていたよりもずっと若い大公様は椅子から立ち上がり此方に歩いてくる。


「よく来てくれた! グレノス公国は君を歓迎しよう。オレはこの国を治める大公、ルドニーク・グレノス。今日から君の夫となる」


 そういって手を差し出す大公様。

 その態度が思っていたものとかけ離れていたことに驚きつつも控えめに手を差し出すと勢いよく握られる。


「あ、あの」

「陛下。そのように強くお握りになると聖女様が怪我をされてしまいます」

「む。す、すまない! いたかったか?」


 心配そうに私の顔を覗き込んでくる大公様。


 ……私を、心配してくれているの?


 いえ。そんなはずないわ。

 だって私は「夜の聖女」。きっと「昼の聖女」とお間違えなのだわ。


「い、いいえ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 私は離された手を後ろに隠した。

 本当は少し痛かったけれど、ここでそう言って不興ふきょうを買ってしまっては大変だ。



 痛いのは嫌だ。苦しいのも。



 私はセイア王国で受けた数々の嫌がらせを思い出して身震いした。


 ダメ。ダメよイレーネ。

 この方のご気分を害しては。


 私は改めて気合を入れ直し自己紹介をすることにした。

 胸の前で手を組み、祈りを捧げるようなポーズをとる。聖女の正式な挨拶だ。


「お初に御目文字仕ります陛下。『夜の聖女』イレーネと申します」

「いや、ありがたい! 聖女殿が来てくれると知った時は神に感謝したよ」


 陛下は本当に嬉しそうに私へ笑顔を向けてくる。


 この喜びよう……。

 やっぱり「昼の聖女」と間違えているのだわ。

 どうしましょう。


 誤解は早めに解いておかなくては後が怖い。

 しばらくたった後に発覚すれば怒りを買うこと必死だ。


 いいえ。最悪殺されてしまうわ。


 そこまで考えるとゾクリと背筋が凍る。

 そう。今自分が対面しているのはあの野蛮国と呼ばれている国の主なのだから。


「……申し訳ありません。私、『夜の聖女』なのです」


 私は罰を受けるのなら軽い方がよいと考え、重い口を開いた。


「ん? ああ。『夜の聖女』殿だな」

「え?」

「ん?」


 私はぽかんとして陛下の顔をまじまじと見てしまった。

 陛下もぽかんとしていた。


 もしかしたら「夜の聖女」と「昼の聖女」の違いが分かっていないのかもしれない。


 そうよ。だって人質とはいえ「夜の聖女」を迎え入れるなんて、この人たちに利があるとは思えない。


「えっと。『昼の聖女』ではないのですよ?」

「ああ。何か問題でも?」

「その……。私がお祈りするのは夜ですし、お昼は寝てしまいます」


 私は恐る恐る口にする。


「『昼の聖女』のように『回復』などの立派な公務は出来ないですし、そもそも仕える神が違うので、能力も違います。私にできることは皆さんの眠りを守ることくらいしか……」


 徐々に言葉尻がしぼんでいく。

 自分で言っておいて情けなくなってくる。


 ぎゅっと服を握った。


「なんだ。そんなことか」

「え?」


 うつむいていると上から声がかかる。

 驚いて顔を上げればにかっと音の付きそうな爽やかな笑みを向けている陛下がいた。


「そんなことは百も承知しているぞ? それを含めて我らは『夜の聖女』殿……つまりイレーネ殿を欲したのだ」

「……?」


 言われた意味が飲み込めずに瞬きを繰り返す。


「陛下。要点を押さえてお伝えしなければ聖女様にご理解いただけませんよ」

「む。そうだな! まずは言うべきことが違ったな!」


 大公陛下は私の肩に手を置いた。


「まずは君を無理に連れてきたことを謝らせてくれ」

「え?」

「どうしてもグレノス公国には君の力が必要だったのだ。もちろん君の身の安全は保障しよう。それ故の婚姻なのだしな。大切にすると月の神に誓うよ」


 真剣な表情だった。


 この人は何を言っているのだろう。


「私の力……?」


 思わず口に出てしまう。


「そうだ。君の眠りを守る力が必要なのだ。どうか我が国を救ってはくれないだろうか」


 目をしっかりと合わせて見つめられる。


 今まで私を、この力を必要としてくれた人がいただろうか。


 いや、いなかった。

 少なくともセイア王国では。


 私は陛下の目を見つめ返す。

 嘘をついたり嘲笑あざわらっているような気配はない。


 何よりセイア王国で向けられていたような侮蔑ぶべつの眼差しではなかった。



 ……なぜ私の力を必要としているのかは分からない。

 でも……。



「……私で良ければ、お手伝いさせていただきます」

「そうか! よかった!」


 気が付くと口をついて出てしまっていた。

 途端に明るく笑い掛けられる。


 胸に熱いものがこみ上げた気がした。


 ……? 何かしら?


 その気持ちが一体何なのか分からないが、一先ず陛下のお話を聞くことから始めよう。

 私はそう考え陛下の顔を見る。



「そ、その。具体的に何をやれば……?」

「ああ、そうだな! まずその話をしなければな!! イレーネ殿はこの国についてどれほど知っている?」

「え、えっと」


 私は知っている知識を口にした。


 魔物と常に戦っていること。

 不夜城と呼ばれていること。

 軍事力が世界有数であること。


「それから……その。人質をとることがあると」


 最後の話はしなくてもよいかと思ったのだが、自分が送られた意味合いを考えると知らない方がおかしくなる。


 隠し事はしない方が身の為だった。


「ああ、大体合ってはいるがな。念のために言っておくと、こっちから人質を要求したことはないのだぞ? それに送られてきても返している」

「そう、なのですか」

「まあ一部の帰りたくないというものだけ残してはいるが、なるほどそうとらえられていたか」


 陛下は少しだけ寂しそうに笑った。


「あっあっ! も、申し訳ありません。ご気分を害してしまいました!!」

「いや大丈夫だ。床に伏せようとしないでくれ! 君はオレの妻なのだから!」


 慌てて床に伏せようとした私を陛下は笑って制した。


 不興を買ったら即罰を受けてきた私にとって、それはすごく驚くべきことだった。

 きっと陛下が特別お優しいのだろう。


 じわりと眼が熱くなったが、頬の内側を噛んで耐えてみせた。

 今はお話の途中なのだから。


「ありがとうございます」


 私は微笑んで礼を言った。


「い、いや別に礼を言われるようなことでは……。ごほんともかく話の続きだな。君の言う通り、この国は魔物の出現率が他の国に比べて非常に高い」


 陛下は一瞬だけ顔を赤らめたが、すぐに真剣な表情になる。


「まだこの国が滅ぼされていないのはこの国の民が、貴族が、兵がそれぞれに強いからに他ならない」

「はい」


「だが、魔物との闘いで皆疲れ果てている。昼夜問わず魔物に侵攻されているからな。特に魔物は夜型のものが多いだろう?」

「そうですね」


 私は頷く。


 魔物はこの世の魔力溜まりから生まれるとされているものだが、どこから出てきているかは謎に包まれている。

 だが大抵夜に活発化するという特性があるのだ。


「そのせいで皆夜に眠れず、睡眠不足で日中も集中力が持たなくなっている。それで怪我をする者や危ない目にあう者も多く出ている。だから他の聖女ではなく、君の力を借りたいんだ」


 聞きながらちらりと陛下の顔を見る。

 その目元には深くクマが刻まれていた。


 充血もしているし、陛下もろくに寝ていないのだろう。


 視線に気が付いたのか、陛下はバツが悪そうに頬を掻いた。


「すまない。ここのところ魔物の動きが活発でな。兵もオレも安心して眠れていないのだ」


 やはりそうだったようだ。


「お話はわかりました」


 それが私の助けを必要としている理由。

 「私」の力を必要としている人がいる。


 聖女としてやってきた中で、これほどまで真摯しんしに私の力を貸してくれと言われたことはなかった。


 だから嬉しかったのだ。私でも人の役に立てるということが。


「もちろんお手伝いさせていただきます! さっそく結界を張りに行きましょう!」



 ◇



 やってきたのは城の屋上。

 国内を見渡せるそこは夜だというのに明るかった。


 国民が火をたいて魔物の侵攻を食い留めているのだ。


 火の音、剣戟けんげきの音、そして魔物の唸り声。


 外に出るとそのすべてが耳に届く。


 私は一つだけ深呼吸をする。


「始めます」


 私の後ろには陛下と執事さんが控えてくれている。

 祈っているときに何かあっても守れるようにとのことだ。


 本当にお優しい方々……。

 こんな方たちがなぜ野蛮だなんて言われているのかしら?


 それは分からないが、今は目の前のことに集中しよう。


 私は胸に宿った温かさをそのままに祈り始める。



 ――キイイイイン


 祈り始めてすぐに私を取り巻くように光が降り注ぐ。

 月の光だ。



『何を願う? 何を祈る?』


 しばらくすると私にだけ聞こえる声が頭の中に問いを投げかけてくる。


(私は……人の役に、たちたい)


『誰のだ?』


(それは……)


 私は考える間もなく暖かな笑みを向けてくれた陛下の顔を思い浮かべる。


 まだこの国にきて数時間しか経っていないけれど、私はすでにセイア王国よりもこの国が好きになっていた。



 初めて私に温かい笑みを向けてくれた。

 初めて私の話を聞いてくれた。私を、必要だと言ってくれた。


 それが私にとってはどれだけ嬉しかったことか。


 だから……。


(陛下の役に立ちたい……あの人が守りたいというこの国を守り、安心して眠れるように)


『……強き願い、しかと受け取った。かなえよう。我が愛しの聖女、イレーネよ』


 ――リィン、リィン


 鈴の音が反響するように、国全体を銀色の薄い膜が覆っていく。


 ――リィン、リィン


「……でき、た?」


 今までの祈りとは明らかに違う手ごたえ。

 感覚的には今までの結界の倍は濃い結界を張れた気がする。



 剣戟の音が止んだ。

 しばらくするとバタバタと駆けあがってくる兵の足音が聞こえてくる。


伝令でんれいーー!! 伝令ーー!!!」

「何事だ!!」


 陛下が険しい顔で兵を見る。


「申し訳ありません! しかし至急ご報告を! 突如現れた銀色の膜に触れた魔物が消滅!! 膜はほかの兵によれば四方全てに現れ国をまるっと覆っているとのこと!」


 伝令兵の顔には嬉しさが現れていた。


「陛下。これはやはり……」

「ああ! 我らの目に狂いはなかった!!」


 陛下がつかつかと寄ってきて私を抱きすくめる。



「すごい! すごいぞ! イレーネ殿!! よくやってくれた!!」

「きゃっ!」


 抱き上げられくるくると回される。


 陛下は満面の笑みで、私まで嬉しくなってきた。

 思わず笑ってしまうと陛下も嬉しそうに微笑んだ。


「さすがだな! イレーネ殿! こうしてはおられない。急ぎ国内全域に中継を繋げ!」

「陛下、こちらにご用意がでできておりますよ」


 いつの間にか執事さん(確かルスラン様と呼ばれていた)が大きな魔法陣を展開していた。

 魔法陣を見る限り、ルスラン様の見ているもの聞いていることを共有する魔法のようだ。


「流石はルスラン! では繋げてくれ」

「はい」


 ブウンと魔法陣が光る。

 魔法が起動したのだ。


『親愛なる公国の民よ。私はルドニーク・グレノス。魔物の侵攻に怯え、傷つき、血を流した者も少なくないだろう。だが、そんな時代も今日で終わりを告げた!!』


 陛下は厳かなオーラを放ち演説を始めた。

 見ているこちらが背筋を伸ばしたくなるような、そんな雰囲気だった。


『今! 諸君らの眼には美しき銀色の光を放つ膜が映っていることだろう! それこそ我が国に来てくれた夜の聖女の力!! 守護をつかさどる、夜の聖女の結界だ』


 陛下は突然私の手を取った。


「えっ!?」


 当然、私もルスラン様の視界に収まる。

 国民全員が見ている中、陛下は柔らかい眼差しを送ってきた。


「ここにいる夜の聖女、イレーネが発動した結界により、国を侵攻していた魔物の消滅も確認できた! もはや怯えて眠ることはない! 我らの夜はイレーネが守ってくれる! そして我らも彼女を守る! 我らの婚姻をもってこの国は生まれ変わるのだ!!」


 そう陛下が口にした瞬間、国中からわっという声が上がった。

 城にいた兵たちも手を上げ声を上げている。


 大公陛下万歳! 聖女様万歳!!

 イレーネ様!!

 聖女様!!


 そんな声がいくつも聞こえてくる。


「え、えっと……!」


 私はどうしたらよいのか分からなかった。

 だって、こんなにたくさんの人の視線にさらされたこともないし、まして喝采など受けたことなどあるはずもなかったのだ。


 すると陛下に肩を抱かれて引き寄せられる。


「イレーネ。愛おしき我が聖女よ。今改めて誓おう。私はこれからも君を大切にし、愛し続けると。だからどうかこれからも私と共にあってくれ」


 まるでいつか見た童話の中のお話のようなプロポーズであった。


 本当は私と陛下じゃ釣り合わないというのは分かっている。

 この婚約が仮初かりそめだということも。


 でも。……それでも。

 陛下は、この国は私にたくさんのものを与えてくれた。


 それだけで十分に幸せよ。



 胸が温かい。

 その熱を胸に抱いたまま私は微笑んだ。


「……はい。お供させていただきます……!」




 この時初めて私は自分の居場所を手に入れたような気がした。





 ◇




 「聖女」とは神の声を聴くことのできる人間のこと。

 神の力を借りて、普通の人間にはない力を有する人間。


 それ故彼女らは弱き者どもを導いていく使命がある。



 だがどこまで行ったとて、人間は人間。

 すべてができる神という訳ではない。


 「昼の聖女」が「回復」の力をもっていたり「朝の聖女」が「浄化」の力を持っていたりするように、一人一人の聖女の役割が違うのだ。



 そして「夜の聖女」の力は「守護」。


 夜の聖女が守りたいと願うものを守る力。

 それは夜の神の権能けんのうゆえ月の光が届く時間だけ発揮はっきされる力ではあるが、発動している間はいかなる攻撃も通さない鉄壁の結界となる。


 夜の聖女がいれば、夜の間の安心安全が保証されるようなものである。



 ただし欠点がある。

 聖女の意識がある時しか発動されないのだ。

 それ故、夜の聖女は夜通し祈り結界を維持する役目を負う。


 つまりは昼夜逆転生活ということだ。



「それのどこがいけないっていうんだ」


 ルドニークは聖女について書かれた本を机に置くと息を吐き出す。


「イレーネだって優れた能力を持っている。それなのに……よくも。あの者ども、許してはおかない」


 本の下にあった紙の束がぐしゃりと握り潰される。


「陛下。素が出すぎていますよ」

「……ルスランか。仕方がないだろう。こんなものを見せられては怒りを押さえることが難しいというもの」

「そのお気持ちはわかりますが、部下たちが苦労して集めた情報を集約させた資料です。証拠にもなりますし、破棄だけはしないでくださいよ」


 ルドニークの手によってぐしゃぐしゃにされた紙には、部下たちが調査した物事が事細かに書き連ねられている。


 何についてかと言えば、イレーネのことに決まっている。


 彼女が優れた聖女であることはグレノス公国の全国民が知るところとなった。


 それなのに彼女は自己肯定感が異様に低い。

 それに言動からも怯えがにじみ出ている。


「なあルスラン。オレって怖いか?」

「陛下が怖いというのは仕方がありませんよ」

「お前なあ……。仮にも主に向ってそう鋭利な言葉を投げかけるものではないぞ」


「いえ。率直な感想を求めていらっしゃるようだったので。……ですが、イレーネ様の場合はそれだけではないようですね」

「ああ……」


 ルドニークは手元の資料に目を向けた。

 そこにはここに来てからの彼女の様子と、セイア王国での彼女の生活が書かれていた。


 その文字の羅列に、思わず眉間を寄せてしまったのも無理はないだろう。


「ひどいものだ」


(初めは環境が変わったから、もしくは……考えたくはないがオレが怖いからそのような態度になっているのだと思っていた)


 だがイレーネがグレノス公国に来てから今日で2週間が経とうというのに、彼女の言動は相変わらずだった。


「カリン、ミルテ。報告を」


 ルドニークは部屋の入口に控えるイレーネの専属侍女に目を向ける。


「はい~。現在はよくお眠りになってますよ~」

「いつも通り10時にベッドへはいられました。恐らく目を覚ますのは17時ころになるかと」


 この二人は激しい専属侍女の座争いを勝ち取った城の中でも猛者もさのメイドだ。


 カリンはどんな毒でも見分けられる鑑定眼かんていがん持ちでイレーネの食事は全てカリンを通しているし、ミルテは城の中でも指折りの戦闘力を誇るため侍女兼護衛だ。


 夜の聖女の専属侍女をやるにはどちらも欠かせない能力である。


 それだけイレーネの存在は大切で、過保護にしすぎるくらいでちょうどよいのだ。



「最近は睡眠時間は増えたのか?」

「はい~。こちらに来られて1週間は毎日4時間程の睡眠時間でしたが、今は半強制的に7時間は眠っていただいてます~。途中で目を覚まされていますがベッドからは一歩も下りさせませんよ~」


 カリンが得意げに胸を張った。


「そうか、よくやった。体の具合はどうなのだ?」


 ミルテに視線を移すとミルテは敬礼して口を開く。


「はい。体中にあった打撲の痕や傷はだいぶ薄れてきております。ですがまだ全快とはいかず、もうしばらく時間がかかるでしょう」

「分かった。薬湯くすりゆを絶やすな。シェフには薬効のある料理を増やすように言っておく」

「仰せのままに」


 ルドニークは頭が痛むようで軽くこめかみを押さえる。


 専属侍女たちの話では、イレーネの体には無数の傷があるというのだ。

 どう考えても普通に生活していてはつくことのない傷で、セイア王国では酷い扱いを受けていたのは明らかだという。


 それどころかイレーネはまるで自分を召使や奴隷と思っているような節すらある。

 へりくだり雑事をこなそうとする。それが当たり前であるかのように。


「イレーネの自己肯定感が極端に低いのは、やはりセイア王国の奴らが彼女を長年にわたり不当に扱ってきたからだろう」


 資料に目線を戻す。

 そこに書かれていたのは目をそむけたくなるような内容ばかり。


 暴行は日常茶飯事。罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせかけ国中でイレーネの存在を否定し続けてきた。

 そして使用人のごとき真似……いや奴隷と同じような扱いをしてきたのだ。


(どいつもこいつも許しがたい)


 だが主犯はガイア王子および「昼の聖女」クレア。


(この二人だけは絶対に捨て置かない)


 ルドニークは絶対に報いを受けさせるという強い意志を持った。



「はい調査によりますと、そうやってイレーネ様の精神をコントロールすることで国に依存させていたようです」

「くそじゃないか」

「あと王子と婚約だけはさせてそれも重荷にしたようですね」

「……くそ野郎」


 思わず吐き捨てるようにつぶやいてしまうが、部屋にいた全員が同意した。


「本当ですね~。でもイレーネ様が向こうの王子を好きじゃなくて、陛下的にはよかったんじゃないですか~? 陛下昔からイレーネ様にゾッコンでしたし~」


「それは、まあ」


 そう。ルドニークは何も聖女としての力だけを求めていたわけではない。

 その昔、今から17年ほど前。当時9歳だったルドニークは当時3歳のイレーネに助けられたことがあるのだ。

 イレーネは覚えていないだろうが。


 その後行方不明になったイレーネをルドニークは這いずり回って探した。


 ようやく見つけた時には既に部下たちの報告にあったような状態となってしまっており、これは一刻も早く助け出さねばと思い多少強引な手段をとることにした。


 これが人質問題の顛末てんまつである。



「それにしても許せん。どう料理してやろうか……」


 ルドニークはセイア王国に対する報復に考えを巡らせる。



「奴ら、平和が過ぎたんでしょうね~。次第に『夜の聖女』を本当に必要としなくなったせいで余計に拍車が掛かったようです~。……毒でも盛ってきましょうかぁ?」


 カリンが黒い笑みを称えて袖から怪しげなビンを取り出した。


「遅効性、致死性、証拠の残らない最近できた毒もあります~。ご命令はいつでもどうぞ~」

「あら、ダメよ毒なんかじゃ。ここはまずイレーネ様につけられた傷全てをお返ししてあげなくちゃ。陛下わたしでしたら生かさず殺さず絶妙な加減で任務を遂行して見せます!」


 ミルテも負けじと声を上げる。


「どちらもいい案ですが、まずは社会的・政治的に抹消まっしょうしましょう。聖女を祀る様々な国に事実を伝えれば自ずとむくいを受けることになるでしょう」


 隣にいたルスランまでも声を上げる。


 頼もしい限りだ。



「そうだな。まずはイレーネの傷を癒すのが最優先だ。それと向こうの国から送られてきている物は全て捨てろ。関りは全て絶て」

「「「御意」」」

「それからイレーネのことは精いっぱい甘やかせ。自分の存在がどれだけオレ達にとって重要かを教え込むのだ!!」


 ルドニークはそこまで言うと少しの間をおいて冷徹な笑みを称える。



「そしてイレーネが癒えたら、その時は……速やかに潰す」



 その顔は野蛮国と呼ばれる国の主にふさわしいほど残酷な表情であったが、同時に確固たる意志を備えた美しい顔であった。



 忘れることなかれ。


 イレーネの前では穏やかに振舞ってはいるがこの男、世界でも有数の軍事力を誇る国の君主なのである。

 彼に睨まれて無事だったものなどいた試しがない。


 それ故恐れられているのだから……。





 ◇



「おい! 一体どうなっているんだ!?」


 セイア王国の王子、ガイアはヒステリックに叫んだ。


 今まで夜の聖女に押し付けていた公務をこなせるわけもなく、仕事はどんどんたまるばかり。


「王子! 大変です! 東の門付近に魔物が大量発生しているとのこと!!」

「ああ!? そんなことこの俺に言うな! クレアか神殿に相談すればいい話だろう!?」

「そ、それが……」

「なんだ!?」


 伝達兵の煮え切らない態度に業を煮やしたガイアは机をどんと叩く。

 兵は怯えたように震えた。


「その。聖女様の役目ではないとの一点張りでして……」

「何を言っている!? 国を守るのが聖女の役目だろう!!」

「ヒッ」


 机の上に積まれた資料をまき散らしわなわなと震えるガイア。


(何が聖女の役目じゃないだ!! 魔物から国を守るのが聖女の役割だろうが!!)


「王子!! 大変です!」

「今度はなんだ!?」

「西の詰所で原因不明の昏倒者こんとうしゃ続出! 症状から毒のようなものかもしれないとのこと」

「なんだと!?」


「王子! 北の門に諸国の聖職者たちが抗議こうぎのデモを起こしています!」

「王子! 南門に何者かが現れ襲われています! 兵たちは皆やられました! ご指示を!!」


 次々と兵が入ってくる部屋はあっという間に阿鼻叫喚あびきょうかんとなった。


 そこから転がり落ちるまでに時間はかからなかった。


 国中で戦火が上がり、豊かだったはずのセイア王国は一瞬で貧しくなっていった。

 また、夜の聖女の扱いに対する抗議が殺到。


 セイア王国に所属していた神殿は崩壊し、昼の聖女およびガイア王子は主犯格として投獄された。


 国はやがて滅び、その名すら歴史に刻まれることはなかった。

 政治的にも社会的にも抹消されたのだ。




 対するイレーネはそんなことを知る由もなく、グレノス公国で皆に敬われ甘やかされ幸せな日々を送っていたのだった。



ここまでお読みいただきありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 夜の聖女は3歳の時にヒーローを励ましてから 誘拐されて例の国に17年間も軟禁されてたってこと?
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