送られ猫
宅配便が届いた。少し大きめのダンボール。差出人は、少し前に大学で知り合った女の子だった。普通なら、ここは喜ぶところだろう。だけど、僕は溜息を漏らした。別に、ストーカーだとか、なんだとか差出人の女の子に問題がある訳じゃない。いや、もしストーカーだったとしても、純粋な贈り物なら、その子は可愛かったから僕は喜ぶだろうと思う。問題は人じゃないんだ。問題はその荷物そのものにある。届いた瞬間から、僕は予感していたんだ。“それ”が『送られ猫』である事を。
荷物を受け取ると、僕はそれを部屋に運んで荷解きをした。放っておく訳にもいかないし。そして、現れたそいつに向かって僕はこう話しかけたんだ。
「やぁ、今回はどんなルートを通ってここに来たのだい?」
すると、ヒョッコリと顔を出した送られ猫は澄ました顔でこう言った。
「まずは、八百屋の源さんに送られて、商談相手のこの近所の農家に来たよ。それから時々、そこの農作業を手伝っているこの女の子の所へ送られて、それから君まで送られたって訳さ。
合計、3ステップ。まぁ、近いほうだね」
僕はややうんざりしつつも、少しだけ喜んでいた。僕のアパートはペット禁止なのだけどな、と思いながら。
送られ猫とは、僕が子供の頃に知り合った。神社なんかでよく見かけたものだから、何気なく話しかけたんだ。そうしたら、何を気に入られたのかは分からないけど、その瞬間から憑かれてしまった。送られ猫は化け猫なんだ。まとわりついては、僕の部屋に忍び込んで、そして、餌なんかをねだったりする。悪さはしないけど、多少は煩わしい。たかが猫、どっかに追っ払えばいいと思うかもしれないけど、そこは流石に化け猫なものだから、のらりくらりとかわしてかわして、ひっそり僕に憑いてきてしまうのだ。
ところが。ある日、僕の引越しが決まってしまった。僕はこれでやっと送られ猫から離れられると思ったさ。しかし、送られ猫は平気な顔でいた。
「ぼくがどうして、“送られ猫”なのかその訳を考えてみた事はあるかい?」
そんな事を言っている。僕は何の事かと思ったけれど、引っ越してから数日経ったある日に、こいつは“送られて”来たんだ。
どうも、こういう事らしい。送られ猫には誰かに送られる能力がある。その能力は誰にでも発揮される訳じゃないらしいけど、それは誰でも構わない。何故なら、社会の人間関係のネットワークは、密に繋がっていて、実は誰とでも数ルートで結ばれているから。六次の隔たり。スモールワールド・ネットワークとか言われる現象。送られ猫は、それを利用しているのだとか。
「昔は、こうはいかなかったよ。交通インフラも整っていなかったからね。でも、情報技術が進歩して、高度な交通手段が増えた現代という時代では、僕みたいに“送られる”能力さえあれば、こんな芸当、朝飯前なんだ。僕には誰に送られれば、目的の場所まで辿り着けるのかが見えるからね」
僕は厄介なヤツに憑かれたもんだと思ったよ。
それから、僕は何度か引越しの機会があったのだけど、その度に送られ猫は送られて来た。思いも寄らないルートから。
だけど、僕が社会人になってからしばらくが経ったある時、僕は海外に転勤が決まってしまったんだ。ちょっと遠い場所で、流石に少し送られて来るのは無理っぽかった。いくら人間関係のネットワークで繋がっていたとしても、それだけの距離を“送られて”いたらきっと飢えて死んでしまうだろう。
僕はやっと離れられるとホッとしつつも、少しだけ寂しいなんて思っていた。送られ猫は、僕がそう言うと「にゃー」なんておどけて鳴いていたけれど、それについて何も返してはこなかった。
海外での生活にも慣れ、日本を懐かしく思い始めたある日の夜、知り合いから電子メールが送られて来た。なんだか重いファイルが添付されていて、僕はなんだろう?と、それを開いてみた。すると、画面が突然に光り始めた。
まさか、と僕は思ったよ。
そして、光が治まった画面に向かって、「流石に、これは反則じゃない?」と、そう言った。すると、画面からヒョイと顔を出した送られ猫は、「そんな事を言ったら、こんなメールの存在自体が、昔からすれば反則だよ」と、そんな風に返してきたのだった。
僕はうんざりしつつも、やっぱり少し喜んでいた。
六次の隔たり は、有名な話で、これ事態が面白くもあるので、もし興味があったら検索してみてください。