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13 刃の下のねこ

 砦での作戦を終えた私たちがアイリスたちと合流した時には、駐屯地の制圧も終わっていた。


 しかし、どうにもよく分からない状況になっていた。



 アイリスたちに被害はない。


 アイリスたちの近くで、数人の帝国兵さんが死んでいる。

 死因は頸動脈を切られての失血死か、頸椎を破壊されての――何死になるのだろう? 

 とにかく、アイリスたちの手口ではなさそうな死に方である。


 一応、最終的には皆殺しにすることになっていたけれど、情報収集のために、ある程度は生け捕りにしようという作戦だった。

 もちろん、不測の事態があれば彼女たち自身の安全を優先する方針だったけれど、苦戦の跡は見えないし、アイリスたちも困惑しているだけでそんな様子でもない。

 事実、帝国兵さんの大半は無傷で捕獲されていて、捕まっていた亜人さんたちも、全員大きな負傷もなく無事なように見える。



 しかし、なぜか狐面を被った珍妙な格好の猫人さんが3人拘束されていて、ソフィアに刀を突きつけられている。


「すみません。予想外の闖入(ちんにゅう)者が現れまして……」


『アイリスたちが無事なら構わないんだけど、状況を教えてもらえるかな?』


 予定どおりとはいかなかったものの、アイリスたちと亜人さんたちに被害が出ていないのだから、上出来といえる成果だと思う。


 これくらいの損失なら何の問題も無い――というか、あまり深く追及すると、砦の司令官を喰わなかった私の怠慢が責められることになりかねない。

 いや、今からでも喰おうと思えば喰えるのだけれど、それは世界を台無しにしちゃうような能力だし、使わない方がいいと思うんだよね。


 とにかく、藪蛇になっても困るので、トラブルを嘆くのではなく、達成できたことを喜ぶ方向で進めよう。

 世の中には、触れてはいけないものもあるのだ。



 もちろん、アイリスにもそれは分かっていると思うのだけれど、上手くやり遂げられなかったのは悔しかったのだろう。

 ミーティアやソフィアも特に痛いこともないだろうに、バツが悪そうにしていた。


「神様、同胞がごめんなさいですニャ……」


 そこに山賊さんから救った猫人さんたちが私に近づいてきて、頭と耳と尻尾を下げた。

 元々は彼女たちの願いだったので、アイリスの指揮下で雑用だけでもさせるつもりで駐屯地攻略班に参加させたのだけれど、もちろん、成果を期待してのことではない。

 どんな形であれ、自助努力は大切だと思う――と、ただそれだけだ。




 眠そうにしていたリリーをファントム号に寝かせてから、改めて状況の報告を受ける。


 当初の作戦自体はとても単純だった。


 竜型のミーティアが追い立てて、ソフィアがそれを逃がさずに麻痺させて、それをアイリスの指示に従って亜人さんたちが拘束する。

 レベル差、種族差、時間帯――危険どころか、失敗する要素はほとんどなかった。



 駐屯地には、簡易な馬防柵というか、拒馬程度の壁しかなく、当然、ろくな防衛設備もなかった。

 そして、たかが数十人規模の人員で古竜がどうにかできるはずがないので、逃げるか諦めて死ぬしかない。


 三々五々に逃げたところで、大魔王の特殊能力で逃走を防ぎつつ、片っ端から捕まえていくだけ。


 ソフィアの逃走防止も絶対のものではないけれど、ミーティアに対しては役に立たない拒馬も、彼らの逃走を妨げるには充分な物である。

 逃走経路が限定されていて取りこぼすほど、ソフィアも無能ではないだろう。


 そして、不器用なアイリスでも基礎能力差でどうにかなるし、亜人さんたちは自己責任――アイリスの補助魔法があれば、少なくとも即死はしない。


 それで、途中までは順調だったらしいのだけれど、突然捕まっていた亜人さんたちが逃げ出し始めたそうだ。



 私たちの予定では、亜人さんの解放は最後の予定だった。

 何かがあった際に、ミーティアやソフィアが暴れることを考えれば、救出した亜人さんがうろちょろしていては邪魔になるだけなのだから。


 亜人さんたちを解放した犯人は、そこに転がされている狐面の猫人さんたちである。

 さらに、一瞬の混乱と、逃げ出す亜人さんたちに紛れて、帝国兵さんを何人か殺害されてしまった――ということらしい。


 すぐにソフィアが彼女たちも麻痺させたのだけれど、既に逃げ出した亜人さんたちも入り乱れての大混乱に陥って、作戦完了が大幅に遅れたのだそうだ。



『うちの作戦に便乗して、同胞を助けるついでに報復もってところかな?』


 朔が、狐面の人のひとりを前足でペチペチ叩きながら問いかけていたけれど、狐面さんは何も答えない。


『場合によっては拉致被害者も含めて殲滅する可能性もあったのに、危ないことするなあ』


 不測の事態が起こった場合は、各々の判断で亜人さんを含めて殺すことも仕方がないと考えていた。

 もちろん、天使の襲来などの万一の場合に備えての意思統一であって、亜人さんたちの命を軽視しているとかそういうことではない。


 そもそも、そこまでして帝国の情報が欲しいわけでもないし。


 優先順位を間違えてはいけない。

 さすがに、公爵の兄弟が帝国にいるとかはないよね?


「素直に答えた方がいいニャ。神様たちはボクたちを助けに来てくれたんだニャ」


 同胞の言葉が想定外だったのだろうか。

 狐面さんたちは酷く動揺すると、彼女たちと私を何度か交互に見て、ようやく自分たちがしでかしたことを理解したのか、コクコクと首を縦に振った。


 まあ、彼女たちを助けたのはもののついででしかないけれど、結果だけを見ると間違いではない。

 しかし、神様の件は間違いだから信じないでほしい。



「ボクは【ノワール】。忍者ですニャ」

「ボクは【スカーレット】。忍者ですニャ」

「ボクは【カーマイン】。忍者ですニャ」


 態度を軟化させた狐面さんたちから自己紹介を受けた。

 もっとも、名前の方はコードネームのようなものだと思う。


 それより、全然忍んでいない派手な色の、露出の多い服を着ているのに忍者とは一体?


 コードネームも赤系が被っているとか、猫人さんなのに狐面とか、ツッコみどころが多すぎる。


「みんニャ揃って忍者戦隊ゴニンジャーですニャ」


「3人しかいニャい」


 思わずツッコんでしまった上に、語尾こそは耐えたものの途中がおかしくなってしまった。

 アイリスの目の色が変わった気がした。


「ひとりはおめでたで寿退社しまして、もうひとりは遅刻ですニャ」

「きっとカレー食べてやがりますニャ」

「玉葱でも食べやがれですニャ」


 ツッコみどころが増える一方なのだけれど、ツッコむと私の中の何かが狂うような気がしてツッコめない。

 ここは、元関西人であるアルを召喚したい。

 出でよ、アル!

 あ、アドンじゃないから引っ込んでいて。


 というか、一瞬とはいえアイリスたちを出し抜けたのは、彼女たちが有能な証拠なのだろう。

 そうすると、この会話も何かの誘導だったりするのだろうか。



 忍者猫さんはひとまず置いておいて、その場で帝国兵さんの尋問を行った。


 残念ながらというか、予想どおりというか、末端の兵士さんからはそれほど有意義な話を聞くことはできなかったけれど。

 責任者というか現場主任は忍者猫さんが殺してしまったようだし、これ以上粘る意味は無さそう。


 まあ、こちらは帝国にプレッシャーを与えて時間が稼げればいいな程度のこと。

 さすがに公爵ほど莫迦ということはないと思うので、拠点のひとつふたつを失ったからといって作戦が破綻することもないだろうし、必要ならもういくつか砦を襲ってもいいかもしれない。

 後は勝手に退却してくれるだろう。

 ということで、用済みとなった彼らは、ミーティアのブレスで駐屯地ごと吹き飛んでもらった。


◇◇◇


 駐屯地で回収した亜人さんたちと、本日の私の戦果である猫人さんと牛人さんを取り出して、事情を説明していく。


 もちろん、朔とアイリスが。


 私はそれをただ眺めている。


 城下に犬がいるから、あとは鶏――いや、牛じゃなくてロバだったかな?

 鶏の亜人とかロバの亜人とかもいるのだろうか?



 そんなことより、ラーメンとかうどんの具をどうにかしなければいけない。


『どこにも行き先がないなら、ボクたちの所で受け容れることも考えてあげる。といっても、そこが楽園とは限らないけど』


 狂信者にとっては楽園かもしれないし、そうでなければ地獄かもしれない。


 とにかく、そんな感じで朔の状況説明と提案が終わると、砦から奪ってきた食料を取り出して彼らに渡す。


「こんなに沢山の食料、本当にいいんですか……?」


『充分な量はあると思うけど、無駄遣いしないようにね』


 亜人さんたちは、しばらくはそれが彼らに提供された物だと気づかなかったようだ。

 ひとりの牛人さんが、勇気を振り絞って尋ねてきたことで、ざわめきが起こり始める。


 え、嘘? マジ? ――いや、でも――と、半信半疑な彼らだけれど、長い間ろくな食事をしていなかった身体の欲求には勝てず、ひとり、またひとりと近づいてくる。


「あ、あの、私たちに払える対価なんて、ミルクくらいしか……、あっ、いえ、そんなものいりませんよね……」


 タダより高い物は無いのも分からないでもないけれど、アイリスの目が怖いので、彼女の前でそういう対価は遠慮してもらいたい。


 しかし、彼女たちが出すのは牛乳になるのだろうか?

 それなら好きな人もいるかもしれないし、日本にいた時は私も好きだった。

 後でこっそり訊いてみよう。


「これだけの人数を、ただ救い出して放り出すだけとはいきませんから。ここにいる皆さんで仲良く――上手く分けてくださいね」


 アイリスが、私と牛人さんの間に割り込んで答えていた。

 今の私は女性なのだから、変な意味は無いと思うのだけれど、怖くてとても口に出せない。



「神様のところってどんなところですかニャ? ボクらはそこに行ったとして、何をすればいいんですかニャ?」


 もっともな質問だ。


 しかし、何をさせるかなんて考えていなかった。

 私たちを楽しませてくれれば嬉しいけれど、口に出すと微妙になる類の願いだ。

 そうなるくらいなら最初から何も言わない方がいいし、そうすると、今度は何も思いつかない。


「暖かくて、海に森に山と自然が多くて、人里からとても離れていて、貴方たちのように行き場をなくした人たちが四百人ほど住んでいる所ですよ」


 アイリスが答えられる範囲を答えた。


「いずれ私たちの手伝いをしてもらえればとは考えていますが、強制はしませんし、それよりもまずは受け容れた方たちの生活を安定させるのが先だと思っています」

 確かに今は猫の手も借りたい。

 既に兎とか犬とかの手は借りているけれど。



 さておき、朔の説明よりも真剣に耳を傾けている亜人さんたちを見ると、やはりアイリスの演説は目に見えて効果が高い。

 洗脳を疑うレベルだ。

 何らかのスキルの効果なのだと思うけれど、巫女に関係するものだとすれば、いずれシャロンもこうなったりするのだろうか。

 想像するとちょっと怖い。


「今のところの決まりごとは、自然やみんなで作った町を汚さないことくらいです。そこで何をするかは各々の自由に任せますが、その自由はみんなが持っているものだと覚えておいてください」


 随分と都合の良い話に聞こえるけれど、アイリスの話術の効果か、亜人さんたちはすっかり信じているようだ。


「神様。ボクが神様の役に立てば、棲み処を追われた他の同胞とか、他の種族も受け入れてくれますかニャ?」


 忍者猫の問いかけに、朔が無言で頷く。

 私はどちらでもいいのだけれど、口に出して答えると語尾がうつるからニャ。

 神様呼びは勘弁してもらいたいのだけれど、今ここでニャーニャー言うわけにはいかニャいのニャ。


「帝国の奴らのせいで家を追われた亜人が、この森にはいっぱいいるのですニャ」


「王国に逃げても、今の公爵はクソですニャ。帝国と繋がってやがりますニャ」


 公爵の悪名は、王国の管理下にない亜人さんにまで届いているらしい。

 とにかく、受け容れるだけならまだ余裕はあったはずだし、それより、忍者が何の役に立つつもりなのかには興味がある。

 情報収集とかしてくれるのだろうか?


「神様が欲しいのは情報ですニャ? ボクら、諜報とか得意ですニャ!」


 忍者というより、エスパーかもしれニャい。


 とにかく、忍者というには目立ちすぎる忍者が、これ見よがしに胸を張っていた。


 そこに一抹の不安を覚えるけれど、私たちの中に隠密行動ができるのが、厳密な意味ではいない。


 私の領域は一般人には気づかれないかもしれないものの、神や天使には丸分かりっぽいし、リリーの幻術も万能ではない。そして、ミーティアとソフィアは、やらかす未来しか見えない。


 少なくとも、彼女たちには、アイリスたちに直前まで悟られなかった隠密能力はあるはずだし、少し期待してもいいのかもしれない。

 というか、期待したい。


『じゃあ、任せてもいいかい?』


 朔が私の結論を代弁してくれる。

 アイリスも、表情を見る分には異存はないようだ。


「では、スカーレットとカーマインは【サクラ】も連れて行動を開始するニャ。定時連絡はいつもどおり、まずは東の村の方から始めるニャ」

「「了解ニャ」」


 名前を呼ばれたふたりは、ノワールさんの合図で煙と共に姿を消した。

 諜報はノワールさんひとりでするつもりなのか?

 というか、もうひとりは根拠なく黄色かと思っていたのだけれど、ピンクだったらしい。


「それで、ボクは何を調べればいいですかニャ? 公爵家にいる内通者ですかニャ?」


 あれ?

 調査内容は伝えていなかったはずなのに――いや、さっきの帝国兵さんたちへの尋問から、私たちの狙いを察していたのか。

 なかなか耳が良いようだし、拘束されている状況でも情報収集は怠っていなかったらしい。

 これは思わぬ拾いものかもしれない。

 人助けもやってみるものだ。


「それも分かるようなら助かりますが、それよりも公爵のご兄弟の居場所を調べてもらえますか?」


「了解しましたニャ。――それではひとまず5日いただきますニャ。神様はそれまでここでお待ちくださいニャ」


 5日?

 そんなに早く調べられるの?


 とにかく、それくらいで分かるならいいかと思って、「うむ」と偉そうに頷いて、煙と共に消えるノワールさんを見送った。


 煙に視線と認識を断つ効果でもあるのだろうか。


 しかし、私には効かないようで、自身の影に潜って超高速移動する彼女が見えていた。

 何かのスキルだろうか?

 なかなかユニークなスキルだ。


 今度会った時は、魔力回復用のお酒かソフトドリンクでも渡しておこうか。


 とにかく、待っている間にもうひとつの懸案事項の解決に勤しもうと思う。

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