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11 スピード解決

 ジェンキンス男爵を振り切ったギンダーさんが、悲鳴のあった方へ駆けて行くのを、全員で追いかける。

 駆けて――というより、ほぼスキップだった。

 この状況がよほど嬉しかったのかもしれない。

 不謹慎極まりない。


「こっ、これは! 何ということだ……!」


 辿り着いた部屋のベッドの上には、胸に短剣を突き立てられて夥しい血を流しているリチャード氏の変わり果てた姿があった。


 などと白々しく驚いた演技をしたものの、細工や仕込みは完璧だし、誰が何をやったかまできっちりと把握している。


「全員この場を動くな! ――まずは何があったのかを、できるだけ詳しく教えてほしい」

 ギンダーさんがその場にいた全員を制止し、現場検証と事情聴取を始めた。

 なぜ彼がイニシアティブを取っているのかは分からない。

 分からないけれど、誰も止めないので、彼の独擅場になっていた。



 私は、推理ものはあまり好きではない。


 頭を使った駆け引きが苦手というのもあるけれど、私はどちらかというと犯罪者側の立場なことが多いので、どうしてもそちらの視点でものを考えがちになる。

 それに、トリックを解かれたり証拠を集められて犯人だとバレたとしても、物理で口を塞げばいいのでは? と思ってしまうからだ。


 また、状況にもよるけれど、「犯人はこの中にいる」という状況なら、犯人やトリックを暴くことより、追加の被害者を出さないように頭を使った方がよくない?

 正義の味方を気取るなら、無駄な被害者を出した時点で負けだと思うのだけれど。

「悲しい事件だったね」

 で済ませるのも好きじゃないし(※偏見)。


 というか、被害者が自衛できれば事件なんて起きないのだから、常在戦場の心構えはどんなときでも忘れてはいけないと思う。


 なお、お笑いとかコメディは大好きだ。

 なのでまあ、ギンダーさんの推理を見守ってみようと思う。

 誰も口や手を出さないのは、私と同じ気持ちなのだろう。





 ギンダーさんによる初動調査の結果によると、状況はこうだ。


 ジェンキンス男爵が、弟のリチャード氏の寝室に彼の様子を見にきてから、私たちの相手をしに応接室へ向かったのが五十分ほど前。

 その際、寝室にはメイドさんが2名、扉の前に使用人さんが2名いて、リチャード氏が刺されるまで誰ひとり持ち場を離れていない。


 それから十五分後、連絡を受けたジェンキンス家かかりつけの【ヘクター】医師が、遅い時間にもかかわらず診察に訪れた。


 それから医師を部屋まで案内して、医師がリチャード氏の診察をしていたところ、突然室内の明かりが消えて真っ暗になった。

 それから数秒後に明かりが灯った時には、リチャード氏の胸には短剣が刺さっていた。


 診察中、扉と窓は閉まっていたので密室状態。


 室内にいたのはリチャード氏の他に、最初からいたメイドさんが2名と、ヘクター医師とその助手の女性。

 また、明かりが消える寸前にリチャード氏の一番近くにいたのは、助手の女性である。


 なお、窓には内側から鍵がかけられていたため、そこからの侵入は考えられず、細工の痕跡なども見つからなかった。

 そして、扉の方も前述の人以外の出入りはなかったと、使用人さんたちが証言している。



「普通に考えれば一番怪しいのはヘクター医師です――が、齢八十になる医師に、一撃で胸骨を貫いて心臓を破壊するなど不可能です。そして何より、犯行に及んでいれば白衣にあるはずのもの――返り血が付着していません。そして、それは助手やメイドも同じこと――つまりこれは、密室殺人!」

 ギンダーさん、自身の口から出た密室殺人という響きに、とてもご満悦な様子。


「魔法を使えば――例えば《透過》による不可視状態や、《転移》に《時間停止》、他にもいろいろとどうにでもなるじゃないですか。それより、《蘇生》させるのが先では?」

 鼻息の荒くなってきたギンダーさんを、アルが得意のツッコミでばっさり切り捨てて、アイリスの方を向く。


「さすがに《蘇生》だけは、教会で儀式魔法を使った方が成功率が高いと思いますよ? 彼は特に衰弱していましたし」

「なら、とりあえず凍らせときましょうか」

 犯人捜しより、被害者の蘇生を話し合うふたり。

 実に正論だ。


 そもそも、このふたりは作戦の内容を知っている――というか立案者なので、このやり取りは完全に茶番である。


「う、うむ。君の言うとおり不可能ではないですが、《時間停止》はさすがにお伽噺の中だけでは……。そうか、違うか……。だ、だが、現場を保存するため、死体には手を出さないでもらおう!」

 密室を否定されて、目に見えて落胆するギンダーさん。


 そして、彼は諦めが悪い男だったようだ。

 一応、意味ありげに待ち構えていた彼も警戒対象だったのだけれど、さすがにこれは外れな気がする。


「ですが、教会にお布施できるような額は当家には……」


「まずは、徹底的に唯一の物証である短剣を――」


「そんなことより、彼が殺された理由を考えれば、ジェンキンス男爵や君の安全の確保が優先では? 私たちは自分の身くらいは守れるから、そんな心配は要らないが」


「そんなことより!? 私は! 真実が! 知りたいだけなんだ! 真実が分かれば! それでいいんだ!」


 友人の身の安全をそんなこと呼ばわりとは、どうやら期待してはいけない類の人のようだ。

 というか、ジェンキンス男爵は友人を選んだ方が――いや、こんな人に頼らないといけないくらいに困窮しているのか?


「なら君はひとりで捜査してるといい。きっと犯人から接触してくるさ。口封じのためにね」


「ひとりにしないで!? ――ゴホン、まだ捜査は終わっていないので、勝手に動いてもらっては困るな!」


 ジェンキンス男爵を連れて退出しようとするアルを、しがみ付くような形で引き止めるギンダーさん。

 芸人としてはなかなかのものだ。


「すまんが、診察も治療もないようなら明日にしてもらえんかの? 年寄りには夜中に長時間の取調べは厳しいでな…」


「申し訳ない。ですが、暗闇の中でのアリバイの無いヘクター医師が、犯人である可能性が高い以上、はいそうですかと帰すわけにも――」


 健康上の理由で退席しようとする、高齢の医師を引き止めようとするギンダーさん。

 なかなかの人でなしでもあったらしい。


 もっとも、医師が実行犯で間違いはないのだけれど、魔法やスキルの可能性などを追及できない以上、彼に証明する手立ては無いと思う。


「それは、そこの使用人たちも皆同じじゃろう。そっちの若いのが言うとおり、いい歳してごっこ遊びなんぞやっとらんで、ジェンキンス男爵様を警護するべきじゃろうが?」

「ご、ごっこ遊び……!?」

 犯人に説教される探偵がいた。

 これは厳しい。


 なかなか見ないタイプのコントだったけれど、これ以上は時間の無駄だろう。



「まあ、相手も真っ当な手段ではないですから、魔法が使えないギンダー殿には荷が重いですよね。――リリー、ミーティア、マリアベル、もう結構ですよ」

 アイリスが酷評と共にリリーたちの名を呼ぶと、リチャード氏に見せかけていた幻術が解けて、マリアベルが姿を現した。


 なお、刺さっていたように見えていた短剣はマリアベルの歯で受け止められていて、幻術の解除と同時に「ぺっ」と吐き出されて、床で乾いた音を立てた。

 同時に、メイドさんに化けていたリリーとミーティアも、本来の姿に戻った。

 血の質感や匂いまで感じさせる見事な幻術に、いつも以上にリリーを撫でてあげる。


「本物はこっちですよ」

 続けてアイリスがそう言うと、ソファに寝かされていた本物のリチャード氏の不可視化が解除される。


「で、貴様が山賊どもを動かしておったのか? 上手く化けとるようじゃが、化かし合いで儂らと張り合おうなど、笑止千万じゃの」

 ミーティアが医師に詰め寄って、酷薄な笑みを浮かべて見下ろした。

 ミーティアの言うとおり、本当に上手に化けている。


 どうやら、医師本人の皮を剥いで被って本人に成りすましている――随分と特殊なスキルを持っているようだ。


 しかし、いくら誤魔化しても、鼻の良い私やリリーには血の匂いで分かる。


「な、何のことだ? わ、私をからかうのもいい加減にしろ!」

 まだ言い逃れを続けるのは、こちらを侮っているのか、まだ策があるのか。


「魔王から逃げられると思わないでね?」

 医師に扮した人が追い詰められていると判断したか、使用人さんのひとりが後退りするのを、ソフィアが邪眼の能力で麻痺させた。


 指の一本すら動かせずに床に倒れて痙攣しているのは、復讐に参加しなかった使用人さんだった。

 やはり彼女が連絡役だったのだろう。


 リチャードさんから離れたがらなかったのも、万一の場合には隙を見て殺す算段になっていたのかもしれない。


「何を莫迦な、私がやったという証拠がどこにある!? 暗闇の中で何も見えなかったはずじゃろう!?」


「刺されました」


「夜目は利くのではっきり見えました」


「竜眼の前で嘘が吐けると思うなよ?」


『猫神様は何でもお見とおし』


 証拠を求める医師に対して、次々と声と手が上がる。

 というか、最後のは何だ?


「こうなれば――《転移》! くっ!? なぜだ!?」


「逃げられないって言ったじゃない」


 《転移》を使おうとして失敗したのか、医師の焦りの色が濃くなった。

 そんなお約束のやり取りを経て、医師はソフィアの邪眼で麻痺させられた。


『勘違いしてるようだから言っておくね。ボクたちには君を裁くつもりなんてないから、証拠なんか必要無いんだ』


 アイリスの《解除》で本来の姿に戻された医師は、白衣から僅かに覗く手足は枯れ枝のような細さで、顔の肉もごっそりと削げている、男とも女とも分からない人だった。

 山賊の頭目が言っていたローブの人物で間違いないだろう。

 違っていても特に困らないので、決定事項である。


「ここにおるので嘘を吐いとったのは、このふたりだけじゃな」

 他に怪しい動きの人もいないし、男爵と芸人さんに監察官もシロ。

 こちらとしては、ふたりもいれば充分だ。


「それじゃ、帰りますか。 ああ、ジェンキンス男爵、念のためにしばらくは警備を厳重に。王国の方にも、私の方から増援を要請しておきます」


「ええと、ご配慮、感謝します? 一体何がどうなって?」


「男爵、世の中には知らぬ方がいいこともあるのです。リチャード殿が帰ってきたこと以外、すべて忘れてしまった方がよろしいかと」

 状況が呑み込めていない男爵と、それを宥めている監察官を余所に、私たちは拘束した獲物ふたりを連れて立ち去る準備を始める。


「待ってくれ、そのふたりをどうするつもりだ!? 私の取調べはまだ――」

 この状況でもまだ追い縋ろうとするギンダーさんの前に、呼んでいないのに出てきたアドンとサムソンが立ち塞がる。


 すると彼はピタリと足を止めたかと思うと、股間から勢いよく湯気が立ち上り始めた。

 シンキングタイムからまさかの失禁グタイム。

 彼こそ、異世界のシャー(擬音)――いや止そう。


 品のない冗談はさておき、どうにもアドンとサムソンは人間には刺激が強すぎるらしい。

 それか、利尿作用が強いか。


「これより先は真実ではなく、深淵など比較にならぬ遥かに深き世界」


「只人の踏み入れる世界ではない」


「ギンダー殿の趣味を否定はしませんが、あなた向きの趣味ではありませんね。趣味感覚でこちら側に首を突っ込まれますと、死ぬくらいでは済みませんよ?」


 アドンとサムソンが優しく制止して、アイリスの脅しが止めとなって、ギンダー氏は気を失った。

 男爵と監察官は辛うじて意識を繋ぎ止めていた――彼らの両手もしっかりと繋ぎ止められていた。

 誰かが側にいてくれるというのは心強いとかそういう話なのかもしれない。

 仲良きことは美しきかな、だね。



「撤収、急げ!」

 何だか分からないけれど、アルが撤収を急かすので、慌しく男爵家を後にした。


◇◇◇


 《転移》先は私のお城の別館、その地下室のひとつ。

 私たちがあれだけ時間をかけた行程が、《転移》だとほぼ一瞬だった。


 かなりの魔力を消費してヘロヘロになっていたけれど、毎度のことながら羨ましい限りである。

 若干気持ち悪いけれど。


 とにかく、早速連れ帰った戦利品を無造作に床に放り投げて、尋問を始める――前に、アルに「どこでもデスを出すな!」と怒られた。



『素直に話せば王国に引き渡してあげる。話したくないならそれでもいい。では、どうぞ』

 こんな適当な尋問だと思っていなかったのか、ふたりが困惑している。


「喋っても喋らなくても、どうせ殺すんだろ? ――へっ、今さら痛みに屈すると思うか? 好きなようにしろよ」

 枯れ枝さんが、温い尋問の仕方を鼻で笑う。


 なお、当初はアドンとサムソンに尋問させようかと思っていたのだけれど、さっき怒られたばかりなので自重をしている。


「素直に話した方がいいわよ? あれ、ほんとに怖いから!」


「私もできればもう見たくはありませんが……」


「王国には奴隷落ちで済むように嘆願出してやるから、さっさと話しとけって。死んだ方がマシ状態で死ねないとか嫌だろ?」


 朔の尋問は適当だったのに、みんなの説得が必死だった。

 その様子が逆に胡散臭く感じたか、ふたりとも口を噤んでしまった。


 仕方なく、使用人さんの髪を手に取ると、ほんの少しだけ朔の気配を漏らすと共にともに、心を無にして侵食する。


 彼女の髪を、毒虫や内臓チックな何かに創り変える。

 髪は女の命というし、健康には害は少なくても、効果は大きい――といいな。


 変質した髪が脈打ち蠢きながら、徐々にその範囲を拡大していって、聞くに堪えない鳴き声を発しながら、侵食していない部分の肉に喰らいついていく。

 わざとらしい咀嚼音と何かが潰れるような音、よく分からない体液を撒き散らしながら羽化する毒虫――と、段々パフォーマンスが過激になっていく気がする。

 怖い。


 幸い、私の心が折れる前に使用人さんの心が折れて、声にならない悲鳴を上げたかと思うと意識を失った。

 ここまで、あっという間の出来事だった。


 みんな――威勢の良いことを言っていた枯れ枝の人もドン引きしていた。

 初めて見たリリーに至っては、尻尾の毛がすさまじく逆立っていた。

 怖がらせてごめんね。


 もちろん、私もグロも虫も嫌いなので、できればこんなことはやりたくない。

 というか、好きな人なんていないだろう。

 だからこそ、効果があるともいえるのだけれど。



 結局、枯れ枝の人が吐いた。

 いろいろと。

 予想どおり、リチャードさんの誘拐はアズマ公爵の差し金で、女性を攫っては公爵へ、子供や亜人は帝国へ流していたらしい。

 ただ、枯れ枝の人も直接公爵とは会ったことはないらしく、命令などは全て代理を名乗る女性を介してのやり取りだったそうだ。


 なお、使用人さんの方は、あれだけで精神が壊れてしまったようで、使い物――話すこともできなくなってしまった。

 生きてはいるし、侵食した部分も既に崩壊しているのだけれど、壊れてしまった精神が元に戻るかどうかは分からない。


 枯れ枝の人も見ただけで――想像しただけで壊れかけていて、今は恐怖でいっぱいいっぱいで、これ以上の情報を引き出せそうにないけれど、この怖がり様を見れば、変な意地はもう張らないと思う。


 後はドン引きしているアルに任せればいいだろう。



 残念ながら、この筋からは公爵の兄弟を見つけることはできなかった。


 それでも、公爵討伐の大義名分のひとつにはできそうなので、少しだけ前進といったところ。


 とにかく、明確な道筋もないので、できることからやっていこう。

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