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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第一章 邪神さん、異世界に立つ
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08 楽園

誤字脱字等修正。

「何かあった。何だろう? 中には家――人がいたようだけれど」


 ここから南に三百キロメートルくらい離れたところに、目には見えないけれど確かに存在する何かに囲まれた場所があって、その中心に家――というか、豪邸といっても過言ではない洋館がある。


 というか、その目には見えない何かは、俺の領域が触れた途端に、風船が割れるような感じで壊れてしまった――壊してしまった後でその存在に気がついた。


 そして、それを壊した途端に屋敷が大騒ぎになったのを見て、慌てて領域を解除したので、それが何だったのかも含めて、それ以上のことは分からない。


 ただ、ひとこと言っておきたいのは、壊されて困るようなものを壊れやすい場所に隠しておくのはいかがなものかということだ。

 壊されて困るものなら、簡単に壊れないようにしておくのが道理だろう。



 さておき、領域を解除する間際に、奇妙なものを見たような気がする。


『小規模な結界があったね。というか、結界が壊れて大騒ぎになってたね』

 あれは結界というのか――というか、最後に一瞬見えたものが気になって、それ以上の疑問は湧いてこない。


『こんな森の真っ只中にポツンと一軒家って、何だか怪しい感じがするね。それでも行くの?』

「もちろん」

 それだけは明確に答えた。


 深い森の中に一軒だけ存在する洋館。

 いや、実際には建物は複数棟あったけれど、別棟とかそんな感じだったので、一軒と称しても問題は無いだろう。



 そんなことより、彼が言うように、確かに怪しいロケーションだった。


 こんなところに家を建てるのは、よほどの偏屈か、重度の引き籠りだけだろう。

 というか、名探偵が訪れれば間違いなく事件が起きる。一般人ならホラーな展開になる――ホラーなら構わないけれど、スプラッターは勘弁――そんな洋館だった。


 それでも行かなくてはならない。

 敵か味方かは分からなくても、人がいるというだけで充分。


 それ以外の理由もある。

 まあ、単なる好奇心だけれど。




 出発前に身体の状態をチェックする。

 先ほどまでのたうち回っていたことが嘘のように、後遺症などは全く無い。

 少し疲れた気がする程度で、それも虫との接触での気分的な要素が強い――というか、本当に気分だけの問題なので、これくらいならすぐに回復する。

 嫌なことはすぐに忘れてしまうのが、日々を楽しく過ごす秘訣だと思う。


 体調の次は身嗜みだ。

 服は乱れていないし、汚れてもいない。

 汗をかいた覚えはないけれど――そもそも、生まれてこの方汗をかいた記憶がないけれど、念のために腋の匂いも嗅いでみた。


 汗臭さとかは感じない。

 むしろ、いつもどおりの良い匂いがする。

 これなら失礼には当たらないだろう。


 ただ、財布が無いのが痛い。



『初めてなのに上手くできたね。この感じだと次はもっと強めに行っても大丈夫かな』

 ひととおりチェックを終えた頃に、彼が話しかけてきた。


 それはさておき、妙な台詞回しは止めていただきたい。

 というか、あれは飽くまで切り札だ。

 効果が破格なのは認めるし、後遺症もなさそうだとはいえ、あんなに気持ち悪くてつらいことをホイホイやりたいとは思わない。

 少なくとも、虫がいそうなところでは。


 しかし、まともな痛み――のようなもの? を感じたのも今日が初めての経験だし、今日は初めてのことが多すぎる。


 そして、これから行うことも初めての経験になるかもしれない。



 領域を解除する間際に見たもの――間違いなくバニーガールだった。


 なぜあんなところにバニーさんがいたのかは分からない。


 分からないといえば、なぜラビットではなくバニーなのか。

 基本的には、英語でウサギを指すのは「ラビット」のはずで、バニーとは「うさちゃん」といった感じの幼児語だったと記憶している。

 つまり、バニーガールとはうさちゃんガール、若しくはうさちゃん少女となるのではないだろうか?

 語呂悪くない?


 さておき、もしかすると、あの洋館は亜門さんの言っていた、「ピュアな紳士だけが入ることができる社交場」のようなものなのかもしれない。

 いつもの亜門さん(酔っ払い)の与太話かと思ってスルーしていたけれど、そう決めつけていた俺の心が汚れていただけなのか。

 亜門さん、すみません!


 しかし、彼のような欲望に忠実な人でも行けるのなら、俺ならもっと行けるのではないだろうか?


 とはいえ、今の俺は一文無しのプアな紳士でしかない。

 それでも、行けばきっと何とかなる。

 行かなければ何も始まらない。

 とにかく、バニーさんには不思議の国の案内をしてもらわなくてはいけないのだ。


◇◇◇


 足取りも軽く、目的地に向かってほぼ最短距離を突っ走る。

 夜が明けるまでにはまだかなりの時間はある。


 しかし、時間が有限であるのもまた事実。


 これは、時間との戦い――正確には、営業時間に間に合わせなければいけない。

 閉店時間は分からないけれど、遊ぶ時間も考えると、急がなければならない。


 とはいえ、無用な自然破壊をしているようでは紳士とはいえないので、出せるスピードはたかが知れている。

 それでも、俺の走力で三百キロメートル程度の距離なら、大人の時間には間に合うはずだ。



 そうして(くだん)の結界のあった場所の手前にまで到着したのは、まだ深夜といえる時間帯だった。

 結界というものが何のためにあったのかは分からないけれど、イメージ的には安易に越えていいものではないように思う。

 紳士たるもの、礼儀はわきまえなければならない。


 そこで再び身嗜みチェックを行って、問題が無いことを確認してから、まだ見ぬ楽園に向けて一歩を踏み出す。


 ――踏み出したはいいのだけれど、その後はどうしよう?


 呼び鈴でもあればいいのだけれど、物理的な塀や門は見当たらない。

 深夜に大きな声を出すのは非常識だし、そもそも、一見さんお断りだったらどうしよう――と悩んでいると、館のある方角から妙な集団が接近してくるのが見えた。


 どう見ても歓迎されている雰囲気ではない。


 武装しているだけならともかく、お客様――いや、侵入者を認識した上で、包囲するように展開しているし、明らかに警戒されているのは一目瞭然だ。


 例えるなら、客引きに来た関係者ではなく、通報を受けて駆けつけた警察官といったところだろうか。

 というか、丸腰の男ひとりに警戒しすぎだろう。


 しばらく待っていると、目の前に現れたのは、弓や槍、剣や盾で武装した人間サイズの木製の人形が5体と、全長三メートルほどの石造りの巨人が2体、それらを率いてきたであろう若い女性がひとり。


 人形――ロボットなのか何なのか分からないけれど、見える範囲に操り糸や操縦者は見当たらない。

 それでも、怪物よりは常識的か?


 それはともかく、その少し後方にもこの倍以上の戦力が控えていて、他にも俺を包囲するためにか展開中の集団もいる。


 それらは目視では見えないように上手く移動しているけれど、影の人が100メートルの探知範囲を有効に使っていろいろと教えてくれているので、俺には死角など存在しないらしい。


 そもそも、俺は弓矢や刃物、剣のような鉄の塊程度でどうこうされるような貧弱な坊やではない。



 さておき、やはり見間違いではなかった。


 指揮官っぽい女性が、どう見てもバニーガールである。


 歩くたびに左右に揺れて自己主張しているお耳がとてもキュートだ。

 ただ、残念ながらどうやらここは紳士の社交場ではなかったようで――それどころか、むしろトランプの兵隊でも出てきそうな雰囲気で、お客様の来店を歓迎している様子は全く見られない。

 というか、バニーさんが超無表情で反応に困る。


 メルヘンチックなピンチに苦笑いしつつ、敵対する意思は無いと、両手を上げて結界のあった位置から少し距離を取る。


 それを確認したバニーさんが、こちらに向かって歩いてきた。

 揺れる大きな胸に目が奪われる――性欲は薄い方だと思うのだけれど、男の子だもの、仕方ないよね。

 まあ、お耳も気になるので、単に動くものに目が行っているだけかもしれないけれど。


 そのバニーさんが、俺と十メートルほどの距離を残して足を止めた。

 会話をするにはもう少し近い方が有り難いのだけれど――と思っている間に、部隊の配置――包囲網も完成していた。



「*******!」

 バニーさんから声がかかる。

 しかし、何を言っているのかは分からなかった。

 俺は聴力も優れているので、この程度の距離で聞き取れなかったとは思えないのだけれど、方言とか――まさかの外国語だったのだろうか?


「申し訳ありません。聞き取れなかったのでもう一度お願いします!」

 手を上げたままで言葉だけを返す。


 バニーさんは可愛らしく小首を傾げると、「*******!」と、先ほどより大きな声で繰り返した。

 またしても聞き取れなかった――いや、理解できなかった。

 俺の知っているどんな言語にも該当しない――というか、俺は日本語も満足に扱えないのだけれど。


「Do you speak English?」

 英語ならどうだろう?

 俺は英語が不得意――というか、まるで駄目なのだけれどこの際仕方ない。

 これで通じなければお手上げだ。

 他に俺の扱えそうな言語となると、肉体言語しかない。


 しかしバニーさんは首の傾きが大きくなっただけだった。あざとい。


「********、*******! ****?」

 身振り手振りを交え、一生懸命何かを伝えようとしているバニーさん。

 残念ながら意味は全く伝わってこない。

 というか、身振り手振りをするたびに揺れるお耳とお胸に意識を奪われて、言葉の方は伝わってこない。


「何を言っているのか分かる?」

 無駄だと思うけれど、念のために影の人にも小声で尋ねてみた。


『分からない。でも、ユーリみたいに一部を貰ったら分かるようになるかも。――やる?』

 予想どおりの答えと、予想の斜め上の答えが返ってきた。


「何でもかんでもすぐに奪っちゃ駄目」

 もちろん、慌てて止めた。

 彼の考え方には、倫理観とか常識が欠けている――俺も大概だと思うけれど、輪をかけて酷い。


 とにかく、それは最後の手段だろう。



 その時、ある考えが天啓のように舞い降りてきた。

 通じるかどうかは分からないけれど、試してみる価値はあると思う。


 ゆっくりと片手を下ろして、胸のポケットに手を入れようとしたところ、足元の地面に矢が突き刺さった。

 威嚇射撃だろうか。


 残念ながら怪しい動きに見えてしまったようだ。

 ただ、やると決めたら最後までやり通すのが漢なのだ。

 そう父さんに教わった。


 警戒を強めるバニーさんと、メルヘンチックな人形たちには構わず、ポケットに手を入れる。

 それと同時に、恐らく俺を制止する言葉と共に、四方八方から大量の矢が撃ち込まれる。


 何だか統制が取れていないような気がするのだけれど?


 とにかく、今度はしっかりと俺の身体を狙ってきている――とはいえ、こんな遅いものに当たるはずがないし、当たっても掠り傷すら付かないだろう。

 ただ、鏃に毒とか汚い何かが付いていると嫌なので、結局は避けなければいけない。


 問題なのはそれらに混じって火の玉が飛んできたり、突然の爆発が起きたり、突然の落雷に襲われたりすることだ。

 少々驚きはしたものの、それらの大半は俺の身体に触れる寸前に幻のように消えてしまう――にしても鬱陶しい。


 ただの威嚇――幻覚とかSFX?

 それとも、プロジェクション何とか?

 ――いや、散々おかしなことが起きる日だし、魔法なのかもしれない――なんてね。


 何にしても、これも熱や草木の焦げる匂いまで感じるので、映像や幻覚ではないことは間違いない。


 とにかく、何だかよく分からないままとりあえず回避する。

 その回避も、俺が人間離れしていると思われないように、身体能力より技術に重点を置いて、最小限の動きで躱している。

 超常現象の間合いが掴みづらいせいで難しいけれど、これなら誰が見ても、まるで最初から打ち合わせていた殺陣か、単に俺が達人なだけにしか見えないだろう。



 俺に敵対する意思がないことを分かってもらおうと、しばらく接近すらせずに回避に専念していたのだけれど、一向に攻撃が収まる気配がない。

 それどころか、攻撃は激しさを増している。


 それも、矢や投擲用の武器のような実体を持っている物なら問題にならないのだけれど、光る――というか、光そのものの矢? とか、突然円錐状に隆起する地面など、予想外の事態にはどう対応していいのか分からない。


 攪乱目的なのかダメージが無いことが救いなのだけれど、それもそう油断させるためかもと考えると気は抜けない。



 そうこうしているうちに現れた増援に自分の目を疑った。


 増援に現れたのは、メイドさんだった。


 それもただのメイドさんではない。

 某電気街等に生息しているという、伝説のメイドさんだ。


 俺は地方に住んでいたので、偶然遭遇するような確率はほぼ無く、妹たちの不興を買うのが怖かったので遠征もできずと、今まで縁のなかった伝説の存在が今、目の前にある!


 亜門さん(遊び人)が言うには大層楽しいところらしいので、ずっと気になっていたのだ。


 そういえば、そこのメイドさんは「もえもえきゅん」とか何とか言って、魔法が使えると聞いたことがある。


 やはり、この炎や電撃はそういうことなのか?

 そして、メイドさんに使えるならバニーさんに使えても不思議ではない、そういうことか!



 謎はひとつ解けたものの、それによって新たな謎が生まれる。


 これは一体何のお店か――。


 しかし、その謎を解いたところで、攻撃の手が緩むことはないだろう。

 言葉が通じないので説得することもできない――言葉が通じても説得できるかは不明なのに。


 お店やご主人様を守ろうとする、彼女たちの忠誠心や職業意識の高さは尊敬に値するけれど、いつまでもこのままとか、もちろんやられてあげるわけにもいかない。



 もういいよね――ということで、攻撃を避けながら距離を詰めていく。


 そうして半分ほど距離を詰めた段階で遠距離攻撃が止まる。

 同士討ちを恐れたのだろうか。


 代わりに、剣や槍などの近接武器を持った人形が立ち塞がって、それぞれが手にした武器で襲いかかってくる。

 肉体言語ならどんとこいだ。


 当然、人形の振るう雑な攻撃に当たるはずもなく、歩みを止めることなくバニーさんとメイドさんの前まで辿りついた。

 やはり、直接間近で見るのはテレビや写真で見るのとは違う感動がある――と、感慨に耽っているわけにもいかない。


「私、こういう者です」

 迎撃しようとするバニーさんたちに、名刺を持った両手を突き出す。


 あれ?

 そういえば、なぜ名刺ケースや携帯は服を透過していないのだろう――いや、今はそんなことを考えている場合ではないか。


 お辞儀の角度、名刺を差し出す両手、そして笑顔――完璧だ! あまりに完璧すぎてバニーさんたちが固まっている。

 本来なら社名や役職、氏名をきっちり名乗るべきなのだけれど、言葉が通じないようなので省略させてもらった。


 それに、最低限の単語を並べるだけでも会話はできる――想いは魂で伝えるのだと偉い人が言っていた。

 ホワッツ何屋?



 その想いが届いたのかどうかは分からない。


<君は日本人か?>

 返事があった。

 しかも日本語で。

 なぜか男性のような低い声で。

 バニーさんの胸元から。

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