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06 神の力

 懸念されていたマリンの食料問題は、私のお酒を与えることでほぼ解決した。


 彼女の栄養補給は私のお酒がメインになって、食事は酒の肴程度の量に落ち着いたのだ。

 それくらいなら、人魚や兎と犬の亜人たちが獲ってくる獲物で充分に賄うことができると思う。



 なお、亜人たちに敬称をつけることは許されなくなった。


 私を神として崇めているのに、意見してくるとはどういうことかと思ったけれど、その考え方が暴君っぽいので、大人しく従うことにした。

 釈然としないけれど。


 とはいえ、私には実害が無いし――無いのか?

 まあ、いい。



 とにかく、亜人たちの入植によって、亜人たちは若干ではあるものの海の幸を、人魚たちは山の幸を手に入れられるようになって、双方共に食生活のレベルが向上したことは見逃せない。


 もちろん、私たちの食糧は、今のところは手持ちにあった分で賄えているので、彼らの世話にはなっていない。

 むしろ、若干支援をしているくらいだ。


 当初の目的を考えると本末転倒に思えるけれど、これも初期投資だと割り切るしかない。



 しかし、油断していると、兎や犬の亜人が、それに感化された人魚たちまでもが、私にお供え物をしようとする。


 自分たちの分を削ってだ。


 これがエスカレートすると、いつかのシャロンのように、我が身を捧げようとするかもしれない。

 月にでも昇るつもりだろうか?

 本末転倒にも程がある。


 それでなくても、彼らの住居は仮設のままで、そのくせまた神殿を先に建立をしようとしている。

 外で寝ていても風邪をひかないくらいに暖かい地域だとしても、もう少し自分たちの生活を大事にしてほしい。



 また、彼ら以外にも、リリーが倒れた時にお世話になったオークの一族にも入植を打診してみたところ、彼らもそれを希望したので連れてきた。


 ずっと住んでいた地を離れることに対する不安や、嫁不足の問題などで議論が割れていたけれど、最終的には冒険者や外敵との戦闘で徐々に数を減らしている現実が決め手となったようだ。


 百年前は数百もいた彼らの部族も、人間の女性3名を含む90人という数が、現在の彼らの全てだった。

 どうせ未来がないのなら、天使とも敵対できる私の下の方がいくらか安心して過ごせるということらしい。


 そんな彼らは、先に入植していた亜人や人魚たちから、何も言われず受け入れられて――むしろ、歓迎を受けたことに驚いていた。


 今までオークであるというだけで忌み嫌われてきたというのに、私の使徒であるなら種族の差など些細なものと温かく迎え入れられたのだ。

 そのことに、多くのオークたちは感激に涙していた。


 おかげで、私が神だということに疑問は抱かなかった模様。

 どうにも、「使徒違う」とはとても言い出せない雰囲気だった。

 というか、頑張って言ってみたけれど無視された。


 いや、それで彼らが自助互助するなら好きに言わせておくべきだろうか。

 もうそういうことにしておこう。



 オークたちには、ひとまず郊外で農業や畜産をするための準備をしてもらう。

 この準備が整えば、能力的に狩りに出ることができない人たちの仕事にもなるし、食料の安定化にも繋がる。

 ぜひ頑張ってもらいたい。



 兎の巫女5人は、当初の予定どおりお城勤めとして、三勤二休ペースで9時から16時(※休憩時間120分含む)までの間、お城と敷地内の清掃や庭園の手入れなどをしてもらうことにした。


 現代社会に生きていた人からすればかなり緩い勤務体制だけれど、彼女たちはこうでも決めないと決して休もうとしないし、時間外でもこっそり仕事をしようとするので、それを見越して設定している。


 そもそも、彼女たち5人だけで、地平線の見える敷地の全てを管理できるなど思ってはいないし、思うような外道でもない。


 できる範囲だけでいいと確かに言ったはずなのだけれど、彼女たちにとってのできる範囲とは命の続く限りのことであるらしく、今でも始業と共に元気よく飛び出して、途中で力尽きて帰ってこられなくなることもままある。


 おかげで、クリスさんから貰ったホムンクルス10体のうち5体を、彼女たちの補佐につけることになってしまった。


 なお、ホムンクルスたちの衣装は伝統的なメイド服で統一されていた。


「セクシーなのが着たければ自分で着たまえ」

 とのメッセージと一緒に、ものすごく丈の短いチャイナ服や、露出はほぼゼロだけれど、身体のラインが思いっきり出るボディスーツも頂いている。

 他にも、星型とかハートのパッチも一緒に送られてきたのだけれど、これはパッチワークにでも使えということなのだろうか。


 とはいえ、道具の使えない私にはパッチワークなどできないし、道具が使えてもそんなスキルは無い。

 よく分からないので確認してみたのだけれど、<朔君なら分かるのだよ>と返された。

 何か企んでいる気配もしたけれど、それは取り込まなければ済む話である。


 それにしても、クリスさんに悪気がないのが困ったものだ。

 彼は、本気で私を可愛く着飾ることしか考えていない。

 紙一重ということか。

 恐らく、あのただの布も本気で私に似合うと考えてのことなのだろう。

 やはり、どこにどう使うのかは分からないけれど。



 女装していた時は、心のどこかで「バレたらどうしよう」とか、男らしさの欠片もない身体に思うところはあったものの、完全に女性になって落ち着いてみると、これはこれで悪くない――というか、今の私は、ある種の理想の女性像のひとつではないかと思う。


 翼とか尻尾は別にして。


 柔らかくてスベスベでプニプニで日焼け知らずの白い肌。

 もう少し身長がほしいけれど、メリハリの利いたプロポーションは悪くないと思う。


 男に戻る必要があるのだろうか?

 もうお姉ちゃんとして生きていけばいいのではないだろうか?

 言い訳さえ思いつけばだけれど。



 そうなると、問題はアイリスとの関係だけなのだけれど、なぜか私が女になったことについて何も言ってこないどころか、以前よりもスキンシップが激しくなったような気もする。


 まあ、アイリスも混乱しているのだろう。

 最悪、iPS細胞に期待するしかないのかもしれない。




 それらはさておき、7日目から能力使用が一部解禁されてから、慣らしがてらにいろいろとやってみた。


 本当はさっさと公爵排除に向かいたいところだけれど、拠点が大所帯になってしまった以上、ここを放置していくわけにもいかない。

 帰ってきた時に、みんなゾンビになっていたとかは、さすがに寝覚めが悪い。


 そもそも、公爵が一日二日長く生きたからといって、大勢に影響はないと思う。


 とにかく、ここにかかわる全ての人が、私たちがいない間でも、健康で文化的な最低限度の生活を営めるだけの準備はしておくべきだ。

 その匙加減は難しいけれど、食の問題が解消されれば、とりあえずは何とかなるだろう。



 とはいえ、正攻法で解決するのは難しい。

 少なくとも、かなりのお金も労力も時間も必要になる。

 アルもそれを分かっていて、手を付けていない感がある。


 その上で、希少な魔物の素材と引き換えに、小麦などの食糧や家畜の仕入れをお願いしたけれど、かなりぼったくられた上に、

「俺が大量に食料や武器を買い集め始めたら、戦争の準備でもしてるのかって勘繰られるからな。バレないようにしようとすると、それなりの時間がかかるぞ」

 とのことで、時間稼ぎを図られている。


 一応、話の筋は通っているし、私だけなら騙せたかもしれないけれど、こっちにはアイリスとミーティアがいる。

 全てが嘘ではないとしても、裏があることくらいは見抜いるのだ。



 しかし、残念だけれど、私のことを侮りすぎだ。


 正攻法で駄目なら、正攻法以外の手段で解決すればいい。

 私の能力は、因果に囚われていないのだよ。


 だからといって、何でもできるわけではないけれど、可能性は――可能性だけは無限なのだ。


 もちろん、病み上がりというか、最低限の能力の使用に耐えられるだけの状態に復帰しただけだそうなので、いきなり全開でやるような莫迦な真似はしない。

 ひとまずは、肩慣らし程度のつもりだ。




 創るのは、食糧問題解決の一助となるもの。


 天使と戦った時の感覚からすれば、充分できるはずだった――のだけれど、微妙に上手くいったりいかなかったりする。


 まだ天使を喰らいすぎた影響が残っているのか、僅かに残った私の人間性が原因なのか――あの時の万能感はどこに行ったのか、それとも変なテンションで感じた錯覚だったのか。

 とはいえ、どちらにしても、無理にどうこうできるとか、するべきものではないので、できる範囲でやるしかなかった。



 しかし、それでも今世紀最高の発明といっても過言ではないものを創り出すことに成功した。

 その名も【自動販売機】。

 一日二十四時間、休憩などは必要無く、年始年末も休まずに働く、現代における奴隷ともいえる存在。


 もちろん、私が創ったものなので、ただの自動販売機などであるはずがない。

 神の秘石を核に、そして動力源としたそれは、一度創ってしまえば半永久的――永続する魔法は存在しないという原則は私の被造物にも適用されるものの、数十万から数百万年くらいは動き続けるはずで、補充も必要無い優れものだ。


 創り方は簡単。

 手頃な大きさの石とか鉄を用意して――材料は無くてもいいような気がするけれど、あった方がイメージしやすかった。

 そして、それをおもむろに侵食して、核となる秘石と共に料理魔法を組み込む。


 細かいことは気にしなくていい。

 イメージさえしっかりしていれば、細かい過程は省略できる。

 ただし、失敗すると何が生まれるのか分からないので、慎重に行う必要がある。


 そうして完成した自動販売機の商品ラインナップは《竜殺し》、《鬼殺し》、《人殺し》、そして新たに開発できた、様々なソフトドリンクを出す魔法《子供騙し》の4つで出せるもの。

 殺さなくてよかった。


 そして、それだけでなく、それぞれの魔法に―改三―という派生が出現したので、炭酸入りにすることもできるようになった。

 やはり、精神世界の私は、駄洒落だったり韻を踏むのが好きらしい。


 とにかく、それらを組み合わせて、多種多様なドリンクを、好きなときに好きなだけ飲める、夢のような眷属が完成したのだ。

 ただし、容器だけは自分で用意する必要があるため、よくよく考えれば自動販売機というよりドリンクバーかもしれない。


 まあ、それくらいは些細な問題だといえる。


 これを自室、食堂に厨房、そして庭園の各所に設置する。

 これで、巫女たちが行き倒れる心配も少しは減るだろう。


 それと、ある程度神殿が完成すれば、城下の方にも設置して、巫女に管理させようと思う。

 そして、いつの日か、神殿がそういう名前の酒場とかお食事処になればいいと思う。

 居酒屋【神社エール】とか。

 みんなの自主性や努力は無駄にしたくないので、神殿の建立を禁止したり破壊したりはしないけれど、在り方というか、利用法を誘導するくらいはいいだろう。



 ひとまず、その布石として、巫女たちの業務に「お酒を持って城下へ慰労に行く」ことを付け加えた。

 その際に、お酒も容量と用法を守って正しく楽しく飲むことや、飲んだら飛ぶな、泳ぐなとか、5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の啓蒙を行わせることも忘れない。

 もちろん、命令ではなく努力義務である。

 どこまで通じているかは分からないけれど。




 飲み物ができれば、次は食べ物――となるのは自明の理である。

 できれば出来合いの物が出てくるのが理想で、次点でレトルトとかフリーズドライ。

 調理?

 創作料理という言葉もあるし、料理は創るものなので、もう必要無い。


 しかし、前者は種類の増加を偶然に頼るしかなく、後者は仕組みがよく分からないので、全く違うものができそうな気がする。

 カレー程度なら飲み物枠で出すことも――いや、元々食が細かった私に「カレーは飲み物」と思い込むことは不可能だろう。

 精々がスープ止まりだ。


 また、飲み物の自動販売機やドリンクバーを見かけることはよくあったけれど、食べ物が出てくるようなものはほとんど記憶にない。

 そのためか上手くイメージが作れず、自動化することが難しい。


 試しに、ご飯の出る自動販売機を創ってみたのだけれど、ネリネリと音を立てて、ソフトクリームのように出てきたご飯には食欲が湧かなかった。

 流動食が必要なときには便利だろうか?


 とにかく、変なところで融通が利かない、便利なのか不便なのかよく分からない能力である。

 ただ、ペースト状の餡子は何かに使えるかもしれないので、可能性は追求してみようと思う。


 こんな感じで、新しいものとは地道な研究の積み重ねでできるものである。

 できることを積み重ねていけば、自ずと道は拓かれるはずだ。




 庭に出て、私の療養中にアイリスやリリーが作っていた農園に足を向ける。


 農園といっても、そういう区画があるだけで、まだ何も手をつけられていない。


 そこに、朔の中にあった適当な木を取り出して植える。

 何の木かは知らないけれど、背が低くて、枝葉が良い感じに疎らなものだ。

 とにかく、創造できないなら侵食しちゃえばいいじゃない――と、そういうことだ。


 詳細は省こう――というか、省かないと恥ずかしすぎて死んでしまうかもしれない。

 できたのはショートケーキとかホットケーキとか各種ケーキの生る木、フライドチキンの生る木、そしてうどん蕎麦中華麺など、各種麺の生る木。


 どれも駄洒落というのも憚られる何かで、特に最後のは酷い。

 何かを酷く冒涜している。


 駄洒落も恥ずかしすぎてキツいのだけれど、これも別種のヤバさがある。



 改めて侵食した木々を見渡すと、自分でもよく分からない――分かりたくないし、見た目がかなりメルヘンチックというか、悪夢というか、名状しがたい何かである。


 しかし、生まれてきたものには罪は無い。


 それに、味は絶品だし、腐ることもないし、麺もコシやのど越しは最高で、茹でる必要すら無いという完成度の高さ。


 なので、急遽厨房に駆け込んで、各種スープや出汁が出る自動販売機を創りあげた。


 魔法名は《男殺し》。


 良い出汁も出ているし、カレーや餡かけも出る。

 カレーはスープ状のものしか出せないようだけれど、それでも一歩前進だ。


 しかし、麺つゆとMenがかかっているとかだろうか?

 それとも、男子とダシか?

 もうヤダ。

 精神世界の私、恥ずかしすぎる。


 とはいえ、捨てるには惜しいクオリティなので、この秘密は一生口に出さないことにして気にしないことにする。


◇◇◇


 私は女性の姿になってから――というより、天使との戦い以降、食欲がほとんどなくなった。


 今の私は食事を摂らなくても死ぬことはないし、食事を摂ったとしても排泄はしない――いや、排泄に関しては今までもしたことがないし、もしかすると、それまでも食べなくても気合で生きていたかもしれないけれど。


 とにかく、どうやって身体の維持をしているのかとか、食べた物がどこに行ったのかとか、女体の神秘などという言葉で誤魔化すのには無理がある。


 そして、それは食欲だけではなく、睡眠などでも同様である。

 性欲は今までもそう意識したことがないので実感は無いけれど、人間――生物の枠組みから、随分とはみ出てしまったように感じる。


 それでも、必要が無いからとらない、では寂しすぎる。


 肉体的な栄養や休息は必要無くても、心には潤いや休息が必要な気がするし、そこに確かに喜びも感じる。

 つまり、私の人間性を保つためにも必要なことであって、ただいたずらに世界を混乱させているわけではないのだ。


「ないのだ、じゃねえよ。何だよあのケーキの生ってる木。菓子の木? お菓子の森ってか、おかしな森?」

『上手いこと言ったつもり?』

「美味しいよね、ケーキ」


 そろそろ私が行動を再開する頃だと様子を見に来たアルに、早速のように小言を言われた。

 アイリスたちは何も言わずに受け容れていたというのに、器の小さい男だ。


「っていうか、魔術書に乗ってるような木に麺? が生ってるんだけど? あれって生命の――」

「それ以上言わないで!」

『それに関しては反省してるみたい。少しだけ』

 危ないところだった。

 麺が生るのはいいとして、形は少し変えた方がよさそうだ。

 しかし、アルは非難するような口調とは裏腹に、しっかり大量のケーキを収穫してきた後だった。

 ついでに、その目は自動販売機に釘づけになっている。


「いろいろと言いたいことはあるんだけど……。町にオークがいたりとか……、オークがあんなに紳士的だなんて……。でも、これ、いいなあ……」

 アルは自動販売機のボタンをポチポチと押しては出てきた液体をグビグビと飲み干し、チラチラと私と自動販売機を交互に見る。


「中は見ちゃ駄目」

 私が何も言わないでいると、アルが自動販売機に手をかけようとしたので釘を刺しておく。

 中身まではイメージの対象ではないので、特に創造していない。

 恐らく、邪神君と同じものが詰まっていると思う。

 下手に開けると呑み込まれるかもしれない。ドリンクバーだけに。

 普通の人間に開けられるものではないとは思うけれど、アルならそれくらいのポテンシャルはありそうなので困る。


「お、おう」

 とにかく、私の制止に何かを感じたのか、アルは素直に素早く手を引っ込めた。


「しかし、でたらめすぎる能力だよなあ。お前の身体は米でできてんの? 血潮は酒で心は甘味? アンリミテッドドリンクバー?」

「何を言っているの? 酔っているの?」

『あっちの世界でも、身体から白い粉やガラス片とかを出す人がいるんだから、ユノなら飲み物や食べ物を出せても不思議じゃないよ』

「いや……、まあいいや。――なあ、これ1台俺にくれない?」

 アルは私を奇術師と同列に語る朔に何か言いかけたものの、自動販売機の魅力に屈してしまった。


 もちろん、進呈するのは構わない。

 アルにもいろいろと思惑はあるようだけれど、良い場所を譲ってくれたことには素直に感謝してもいい。

 引き換えに、もう少し便宜を図ってもらいたいという思惑もある。


 ただし、提供できるのは《人殺し》以下――アルは少々人間離れしているようなので《鬼殺し―アメリカン―》以下のものに限定する必要がある。

 進化されても困るので。


 ふと、ここは常夏の国なので必要を感じなかったのだけれど、ついでに「あたたか〜い」と「つめた〜い」のバリエーションも追加しておいた。


 他にもここぞとばかりに不要な魔物素材も押しつけようとしたものの、大量の天使の素材に関しては拒否された。

 こんな物を大量に保有していることがバレたら大問題だと。

 などと言っておきながら、少量の天使の羽根(上級蘇生薬の素材になるらしい)などを持ち帰るアルに、比較対象として私の羽根も引っこ抜いて渡しておいた。


 なぜか、「ズルい」と言われてアイリスたちにも毟られたけれど、よくよく考えれば邪神の羽根を持っていることの方が大問題ではないだろうか?

 今更返せとは言わないし、アイリスたちは守るつもりだけれど。



「サンキュー! 長いこと家空けてるし、嫁と子供たちにいい土産になるよ。で、肩慣らしは済んだのか?」

 アルの問いに無言で頷く。

 なお、お土産とは天使の死体ではなく、自動販売機のことなのだろう。


「そうか。じゃあ、公爵領から南にある【ジェンキンス男爵】領を回ってみれば何か出るんじゃないかな」


 ジェンキンス男爵というのは、勇者召喚のときに暴走した貴族のことらしい。


『取り潰しにはなってないの?』

「温いと思うかもしれないけど、この世界では基本的に罪は個人のものなんだ」


 温い――いや、まあ、私ひとりを殺すために、無関係な人まで巻き込もうとする神のようなものもどうかと思うけれど――まあ、私には直接関係無いのでどうでもいい。

 城下にできつつある町のことも、住人たち自身の自浄能力に期待したい。


「とはいっても、財産や領地なんかの大半は没収されるし、監督やら監視やら何やらいろいろつけられてるけどな。とにかく、王国の人にとっての敵は飽くまで魔物であり、敵性国家なんだよ。簡単に一族郎党を処分しても国力が下がるだけだからな。人材は貴重なんだ」


 人類共通の敵がいるところが向こうの世界との違いか。

 そして、アズマ公爵家の件も最小限の犠牲で終わらせたいと、そう私に言っているのだろう。


「で、公爵を殺すのは、後釜――できれば公爵家の血縁を確保してからにしてほしい。つっても長男は獄中、長女は死んでるし、次女は絶賛洗脳状態、末っ子は行方不明――恐らくどこかで軟禁されてるんだと思うけど」


 私でなくても、殺すだけなら不可能ではないのだろう。


 私なら、公爵にどんな能力があったとしても関係無いと思う。

 とはいえ、それは程度の差はあれアルでも同じこと。

 その後の混乱をいかに早く収めるかが本当の問題なのだ。

 実に面倒臭い。



 そもそも、私の能力のかなりのところはアルにバレていると思う。

 それでも、本当に必要になったときのために、ある程度の手札は伏せたままにしておきたい。

 なので、私はできる限り裏方でいるつもりだ。


 どうでもいい存在をどう殺すかに頭を使うより、どうすれば美味しいご飯が出せるのかを考えていた方が楽しいし、せめてさっさと終わらせられるように頑張ろう。

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